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君が幕を開けるのだ  作者: 鈴木たまき
第一幕 異界の門

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第17話 最上階

「最悪だ……」


 長い階段を登りながら、クロニクルが嘆く。


「とても、えぇと、勇敢なお姿でしたよ!」

「……ありがとう」


 ソフィアの励ましに、クロニクルは肩を落とす。クロニクルは、過去を振り返らないことにした。


「ソフィアは……どうして、根源魔法の神髄を知りたいの?」


 長い階段が続いている。レオは、おもむろにソフィアへと問いかけた。

 ソフィアは、表情を暗くして、しかし嫌がる素振りは見せずに、口を開く。


「私の家は伯爵の地位を持っている貴族の家柄ですが、数年前に魔物の襲撃を受けて……なんとか街としての形は残っているものの、壊滅的な被害を受けました」


 曰く、復興に資金を費やして人命の保護を優先した結果、伯爵家は、資金不足という理由により、貴族としての地位が危うくなっているらしい。


「……不公平だとか、そういう訴えを聞いてくださる王家ではありません。ですから、私が根源魔法を習得することで、我が伯爵家の発言力を回復させたいのです」

「ふうん」


 レオは、自分から尋ねておきながら、あまり興味が無さそうな様子で頷いた。


「今年で、私は18歳になります」

「……そっか」


 根源魔法の発現――そのタイムリミットは、17歳までである。

 がんばってね、と続けたレオの声は、ひどく退屈そうだった。


「そういえば、レオさんは、勇者さまに会って、その……何をする、おつもりなのでしょうか」

「何を、って?」

「たとえば……勇者さまを連れて逃げる、とか」


 ソフィアの言葉に、レオは逡巡して動きを止めた。

 勇者は魔王と戦わねばならない。危険だ。ならば、どこか遠くに、逃げてしまえばいい――ソフィアは、そう付け加える。


 レオの静止は、瞬きの間に起こった出来事だった。一瞬の出来事だったから、ソフィアがレオの心の揺れに気付いたかどうかは、分からない。


「そんなに気になること? 僕が、勇者に会って……何をしたいのか」


 レオの声は頼りなかった。それでいて、どこか芯があるようだった。

 ソフィアはハッとして、咄嗟に「すみません」と謝罪を口にする。


「どうして謝るの?」

「……踏み込んではいけなかったかと」

「ふーん……そっか」


 レオは、ふと目元を細めて、優しいね、と言った。

 レオには、ソフィアを褒めるつもりなど、なかったのだろう。それでも、ソフィアは嬉しそうにしていた。もっとも、先頭を歩くレオには、ソフィアの表情は見えない。同じように、ソフィアにも、レオの表情は見えていなかった。


「弟に会って、何がしたいのか……別に、大したことじゃないよ。ただ、会いたいだけ。会って何をするかとか、そんなのは関係ないんだ」


 ――最上階は、狭かった。

 今まで試練を行なってきた広間が舞踏会の会場だったなら、この一室は、せいぜいが使用人の待機室程度の大きさだ。


 部屋の形は今までと変わらず円形だったが、天井は、今までの広間と比べると、相対的に低く設計されている。

 部屋の中央には、石造りの台座が置かれていた。成人の腰ほどまでの高さのそれは、議会所に置いてある演台によく似ていた。


 台座には、一冊の本が置かれている。まるで、譜面台の上に恭しく置かれた楽譜のようだった。

 少し古びて、ページの端が擦り切れているものの、当時は貴重だったのだろう紙で作られた本である。


 本のタイトルは、特に書かれていないようだった。

 クロニクルが本を手に取って、ぱらぱらとページを捲る。書かれている文字を目で追いながら、「日記だね」と言った。


「日記が、報酬なのですか……?」


 ソフィアは、拍子抜けしたかのように、本――日記を見やる。


 根源魔法の神髄と聞いて、ソフィアはきっと、塔の報酬は、魔王イグナがレオにプレゼントしたような、アーティファクトの類だと期待していたのだろう。

 たとえば、身に着けるだけで何かを得ることができるとか、見ただけでそれが理解できるとか、そういった類の代物だ。


「知識は時に、剣よりも強い力を持つものだよ。平和な時代においては、特にね」

「……そうですね」


 クロニクルの言葉に、ソフィアは歯切れ悪く、曖昧に頷く。

 この本が豪奢な装丁を施されていたのであれば、ソフィアも納得していたのかもしれない。日記という個人的な記憶の記録媒体でしかないそれに、ソフィアはまだ、大きな価値を感じることができないでいるのだろう。


「ねぇ、早く読んで」


 レオがクロニクルの服の袖を引っ張りながら言った。

 クロニクルが満面の笑みを浮かべる。嫌な予感がして、レオは眉根を寄せながら手を離した。


「そんなに読み聞かせて欲しかったのかい? いやぁ、仕方がないなぁー、こんなに可愛くおねだりされたら、私も気合いを入れて読まなければ!」

「おねだりなんか、してないけど」

「今から可愛く、おねだり、してくれても良いのだよ?」


 クロニクルの笑顔と発言内容に、レオは押し黙った。

 クロニクルの笑顔には、黒いものが見え隠れしている。どうやら、先の第三の試練にてレオに揶揄われたことを、根に持っているらしい。


「まぁ、根源魔法の神髄とやらに興味はないけれど、他人の日記となれば話は別だ。内容は、私も気になるからね」


 レオが、ぼそりと、「悪趣味……」なんて呟けば、クロニクルは勢いよくレオのほうを振り返って、「なにか言ったかい?」と凄んだ。

 レオはそっぽを向いたままで、クロニクルはひとつ、やれやれと言わんばかりの息を吐く。


「それじゃあ、読むよ」


 クロニクルはそう言って、ページを最後のほうまで進めた。少し戻って、視線を走らせる。


「異世界人と仲良くなった地球人なら、この塔を攻略できるはずだと、そう思っている。なぜなら――」

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