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君が幕を開けるのだ  作者: 鈴木たまき
第一幕 異界の門

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12/21

第12話 第一の試練

 塔の中に入ると、暗い廊下に、ボッと蝋燭の火が灯った。魔王の居城で見たような、魔法の炎だ。

 風も無いのに揺れる炎は、魔法を用いない一般的な蝋燭よりも鮮明に、長い廊下を照らしている。三人の目には、少し歩いた先にある広間が、しっかりと明るく見えていた。


 レオを先頭にして進み、クロニクルとソフィアがそれに続く。

 広間に扉は無く、廊下との間に、空間を仕切るものはない。


 広間は、ただ広いだけの殺風景な部屋だった。

 ひと昔前に流行った、己の栄華を見せびらかすための、だだっ広いだけで何もない豪邸の、その客間のような豪奢さだ。とはいえ、この広間には、来客を歓迎するための花を生ける花瓶はない。

 そして、床には絨毯すら無く、だからといって、客間らしからぬ壁に、面妖な紋様が刻まれているわけでもなかった。武骨だが丁寧に磨かれた石が、客人たるレオたちの姿を照らしている。


「第一の試練を開始します」


 やがて、三人が広間に足を踏み入れてから数分が過ぎた頃、落ち着いた様子の女性の声が広間に響いた。レオが「近未来小説のアナウンスみたいだね」と言って、クロニクルとソフィアは首を傾げる。

 ふたりがレオに質問するより先に、無機質な女性の声が、来訪者に問いを投げた。


「ひとつ、根源魔法は何に由来する魔法か?」


 近未来小説がどういうものなのかを説明しようとしていたらしいレオは、下手に喋った内容が回答だと思われても困る、と、口を噤んだ。そんなレオの様子を、クロニクルは面白そうに眺めている。

 どことなく挙動が不審になってしまっているレオとクロニクルに気を留めることもなく、ソフィアは、部屋の正面をしっかりと見据えつつ口を開いた。


「根源魔法は、生まれ持った性質……すなわち、魂の形に由来するものです」

「――正解です」


 その表情に分かりやすく疑問符を浮かべたレオに、クロニクルは笑いをこらえきれなかったらしい。

 喉が詰まったような音を出しつつ吹き出して、ひとしきり笑う。笑いながら、「喋っても大丈夫だよ」と告げた。レオは不服そうに眉根を寄せた。


「根源魔法っていうのは、その人が持つ魂の形を、この世界に具現化して再演する魔法のことだね。まぁ、このくらいは、教会の関係者には簡単すぎる問題かな」


 クロニクルの解説に、レオが感心したように頷く。ソフィアは小さく、「教会関係者でなければ、知らない場合もある、のでしょうか……」と、どこか複雑そうな表情で呟いていた。

 ソフィアがクロニクルに向かって、何かを問い掛けようと口を開く。しかし、同時に、新たな問いかけが投げられた。


「ひとつ、根源魔法は何歳までに発現するか?」


 ソフィアは、言葉に詰まったようだった。その理由が、クロニクルへの問いかけを中断されたからなのか、それとも、この質問が何か特別な意味を持つからなのか――答えは、ソフィアの心中にしかないだろう。


「……習得じゃなくて、発現なんだ?」


 ソフィアが回答を迷った隙に差し込む形で、レオが疑問を零す。

 クロニクルはソフィアをちらりと見遣ってから、少しだけ思案した。思案している己がレオに観察されていることに気付いて、すぐさま、にこりと笑顔を浮かべる。


「魔法と分類されている以上、根源魔法だって、習得できるもの……つまり、魔法という技術ではある。けれど、根源魔法は普通の魔法じゃあない。魔法の才能と、根源魔法の才能は、まったくの別物なんだ。根源魔法に限定される才能を持っているか否かによって、習得できる確率が大きく変わるのだよ。半ば運任せなものだから、一般的には、根源魔法は発現するものだと説明されている、といったところかな」

「ふーん……変なの」


 変、というひとことに、どんな思いが込められているのかは、誰にも分からないだろう。レオ自身も、簡単に感想を述べただけで、どこが変なのかを説明しろと言われれば、困ってしまうかもしれない。


 クロニクルは、レオの感想に、ただ「ははは」と笑ってみせた。なんとなく、塔に入場してから、クロニクルは楽しそうだ。

 楽しそうなクロニクルとは対照的に、レオはどことなく不満げである。早朝に、クロニクルの下手な歌声でたたき起こされた怒りが、まだくすぶっているのかもしれない。


「根源魔法が発現する年齢は……17歳以下です」


 レオとクロニクルの会話を見届けてから、ソフィアが回答を述べる。絞り出すような声だった。

 無機質な声は、相変わらず感情を表に出さない。ただ、その回答が正解であることだけを、告げている。


「ひとつ、根源魔法の発現において、聖人や聖女が担う役割は何か?」


 聖人、という言葉を聞いて、レオは反射的にクロニクルを見た。クロニクルは、レオがそうすることを知っていたかのような顔をして、にこにこと綺麗な笑みを浮かべて楽しそうにしている。

 レオは思考の片隅に引っかかった違和感を脳の外へ流して、ソフィアに目を向けた。


「えぇと、私が答えるんですか?」


 聖人その人がいるにもかかわらず、聖人に関する問いかけに、ただの神官である自分が返答しても良いものか――聖人に関することは、もちろん、聖人であるクロニクルが、一番よく知っているはずだ。

 ソフィアが回答するだろうことを疑わないレオは、「違うの?」と言わんばかりの純粋な眼をソフィアに向けている。ソフィアは狼狽えて、口を開いては閉じる動作を繰り返していた。


「聖人や聖女は、他者の近くで根源魔法を実践して見せることで、他者の根源魔法を発現しやすくする役割を担う……根源魔法という強力な魔法の発現を手助けするんだ、そりゃあ、教会も必死になって、聖人を囲いたがるわけだよねぇ」


 横から割り込んできたクロニクルの説明に、無機質な声は今までと同じく、「正解です」と告げた。


「聖人は、なにかしらの特別な魔法……たとえば、他人に根源魔法を譲渡するような魔法を使ってるの?」

「いいや、そういうわけではないよ。聖人や聖女に認定される基準は、基本的には、幼少の頃に根源魔法を発現した者、となっていてね。見取り稽古のようなものさ。近くで根源魔法を見れば、なんかできそう、っていう気分になるだけだね」


 強力な根源魔法を用いる者が聖人や聖女に認定される場合もあります、とソフィアが補足した。レオは、脳内で情報をまとめるべく、思案している。

 

「んー、アスリートが記録を更新したら……不可能だと言われていた壁を誰かが突破したら、後世のアスリートたちも、その壁を簡単に乗り越えていけるようになる、みたいな現象と同じなのかな」


 レオが、ぼそぼそと、独り言のように言う。

 その内容について、クロニクルはよく分かっていなかったが、「そうそう、そんな感じ!」と適当に頷いた。


「あぁ、そうそう、せっかくだから、これも伝えておこうか。根源魔法は、神からの贈りもの、とも言われていてね。ずっと昔の記憶だから、私はあまり覚えていないけれど……多くの人が、神の本だとか、神の宝玉だとか、神のタロットだとか……何かしらの神々しい神器に、夢の中で触れるらしい。その神器に手が届けば、根源魔法を手にできる、と言われているよ」


 レオは、「へぇー……さすが、ファンタジックなんだね」と言って感心する。

 ソフィアがレオの無知を怪しむ様子はないから、これら聖人や聖女に関する情報は、一般には秘匿されているものなのかもしれない――レオはその考えに至ってから、すっかり素直になって、驚きだとかの感情を、まだ幼さの残る顔立ちの上に浮かべている。


「問題は以上です。お疲れさまでした。次の階層へお進みください」


 無機質な声が話し終わったのと同時に、地響きと共に、地面から階段がせりあがってくる。

 レオが「この階段、途中で地面にめり込んだりしないかな」と冗談を言えば、ソフィアが思いのほか怯えたものだから、レオは少しだけ慌てて言葉を訂正した。

 クロニクルは、そんなふたりのやり取りを見て、相変わらず、楽しそうに笑っていた。

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