第11話 入場
「塔って閉鎖されてるんだよね」
「うん? そうだよ」
教会の近くは居心地が悪いから、と駄々をこねたクロニクルのせいで、決闘の後、ふたりは街の外壁近くにある、例の怪しい宿へ泊まることになった。
かつては狭かった砦も、今では街として大きく栄えている。
そのせいか、街中の道は、複雑に入り組んでいた。砦の外周にひっそりと佇む宿から出発し、勇者の塔がある街の中央まで向かおうとすると、それなりに道中は長くなる。
塔の外壁を興味深そうに見ていたレオも、いつしか、塔の観察には飽きたようだ。
上機嫌で隣を歩いているクロニクルへ、早朝に無理やり起こされた不満をぶつけるように、ぶっきらぼうに問いかける。
「閉鎖されてるってことは、塔って危険な場所なの? 死者が出たんだっけ?」
「危険な場所なのか……うーん、難しい質問だねぇ。塔はそもそも、攻略されるために作られたと考えられている。けれど、安易に攻略できるわけでもない……この塔が死傷者を生み出したのも、また事実だからね」
万人を受け入れる場所ではないが、万人を確実に拒む場所でもない――塔は決して難攻不落ではない、とクロニクルは言う。
「塔には、三つの試練があるらしい。第一の試練は、この世界の住人にとっては常識のようなものだった。死者が出たのは第二の試練で、第三の試練の内容は誰も知らない」
レオが、「あなたも知らないの?」と無邪気に尋ねる。クロニクルは「知らないねぇ」と答えた。
クロニクルの声音は、どちらかというと、知らないというよりは、知ろうとしなかった、というニュアンスのほうが近そうだ。
「第三の試練の内容だけじゃあなくて……この塔については、ほとんどのことが分かっていないのだよね」
塔の入り口が近づいて、人通りが少なくなる。
街のシンボルとして親しまれているはずなのに、塔の周囲には人がいない。
それが、厚い信仰心ゆえなのか、未知のものに対する恐怖心ゆえなのか、明確に答えを知り得る者はいないだろう。
「塔は、誰が、何のために作ったのか? ……この芸術的な塔の作者が先代の勇者であることは分かっているけれど、この塔に何が眠っているのかは分からない。ただ、勇者の言葉を信じるのであれば――塔には、根源魔法の神髄に近付くための何かが眠っている」
レオは、ふと首を傾げた。
そういえば、先日も「根源魔法」というワードが出てきた気がする。しかし、それが何なのかについて、結局、レオは教えてもらっていない。
「根源魔法については、そのうち、ね」
茶目っ気たっぷりにウィンクまでして見せたクロニクルは、レオを置いてさっさと歩いて行ってしまう。
レオは朝から募っていた不満の声を何とか喉の奥に押し戻して、代わりに深く息を吐いた。
「おっと、見えてきたね。あれが入り口だよ」
クロニクルの言葉につられて、レオは少しだけ背伸びをした。遠くのほうには、ソフィアと、もうひとりの人影が見える。
クロニクルは、さっさと歩いて、人影に近付く。レオはその後ろを、小走りで追いかけた。
「あれ? 君は……昨日の決闘で惨敗した聖騎士くんじゃあないか! おはよう、良い朝だね」
「……おはようございます」
騎士はそれまで毅然とソフィアの隣に立っていたが、クロニクルを前にして、小さく体を揺らした。
そして、騎士は険しい顔でレオに近付く。その並々ならぬ迫力に、レオは思わず身構えた。
「聖人さまの隣を歩くなど、けしからん……羨ましい……」
「君ってそんなキャラだったっけ?」
レオが反射的に言うも、聖騎士はどこ吹く風だ。それどころか、先ほどの発言など、まるで無かったかのように格好良く直立している始末である。
レオは頭を抱えたい衝動を腹の奥まで押し戻して、代わりに深く息を吐いた。
聖騎士とクロニクルは、もしかすると、どこか似ているところがあるのかもしれない。
「ところで、どうして、ここに君がいるの?」
レオは、「塔の攻略をするのは、僕と、胡散臭いコイツと、ソフィアさんだけでしょ」と続ける。
胡散臭いと言われたクロニクルが、大げさな仕草で「私のどこが胡散臭いのさ!?」と嘆いているが、レオはそんなクロニクルに目もくれない。
騎士は、その顔に動揺を浮かべて、分かりやすく視線を揺らしていた。しばらく口の開閉を繰り返してから、騎士はどうやら、クロニクルを無視して、レオの質問に答えることにしたらしい。
「ソフィア嬢の護衛を仰せつかったのだ」
「護衛? ソフィアさんって、護衛が必要なくらいの重要人物なの?」
レオの質問に、聖騎士は怪訝そうな顔をして見せた。世間一般に知られているだろう知識をレオが持ちえないことに、違和感を覚えているのだろう。
そんな騎士の様子を見て、すかさず、クロニクルが会話に割って入る。
「衣装を見れば、身分が分かるようになっているのだよ。もっとも、教会内部の取り決めでしかないから、一般には普及していないと思うけれど」
クロニクルの「一般には普及していない」という言葉を聞いて、聖騎士は納得したように頷いた。
レオがクロニクルを横目で見る。ウィンクでもしてくるだろうかと思っていたのに、レオの予想に反して、クロニクルはレオのほうを見てすらいなかった。
「ソフィアは……そうだねぇ、昨日の司祭よりは位の高い神官という扱いになるかな。ちなみに、司祭以上になると、公式の決闘で審判を務めることができるようになる」
「ふーん……」
レオは次いで、ソフィアを見遣る。そうして、「どうして自分で審判をしなかったの?」と問いかけた。
「どうして、ですか? えぇと……」
問い掛けの真意が掴めず、ソフィアは首を傾げる。
ソフィアにとって、昨日の決闘で己が審判を務めないことは、当然の決定事項だったからだ。どうして、などと、考える隙も無かった。
「君は、僕を塔の攻略に参加させたくない、って言ってたよね。君自身が審判を務めれば、僕を負けさせることだって、できたんじゃない?」
「……それは、あり得ません」
レオは、「見物客がいたから?」と問いかける。
「誰かに見られているから、とか、そういう理由ではないのです。己の行いは、己の心が見ていますから。……私は、私の思い込みや願望が、決闘の結果に影響を与えることについて、それを良しと思わなかったのでしょうね」
レオは沈黙した。ソフィアが当然のように語った崇高さは、レオには共感できないものだった。
なぜなら、その高潔さは、いつかソフィア自身の首を絞めるからだ。ソフィアの愚直さは、すなわち、世渡りが下手だとも言える。
「貴族の娘らしからぬ心持ちだねぇ」
クロニクルもレオと同じ感想を抱いたらしく、のんびりとした口調で感想を述べる。しかし、どうも、クロニクルの言葉の中には、ソフィアを微笑ましく思うような声音が含まれているような気がして、レオは居心地が悪かった。
まるで、自分だけが、汚物になったような気分だった。その感覚の正体は掴めない。そこはかとない暗闇が、心に忍び寄ってくるかのようだった。
「まぁ、雑談はこのくらいにして、早く塔に入ろうか。会話が楽しいからといって、日が暮れてしまったら大変だ。せっかく早起きしたレオが、かわいそうだからね」
「早起きしたのは、お前のせいなんだよなぁ」
クロニクルの言葉に、レオの思考が浮上する。
いたずらっぽく笑うクロニクルと目が合って、思わずレオは目を逸らした。
「では、どうか、お気をつけて」
背の高い、アーチ状の重厚な扉の前に、三人で立つ。
聖騎士が「ご武運を」と言いながら頭を下げた。
扉が開く。
三人は、塔の中へ、足を踏み入れた。




