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恋愛小説のオムニバス  作者: 蒼井スカイ
第1集 星夜の巡り合わせ
6/17

5.堂々巡り

「はぁ~、やっぱり温泉って癒されるぅ~」


 筧さんの前で大恥をかいて別れてから、チェックアウトの10時まで残り1時間。頭も心も体も全てをシャキッとさせたくて、客室にある源泉掛け流しの温泉に浸かっている。


「今度こそ約束の時間に遅れず支度をしないと」


 ボーっとした頭が覚醒すると、温泉から出てチェックアウトの準備と身支度を始めた。荷物の整理をしていた時、床に転がる白い瓶を見つけた。思わず昨夜の泥酔した自分と今朝の大失態を思い出してしまった。


「あぁ、いい歳して私は何をしてるんだか……。最後は凛とした姿でさよならをしたいな」




 彼との約束の時間の15分前にロビーへ向かった。ロビーの待合スペースにはまだ彼の姿はなかった。先にチェックアウトの手続きを済ませておこうとフロントに声をかけた。


 チェックアウトの手続きを終えたところで、約束の時間の5分前に彼がロビーに現れた。どうやら彼は先にチェックアウトをしていて、自分の荷物を車に積み込んでいたらしい。


「巡さん、約束の時間に間に合いましたね」


 彼は爽やかな笑顔でこちらを見ていた。

 私の顔は恐らく引き攣っていただろう、それでも何とか笑顔を張りつけて彼に応えた。


 彼からチェックアウトの手続きは終わったか、と聞かれたため、今終わったと答えたら、私の手荷物を自然に自分の手に持ちかえていた。「自分で持つ」と言ったのだが、彼は「巡さんとこうして会えるのも今日が最後ですから」と言って、スタスタと先にロビーを出ていってしまった。


 心の中で彼の言葉が繰り返し再生される。


――巡さんとこうして会えるのも今日が最後ですから。


 最初から分かっていた、昨夜だって今朝だって、ずっとそうやって自分に言い聞かせていたのだ。今更彼とどうにかなれる訳がない。思った以上に、現実というものは残酷である。ただその事実だけが深く胸を(えぐ)ってきた。


 彼の車の前まで行くと、彼はさも当たり前かのように助手席のドアを開けて、中へ座るよう促してきた。自分の荷物も彼の車の後部座席に積み込まれている。

 彼の車の助手席に座りたいと思う反面、座ってしまったらおかしな勘違いで心を取り乱す気がして怖くなった。だが、時は待ってはくれない。彼は「どうかした?」と言い、心配そうな表情でこちらを見ている。ここで自分が助手席に座ることを断る理由が思いつかなかった。




 彼は宿の方からブランチにおすすめの店を聞いたと言っていて、話を聞いていても料理が魅力的だったため、その店に向かうことになった。その店は宿から車で15分位の所にあった。

 彼が運転する中、スマホの地図アプリで確認したら、宿の最寄駅とは真逆の方向にあることが分かり、ホッとする自分がいた。


「巡さん、そういえばどちらから来たのか聞いてませんでしたね。僕は東京から来ましたが、巡さんはどちらから?」

「あぁ、確かに。私は静岡からです」

「静岡ですか、僕も仕事で何度か行ったことがありますよ。確か、焼津だったかな? 車でね」

「焼津ですか、私の出身は隣の静岡市なんです。もしかしたら、車ですれ違ったことがあったかもしれませんね」

「――そうかもしれませんね。僕らは案外そばにいたのかもしれないね……」


 その後の会話が続かず、妙な空気になって暫く沈黙が続いてしまった。



「巡さん、着きましたよ。2人でする最後の食事ですから、豪勢に行きましょうか」

「はいっ、大賛成です」

「あははは、いつもの巡さんだ――」


 彼の瞳の色が変わった気がした。これまでもやさしい光が漏れ出ていた気がしたが、今のそれは言葉に表せないほど美しく輝いていた。ただその光の中に、その奥に陰を感じたのは自分の勘違いなのかもしれない。



「巡さんは車を運転しないなら、気にせずお酒を呑んでもいいですよ」

「筧さん、昨夜に続く今朝の大失態をした人間に、このタイミングでお酒を勧めます?」

「あははは……、確かに。でも、そうだな。白状すると、最後に一度、泥酔した巡さんを見てみたかったな、と思ってね」

「筧さん、それはさすがにないです。悪趣味すぎますよ」

「あははは、やっぱりそうだよね?」


 恥ずかしさが込み上げてきて、その話題を早く切りたくて目の前のメニューに視線を集中させた。目の前に座る彼の視線がこちらを向いているように感じたが、顔を上げればまた揶揄われると思い、スルーすることにした。


「私、これにします」


 私が選んだのはデザート・サラダ付きのパスタセットだ。今日は何故か、注文する料理がすんなりと決まり、いい気分になった。一方、いつも注文する料理を一早く決める彼は、まだ絞り込んでいる最中のようだった。


「筧さんより早く決められた、嬉しいな」

「それ、そんなに嬉しいことですか?」

「もちろん、筧さんのようにパーフェクトな紳士に1つでも勝てて嬉しいんです」

「――――そうですか、でも、僕はパーフェクトな紳士なんかではありませんよ。僕もごく普通の人間です。ミスをすることもあるし、後悔することも多々ある。僕は巡さんが思うような人間ではないんです……。いやぁ、すみません。変な空気にしちゃいましたね。

 あぁ、そうだな。僕はこれにしようかな? 巡さんはこれでしたよね、オーダーしましょう」


――筧さん、あんな顔もするんだ。いつも笑顔で何もかもが完璧で、欠点のないスマートな紳士だと思っていたけど。でも、誰だって欠点の1つや2つはあるものだものね。私は筧さんの良いところばかりを見ていただけなのかもしれないな。

 けど、気になるな。筧さんはミスをした時、後悔した時、どうやってその夜を過ごしてきたんだろう? そばに心の支えになる人がいたのかな? そんな人がいてもおかしくないか、こんな素敵な人がいたら、誰だって惚れてしまうはずだから……。


「美味しいです、このサラダのドレッシング、甘さと酸味があって――」

「俺も味わってみたいな。少しちょうだい?」

「へっ? あっ、あぁどうぞ、遠慮なく」

「じゃあ、遠慮なくいただきます」


 彼は私が差し出したサラダの皿に自分のフォークを入れて、サラダを1口味わっている。


「うん、確かに美味しいな。僕のサラダとは味がやっぱり違った。巡さん、僕のも良かったらどうぞ?」

「えっ、あっ、はい。せっかくなのでいただきます」


 今度は彼が差し出したサラダに手を伸ばし、1口味わった。


「うんっ、美味しい! 私、こっちの方が好きかも!」

「それなら交換しましょうか。僕は巡さんのこれを、巡さんは僕のを」


 彼はそう言うと、私の返事も聞かずに私のサラダの皿を手に持ってパクパクと笑顔で食べていた。自分が食べるはずのサラダはすでに彼の手の中にある。仕方なく、彼が食べ途中のサラダの皿に自分のフォークを入れて残りを味わうことにした。


 サラダを食べ終わると、メインの料理がテーブルに運び込まれてきた。私が選んだのはフィットチーネのカルボナーラ、彼が選んだのはマルゲリータだった。


 彼はサラダの時のように私にピザの1切れを食べるか、と聞いてきた。私はマルゲリータに目がなかったため、彼のご厚意を遠慮なく受け入れた。代わりにという訳ではないが、先に貰った手前、こちらもパスタを差し出す必要があると考え、彼にカルボナーラを勧めたのだが――。

 突然彼は椅子から腰を上げて前屈みになり、私の右手を掴むと、フォークに絡めたパスタを自分の口にパクリと入れたのだ。


「うんっ、カルボナーラも美味しいね」

「…………」


 彼は何の気もなしに、私のフォークから直接パスタを味わった。パスタを口に入れると、再び自分の席に腰を下ろした。


――ちょ、ちょっとびっくりしたぁ。突然こんなことするなんて……。心臓の鼓動が早くなってる。ちょっと待って、こんなの反則じゃない? まるで恋人同士がするデートみたいじゃない……。

 それに、これ、間接的な……いやいや、いい歳した大人が何を間接キスくらいで慌ててるの。筧さんは何も気にせずピザを食べてるじゃない。私だけ……浮かれたりして、馬鹿みたいだ……。



「このデザートも程良い甘さで美味しいです」

「えぇ、巡さん、良かったら僕のデザートも召し上がってくれませんか?」

「えっ、いいんですか! あっ、えっと、筧さんは甘い物はお好きではないんでしたっけ?」

「いえ、そういう訳ではないんですが、まぁ、なくても問題ない、というか。せっかくなら、デザートも、巡さんみたいに美味しく食べてくれる方に食べてもらいたいでしょうから」

「デザートが……ふふふっ、まるでデザートを人みたいに言うんですね」

「あぁ、いや、あははは……」


 彼は照れ隠しのように頭を手でかいていた。そんな彼を「可愛い」と思ってしまった。


――筧さん、こんなことも言うんだ。スマートな紳士だと思ってたけど、デザートを擬人化して言うなんて、意外な一面もあったんだなぁ。きっと、私が知らない顔や一面がもっとたくさんあるんだろうな……知りたいな。


 私ってば、またこんなこと考えて。ダメだ、ダメだっ! しっかりしろ、私っ! この後、食事が終わったら、筧さんと笑顔で別れるんだから……。

 私のデザートは表面がこんがり飴色に焼けたクリームブリュレで、彼のセットについていたデザートはオレンジのブラマンジェだった。濃厚な甘さのクリームブリュレを完食した後にブラマンジェを食べたからか、ほんのりオレンジの皮の苦さが口内に広がった。


 それはまるで、今の私の心模様を表しているようだった。



 デザートを2人分完食した後、彼から「最寄り駅まで距離があるし、今のうちに御手洗いに行った方がいい」と言われ、化粧ポーチとハンカチを持ってトイレに向かった。

 席に戻ると、彼が2人分の会計を済ませていた。


「筧さん、困ります。今朝、私がお支払いするって言ったじゃないですか」


 彼の車を停めている店横の駐車場へ歩いて向かう途中、私は彼に食い下がった。だが、彼は「僕が誘ったんだから、僕が支払うのが筋だ」と一歩も引かなかった。


――筧さんって意外と頑固なところがあるんだ。それにしても、私、筧さんに奢られてばっかりだ。これが最後だっていうのに……。


「巡さん、最寄駅からは特急列車で静岡まで?」

「えっ、あぁ、はい。そのつもりです」

「チケットの予約はまだですか?」

「はい、そうですが……?」

「それなら、最後に俺の我儘を聞いてくれませんか?」

「筧さんの、我儘?」

「えぇ、巡さんをこのまま最寄駅まで送らないといけない、と分かっているのに、俺はそれを必死に引き延ばそうとしている……本当に自分勝手な男です」

「……」


――それって、どういうこと? 私を送り届るのを引き延ばそうとしている、だなんて。いや、そんなはずがない。今までそんなこと言ってなかったし、そんな空気になったこともなかったし。これは私の勘違いだ。そんな訳がない。筧さんが私を……そんな訳がない。


「巡さん、ここから車で10分位のところに大きな湖があるんです。良ければ、そこでもう少しだけ俺と話をしてくれませんか?」


 私は無言で頷いた。彼もその後は何も話さず、ただ車内は車のエンジン音だけが響いていた。



「巡さん、心配しないでください。少し話をしたら、あなたを最寄駅まで必ず送り届けますから……」

「……はい、分かりました」


――私はちゃんと笑えていただろうか? 顔の表情筋が固まってうまく笑えている気がしない。


 彼は車を降りてからも申し訳なさそうな表情で、こちらに視線を向けていた。私は彼の真意が分からなくて、どう接すればいいのか考えあぐねていた。いや、実際は彼がこの後どんな話をしてくるのか、そのことだけが気になっていた。


 駐車場に車を置いて、湖畔を2人で少し歩くと、その先にベンチがあった。彼がそのベンチに座ったため、私もその横に腰を下ろした。

 観光スポットとして有名な湖だったが、不思議と周囲に他の観光客の姿は見えなかった。誰かの声も足音もなく、ただ風に揺れる木の葉の擦れる音や虫の声が2人を包んでいた。



「巡さんは、俺がスマートな紳士だと言ってくれましたよね? ですが、あなたが言うほど俺はスマートでもないし、紳士でもないんです。本当は簡単に冷徹になれるし、結局のところ、相手の為と言って自分の為に行動しているような自分勝手で我儘な男です。

 最後にこんな情けない話をあなたにするつもりなんてなかったのに、何故だろうな。巡さんの顔を見ると、素の自分を知って欲しいし、あなたのことももっと深く知りたい、そう思ってしまうんだ……」

「――――」


――そんなこと、今このタイミングに言うなんて狡いっ! 私がどんな思いで……! ずっと自分の感情をしまい込んできたのに。そんなことを言われたら、揺れてしまう。


 彼は膝に肘を乗せて、前屈みの姿勢でひたすら前を見ながら話を続けた。私の位置からは彼の表情を読み取ることができない。


「巡さんの存在を知ったのはあのツアーのバスを降りた時でした。巡さんはバスを降りてすぐ、夜空を見上げていた。ツアー客の集団から遅れを取っていることも気付かないほどに――」

「えっ? 筧さん、あの時私のことを見てたんですか?」

「えぇ、この先でも十分夜空を見上げられるのに、彼女は何故こんなところで空を見上げているんだろう? って不思議に思って、ついつい俺もその場に取り残されていたんだけれどね」


 彼は上半身を起こし、はにかみながら、やさしい微笑みを私に向けた。その表情は正に素の彼そのものだと思った。彼は正面を向き、私と出会った時の話を続けた。


「それにしてもツアー客はカップルばかりで驚いたよ。おまけに俺は星空観測に必要な物を何も持たずに身一つで参加したからね。巡さんがいなかったら、今頃汚れたスーツを着ていただろうね」

「ふふふ……そんな大袈裟な、温泉街で服を買うことだってできたはずですよ」

「あぁ、確かに。でも、服装のことも気にならなかったくらい、俺の興味は他に集中していたからね」

「……」

「巡さんも知っての通り、俺はまともな恋愛経験がないし、結婚願望もなかった。言い寄ってくる女性は多くいたけれど、歳を重ねるにつれてあしらい方もうまくなったよ。そのせいか、恋愛自体から遠ざかってしまったんだけどね。

 でも、巡さんと一緒に過ごす時間は楽しかった。本当に楽しかったんだ……、自分の歳を忘れてしまうほどに、はしゃいでいたよ」

「筧さんがはしゃいでいた? 全然、そんな風に見えませんでしたよ?」

「あぁ、それは平気そうな顔をするのに慣れてしまったせいかな。大人になるって、嫌なことをうまく交わせるようになるけど、その代わり大事なものを失っていくんだよね。でも、巡さんと出会ってからは自分の考えが変わった気がする」


 彼の声のトーンは少し低くなった。表情は分からないが、きっと真剣な眼差しをしているように思えた。彼の言葉に思うことはあるが、今は自分のことは脇において、彼の言葉に全力で耳を傾けることにした。


「――巡さんは最初から自然体だったよね?」

「そう、でしょうか?」

「もちろん俺は巡さんの心の内までは分からないから、もしかしたら俺に絡まれて迷惑していたかもしれないけれど――」

「そ、そんなことはありません!」

「ふっ、それを聞いて、少し安心したよ」

「えっ……」


 彼はまた柔らかな微笑みを浮かべながら、こちらを見た。だが、すぐにその瞳に潜む陰が揺れ動いた気がした。正面を向いた彼は言葉を選ぶように、ゆっくりと話し出した。


「巡さんは初めて俺の内側を見てくれた女性なんだ。俺は今まで巡さんみたいな女性に出会ったことがなかった。あなたといると、素の自分でいたくなった。これまで俺は自分のことが好きになれなかったから、自分でも大きな変化だったと思う」


――彼の言葉を聞いて、意外だと思った。いつも自信満々で悩みもさらりと交わしていそうに思えたから、まさか自分のことを好きじゃなかったなんて思わなかった。


「巡さんのことを知りたくて、もっとそばにいたくて、しつこく誘った。巡さんのやさしさに漬け込んで自分の我儘を押し通したりもした。君に情けない男だと思われても仕方がない。だけど、あれが俺にとってのベストな選択だったと、今なら思えるんだ」

「…………」

「ふっ、こんなことを俺に言われても、巡さんには迷惑でしかないよな。あぁ、全く、俺は一体何がしたいんだろうなっ」


 彼が上半身を起こし、ベンチの後部に両手をついて、今度は空を見上げている。

 何となく私も彼と同じように空を見上げた。初夏の空は青々としていて、綿菓子のような雲があちこちに流れていた。うっすらと透け見えた月が、昨夜の月見酒を思い出させた。


――昨日も、今朝も、私は誓った……。彼とは笑顔でさよならをするんだって。なのに、彼はどうして私の心を揺さぶる話をするの――。


 突然、空を見上げていた彼の顔が横の私へと向けられた。


「巡さんは、最後に俺に言いたいことはないの?」

「えっ――言いたいこと……」

「どんなことでも――まぁ、俺への不満しかないかもしれないけどね……」

「…………」


――筧さんに言いたいこと……。何を話せば? 何度も揶揄われたこともあったけど、正直、筧さんに不満なんて1つもない。それどころか、私の方が筧さんに迷惑ばかりかけたんだし……。迷惑かぁ、私から言うのだとしたら、謝罪――これしかないよね……。


 彼は無言で、こちらを向いたままだ。私が何か話すのをただ静かに待ってくれていた。それは何かを話せ、という圧力のようなものは一切なく、ただ一緒に沈黙を共有してくれている感覚だった。


「私が、筧さんに、最後に何か言うのだとしたら、やっぱり謝罪しか思いつきません」

「謝罪?」


 彼は怪訝そうな顔をしている。何故、俺に謝罪をするんだ? 彼はそう言いたそうな表情に変わった。


「私は、筧さんに助けてもらってばかりでした。その、筧さんにとっては些細なことかもしれませんが、私にとってはとても嬉しくて、救われた気持ちになったんです」

「それって……いや、具体的にどんなことが?」

「――はい、お一人様で参加した星空観測ツアーを楽しく過ごせました。星空観測を目的に参加したけど、本当は凄く居心地が悪くって。そんな時、筧さんが声をかけてくださって、本当に助かりました」

「あれは、俺の方が巡さんに助けられたと思ってたんだけど……」

「それなら、お互いに助け合ったということで」

「うん、そうだね。他にもあるの?」

「もちろんです。初日に夕食を一緒に、と誘ってくださいましたし、翌日は氷穴にも連れて行ってくれました。美味しいものもたくさん食べられたし、筧さんがいなければこんな楽しい想い出も作れませんでした」

「巡さん、楽しんでもらえて良かったです。でもね、巡さんが言うことを否定する訳じゃないんだけど、あなたを誘ったのは俺のエゴだ。俺がそうしたくて誘ったし、少々強引なこともした」

「それでもっ! 私は嬉しかったんです。筧さんと一緒に、同じ物を見て、食べて、感じて、共有することができて――」

「――巡さんはきっと、俺と出会えてというより、いろいろな場所へ連れて行って一緒に楽しめる相手をした俺に感謝したいんだね。うん、そういうことだね……」


――何で? 何でそんな風に私を突き放すようなことを言うの? まるで、私が感じていることが全て、勘違い、とでも言っているみたいじゃない! 筧さん、意地悪だ。


「筧さんって、本当に意地悪ですよね」

「えっ?」


 彼は余裕そうな表情を崩し、ポカンと口を開けてこちらを見た。


「だって、私が嬉しかった、楽しかった、助かった、って言ってるのに、全部否定するんですから。まるで私の感情を無視するかのように――」

「そんなつもりはないよっ!」


 珍しく、彼は焦ったように声を荒げた。

 ずっと揶揄われたり、今も私の気持ちを踏みにじるようなことを言うからだ。そんなポーカーフェイスの彼の顔を少しでも崩せたことに、少し高揚していた。


――私も彼に負けず、意地が悪い。でも、これだけは笑ってスルーできなかった。まるで私の数日間を否定されたような気持ちになったんだから。いくら、筧さんでも、私が感じたことを否定することはできない。私の気持ちは……。


「――っ!」


 喉から出かけた言葉を必死に奥歯を噛んで飲み込んだ。今朝気付いたばかりの彼への想いを口に出そうとしてしていた。


――危なかった。私、今何を言おうとしたの! 絶対にダメ!! これ以上は危険すぎる。筧さんと話をしていると心が揺らいで、負けてしまいそうになる。


 脳内で、大きな警告音が響いていた。これ以上は危険だ、これ以上続ければ後戻りできなくなる。すぐにでもこの場を離れなければ、そんな思いが頭を過った時だった。


 黙っていた彼が静かに想いを語り始めた。

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