10.抑えられない想い(一)
本日投稿する第10話は第3集『桜と橘』の最終話です。思いの外、長くなってしまったため、3本に分けて投稿いたします。
あともう少しだけお付き合いくださいませ。
「何だよ、コレっ。アイツはどういうつもりで……」
その後も何度か文字のない、画像だけを添付したメッセージが届いた。どれも楽しそうな笑顔の彼女が映っていた。俺がずっと見たかった彼女の笑顔があった。
彼女の笑顔が自分ではなく、他の男に向けられているのが無性に腹が立って仕方ない。相手が晋であることは明らかだった。最初は、晋が彼女をこっそり隠し撮りしているのかと思ったが、送られてくる画像を見ると、彼女は明らかに撮影者の方を向いて笑っていた。
「何なんだよっ! アイツは彼女と一緒にいるのか? 俺に何も言わずに? 俺が事故に遭ったと知ってるくせに……!」
こんなにも感情を抑えられなくなったのは初めてだった。隣室で仕事をする赤津が俺の声に驚いて、寝室に入ってきた。
「結人、どうした?」
「――――」
「おい、何があったんだ? 話さないと分からないだろ」
「――はぁー、俺の幼馴染みが彼女とデートを楽しんでるんだよっ。見せつけるように彼女の笑顔が映った画像を何度も送ってきやがるっ、今すぐ殴ってやりたい気分だ」
「結人が珍しいな。そんな感情的になって……別に誰とデートを楽しもうとそいつの勝手だろうが――」
「関係なくないっ!」
俺は画像を開いたままスマホをベッドの上に投げ捨てた。赤津はそのスマホを拾い上げ、画像を確認した。
「――彼女か……」
赤津はその画像に映る女性が誰なのかを確認し、ぽつりと呟いた。その声は俺の耳にも届いていた。その時、何故か赤津の言葉に違和感を覚えた。
何気ない一言だったが、赤津は彼女に会ったことはない。俺が出張先で倒れて入院した時も、彼女から預かった免許証は見せていない。赤津はどうやっても彼女の顔を知らないはずだった。
「赤津、彼女の顔を知ってるのか?」
「――――」
「お前、何か隠してるだろ?」
「――――」
「赤津っ、彼女について隠してることがあるなら、話せっ!」
赤津は諦めたのか、俺に内緒で彼女の身辺調査をしていたこと、俺が大ケガで入院中、スマホを預けた時に彼女と1度だけメッセージをやり取りしたことを白状した。
「お前、何で彼女から連絡があったことを俺に隠したんだ? 俺は言ったはずだ! 彼女から連絡があったら必ず俺に伝えろと!」
「はぁ~、お前がそうなると分かってたから、伝えなかったんだ。お前の態度を見てれば、彼女に惹かれていることくらいすぐに分かった。けど、会社を大きくするのに大事な時期だったし、挙句の果てに、大ケガしやがって……。彼女を気に掛ける余裕なんてなかっただろうが!
それに相手は学生のガキだ、お前とじゃ長くは続かないに決まってる。大事な時期にたかだか女のことで、仕事に支障が出るのが嫌だった。実際に、昔も似たようなことがあっただろ? 俺はお前が傷つくのを見たくない。だから、彼女と距離を置いた方がいいと思ったんだ」
「だからって、俺に何も言わずに、勝手に裏でやり取りするなんてあり得ないだろう! 彼女は俺を心配して、見舞いに来ようとしてくれたんだろ? お前が拒否しなかったら――」
「――拒否しなかったら、彼女は何を置いてもお前に会いに来ていただろうな。お前も何を差し置いても彼女に会っていただろうよ。その機会を俺が奪った。それは事実だ。だが、お前だってスマホを受け取ってから彼女に連絡を取らなかったんだろ? 彼女もあれ以来、お前に連絡は寄越さなかった。
それはお互いにその程度の気持ちだったってことじゃないのか? お前は彼女のことを思って連絡をしなかったつもりかもしれないがな。けど、結局、彼女は別の男と楽しくやってるじゃないか。お前がいなくても、彼女は別の男を見つけたんだ」
「バキッ……ドタッ」
「っ……!」
赤津の言葉に、頭に血が上った。気づくと、赤津の顔を殴っていた。床に倒れ込んだ赤津は、顔を伏せたまま無言になった。
「だとしてもっ! お前がしたことは人として間違ってる。俺が最終的に傷ついたとしても、それは俺が決めることだっ!」
「――そんなこと、分かってるよ……おいっ、どこに行くんだ?」
クローゼットからコートを出して、右腕にだけ袖を通した。
「決まってるだろっ! 彼女を探しに行く!」
「お前はまだ回復してないんだぞ? そんな足で出かければ、治りかけた傷が開きかねない! 彼女に会いたいなら、俺が探してここに連れてくる! お前はここで安静にしてろ――」
「お前の手助けはいらない! これは俺の問題だっ」
「おいっ……」
赤津の手を振り払い、スマホと財布をコートのポケットに入れ、玄関を出た。
コンシェルジュの加賀さんに頼んでタクシーをエントランスに回してもらった。加賀さんは俺の顔を見て驚いていたが、すぐにいつもの表情に戻った。タクシーに乗り込み、スマホをポケットから取り出した。晋から送られてきた彼女が映る最後の画像から場所を特定し、運転手に目的地を告げた。
――この背景からするに、スカイツリーの中にある水族館か? こっちは浅草寺……。移動してるみたいだから、今も同じ場所にいるとは限らないか……。
外は徐々に薄暗くなっていた。暗くなると、彼女を見つけるのが難しくなる。気持ちばかり焦って、彼女が今どこにいるのか、冷静に考えることができなくなっていた。
その時、晋からメッセージが届いた。メッセージを開くと、今度は画像だけでなく、文字も書かれていた。その文章を見て、強い不安を覚えた。
『お前が手離すなら、咲ちゃんは俺の物にする。嫌なら、今すぐ奪いに来い!』
――アイツ、どういうつもりだ? 彼女を自分の物にする、だと? 冗談だろ……。今すぐ奪いに来い? ふざけるのも大概にしろっ!
高木に電話をかけるが、やはり出ない。留守番電話の音声案内がむなしく響く中、電話を切った。
「――上等だ……」
運転手がミラーでこちらをチラチラと見ていたが、そんなことは気にならなかった。今は2人がどこにいるのかを考えるのが最優先だったからだ。
――だが、どこにいる? アイツのことだ、新しい画像を送る頃にはすでに別の場所に移動しているかもしれない……! そういえば……以前、晋が言っていたな。
『上京したばかりの女をデートに誘うなら、スカイツリー・浅草・隅田公園から眺める夜景のコースが鉄板だ』
彼女が映っていた画像をもう1度開き、最初に送られたものから1枚ずつ確認すると、やはり晋が言っていたデートコースの流れと同じであることが分かった。
――このデートコースの最後は隅田公園から見る夜景だったはずだ。そういえば、さっき来たメールの画像をまだ見てなかったな。
添付された画像を開くと、景色にうっとりする彼女の横顔が映っていた。
――畜生っ! 彼女のこんな表情、俺もまだ見たことがないのにっ! 晋のヤツ、会ったらタダじゃおかないからなっ!
冷静さを取り戻し、改めて画像を見ると、空の暗さから車窓から見る外とそう変わりがなかった。すぐにタクシーの運転手に行き先の変更を告げた。目的地は隅田公園。公園は隅田川沿いにあって、意外と広い。闇雲に探すのは時間の無駄だ。再び画像を確認すると、僅かに川が映っていることに気づいた。
――川のそばか……確か、あの辺は川沿いに遊歩道があったな……。アイツが考えそうな場所は……やはり、スカイツリーが見える辺りか? いや、違うな。あの辺はカップルで混み合うし、アイツは人気の少ない場所を選ぶはず。
スマホの画面を見ると、午後5時を指していた。すれ違う車はすでにライトを灯して走っていた。
――暗いな……この暗さの中、彼女を探すことができるか?
公園に着くと、無理をして歩いたせいか、右足が痛み出した。だが、傷が開こうが、そんなことはどうでも良かった。今は、彼女がどこにいるのか1秒でも早く見つけ出したい、頭の中はそれだけだった。
川沿いの遊歩道を探し回っても彼女の姿は見当たらない。スマホの画面を開くと、時刻は午後6時を指そうとしていた。
――どこだっ! どこにいるんだっ!
その時、晋が隅田公園の夜景の穴場スポットを自慢げに話していたことを思い出した。
――あそこかっ!
周囲を見回し、目的地の方向を確認してから、川沿いの遊歩道を人混みに逆らって走り出そうとした時、バランスを崩して地面に倒れ込んだ。咄嗟に右手を地面につき、体を支える。右足の鈍い痛みがさらに悪化しただけでなく、片手で全身の重みを支えたせいか、右手に激痛が走った。
事故で負傷を免れた利き手の右手も、ついに骨にヒビが入ったかと観念した。
――実に、滑稽だな……。赤津の言う通りだ……俺は、彼女の出方を気にしすぎて何もしなかった。何か手を打っていれば、こんなことにならなかったかもしれないな……。
強い痛みを堪え、右手を地面につき、倒れた体を必死に起こす。やっとの思いで立ち上がると、視界に小さく揺れる2つの人影を捉えた。
――あれは、人影か? 間違いないっ、ここだ、アイツが言っていた夜景の穴場スポットはっ。あそこに、彼女が……急げっ! あそこまで持ち堪えてくれっ!
祈りにも近い言葉を心の中で叫び、痛む右足を撫でると、不思議と痛みが和らいだ気がした。彼女がそばにいると分かり、その抑えきれない興奮がアドレナリンを放出させ、走れるほどに痛みを緩和させたのかもしれない。
最後の力を振り絞るように、足を引きずりながらも必死に走った。遠くに揺れる2つの影は徐々に大きくなっていき、その輪郭を捉え始めていた。
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「高木さん、今日、とても楽しかったです。いろいろ案内してくださって、ありがとうございました」
「そんな改まって……俺も楽しかったし、俺の方こそ無理やり連れ出す形になっちゃったけど、付き合ってくれて、ありがとね」
「いえ、正直……最初は気乗りしなかったんですが、水族館や綺麗な景色を見られて楽しかったし、気晴らしになりました。今日、無理してでも出掛けて良かったです」
「――咲ちゃん……俺さ――はぁ~、時間切れか……」
「えっ?」
「咲ちゃん、お迎えが来たみたいだよ」
高木さんはそう言うと、私から視線を外し、私の後を見ているようだった。
高木さんの視線を追うように後ろを振り返ると、思わぬ人が駆け寄ってくるのが見えた。その距離は数メートルにまで近づいていた。
「――橘さん?」
彼を認識したのと同時に、足元に力が入らなくなり、視界が突然歪んだ。重しを乗せられたように重力に耐えられなくなった体はバランスを崩し、意識が遠のいていった。近くで、私の名前を呼ぶ声が聞こえた気がしたが、徐々にその声も聞こえなくなり、視界は閉ざされた――。




