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恋愛小説のオムニバス  作者: 蒼井スカイ
第1集 星夜の巡り合わせ
3/17

2.越えてはいけない一線

「本日は星空観測ツアーにご参加いただき、誠にありがとうございました。お足元にお気をつけてお帰りください。またのお越しをお待ちしております」


 現地スタッフの案内により、星空観測ツアーはこれを以って終了した。


 筧さんとは、当たり障りのない会話から個人的な価値観まで一歩踏み込んだ舌戦までさまざまな話題を挙げて会話を楽しんだ。あまりに楽しくてツアーの1時間が経つのはとても早かった。まだ話していたいような、後ろ髪を引かれながらも、乗ってきた宿のバスにそれぞれ乗り、宿へ戻った。




「巡さん、夕食はどちらで?」

「わ、私は割烹料理屋で、お願いしました」

「あぁ、同じですね。よろしければご一緒しても?」

「あ〜、はい、大丈夫です」

「1度部屋に戻られますか?」

「いえっ、お腹も空いたし、このまま直行するつもりです」

「そうですか、じゃあ行きましょうか」


 彼と2人、夕食が待つ宿併設の割烹料理屋に向かった。



 ドアの代わりに暖簾で仕切られている半個室で、私と彼は向き合う形で席についた。


「巡さんは食べるものを決めてますか?」

「いえ、折角だから地のものを、とは思ってるんですが……おすすめはありますか?」

「えぇ、取引先の方は和牛がおすすめと言っていました」

「あ〜、これですね。本当だ、美味しそうです。じゃあ、これにしようかな」

「巡さんはお肉がお好きなんですか?」

「う〜ん、お魚も好きですよ。お刺身とか」

「あぁ、じゃあ、このセットなら、どっちも味わえますよ」

「そうですねぇ。でも、全部食べれるかな、残すのも気が引けますし……」

「それならご飯の量を減らしてもらいましょうか?」

「あー、なるほど、そうしますっ」


 呼び鈴でスタッフが来ると、筧さんはあっという間に2人分の注文を伝えてくれた。本当にスマートな紳士である。

 明るい照明の下では、暗闇の中で見た以上に整った顔立ちであることが分かった。男らしい端正な顔立ちで、その美しい顔を明るい照明の下で見た時は、自分がこんなイケメンと暗闇で軽口を叩いていたと信じられなかった。顔に見とれて、つい返答に噛んでしまって恥ずかしい思いをした。

 でも、彼は暗闇の中と口調や態度は変わらなかった。それもあってか、すぐに緊張は解れていった。


「巡さんはいつまで滞在されるんですか?」

「私は今日から2泊です」

「そうですか、僕も同じです。明日のご予定は?」

「明日? あー、近くの温泉街でも散策しようかと思ってます。どこかおすすめ聞いてたりしてますか?」

「えぇ、いくつか聞いてきました。僕はここから車で30分程の場所にある氷穴を見に行こうかと。その近くなら地のものを使った飲食店もあるみたいですから。巡さんも良かったら一緒にどうですか?」

「氷穴に、地産地消の飲食店……ぜひ行きたいですっ!」

「それは良かった。旅は道連れと言いますからね。明日が楽しみだ」

「私も楽しみです」


 国産和牛のステーキに刺身の盛り合わせ、酢の物、山菜の天ぷら、デザートのマスカット。どれも美味しく、満足のいく料理だった。ボリュームは多かったが、ご飯を事前に減らしてもらっていたため、何とか完食することができた。

 料理も美味しかったが、甘みのあるサラッとした味の食前酒は特に美味だった。飲みやすい、お土産に欲しい、と大きな独り言を言っていると、彼がスタッフを呼び止め、お酒の品名とお土産コーナーで同じ物を購入できるか、確認してくれた。


――こんなにスマートな紳士なのに、どうして結婚したくないんだろう? 筧さんは自信がないと言っていたけど。きっと引く手数多のはず……。

 まぁ、私が気にすることでもないか。今はこの旅行のことだけ考えて、目一杯楽しもうっと!




 別料金のお酒や料理の会計をしようと立ち上がると、彼はさっさと2人分の会計を済ませてしまった。自分の分を払うと言ったのだが、「これは男としての見栄だから、僕に花を持たせてもらえたらうれしい」と。

 そんなことを言われたら、それ以上何も言えなくなる。結局お言葉に甘えさせてもらい、お礼を言って店を出た。


 彼とツアーで一緒になって、夕食を共にして会話も十分に楽しんだ。でも、何故だろうか、まだ話し足りない気分になってきた。


――食事も終わったし、そろそろ部屋に戻らないと。でも、まだ話し足りない気がするなぁ。こっちから引き留めるのもちょっとなぁ。


 そんなことを考えていた時、彼が私の名前を呼んでいたことに気付いた。


「……ぐりさん、巡さんっ?」

「あぁ、すみません。ボーッとしてました」

「疲れました?」

「いえ、そういう訳ではないんですけど……」

「お疲れでなければ、食後の散歩に行きませんか? 今夜は年甲斐もなく食べ過ぎてしまってね。少し歩けばお腹の苦しさも紛れるかと」

「ふふふっ、確かにお料理、ボリュームありましたよね。私もご飯の量を減らしてもらって何とか食べ切れましたから」

「えぇ、若い時はもっとガツガツ食べていたはずなんですけどね」

「筧さん、まだお若いじゃないですかっ」

「――巡さん、もしかして僕のこと年下だと思ってます?」

「えっ? 違うんですか? てっきり年下だと思ってましたけど。私は44ですけど、筧さんは?」

「僕は46ですよ、今年また1つ歳を取りますが」

「えぇっ! 私より年上だったんですかぁ?」

「あぁ、やっぱり。何となくそう思われている気がしてたんです」

「あ〜、でも若く見えることは良いことですからっ!」

「上司からも、この童顔のせいで『貫禄がない』とよく言われるんですよ。まぁ、仕方のないことですが」

「筧さんも悩むことがあるんですね」

「巡さん、俺を何だと? 俺だって普通の人間なんだから、悩みの1つや2つはありますよ」

「ふふふっ、筧さんは自分で言ってたじゃないですか。基本出来ないことはないって」

「あぁー、俺、そんなこと言った?」

「言いましたよ。はっきりこの耳で聞きましたよ」


――筧さん、『僕』が『俺』に変わってる。少しは親しくなれたってことかな? きっと、お酒を呑んだせいかな……。


 無数の星々と月明かりに照らされた幻想的な夜の庭を散歩しながらも、男女のそういった甘い雰囲気は2人の間にない。ただひたすらに会話を楽しみ続けるだけの不思議な関係である。



 気付いた時には夜11時を回っていた。彼のお腹の苦しさが和らいだところで、その夜はお開きとなった。




 翌朝、彼のマイカーで近くの氷穴に向かった。


「筧さんは普段から車の運転を?」

「えぇ、ですが、全国各地、海外にも行くことがあるので、それほど頻度は多くありませんが。割と運転は好きな方なんです。車なら好きな時に好きな場所へ行けますからね」

「あー確かに、それって車の醍醐味ですよね。私も車の運転、好きです」

「へぇ、意外だな、普段はどちら方面にドライブへ?」

「最近はあまり行けてないですね。ちょっとバタバタしていたこともあって……」

「そうですか、それなら運転代わりますか?」

「いえ、高級車ですし、自分の車より大きいので傷をつけてしまったら大変です。それに、車窓から景色を眺めてるのも好きなんです」

「あぁ、それなら良かった。この辺はドライブには最適ですが、景色は単調ですからね。楽しんでいただけてるなら、誘った甲斐がありました。正直なところ、昨日の今日で強引すぎたんではないかと反省してまして……」

「そんなことありませんよ、とてもうれしかったですし、1人では行けなかったでしょうから、誘っていただけて有難いです」

「それは良かった。でも、巡さん心配だなぁ」

「えっ? 何がです?」

「誘った僕も僕ですが、出会ったばかりの男の車に乗るなんて、僕が悪い男だったらどうするんですか?」

「あっ、まぁ確かに……でも、筧さんはそういうタイプとは違うと思ったので、大丈夫かな、と思いました」

「嬉しい反面、それはそれで傷つくというか……。それに、巡さんの男運のなさを鑑みると、やはり心配だ」

「ちょ、昨日の話をぶり返さないでくださいっ!」

「あははは、ごめん、ごめん、つい、ね」


――筧さんはこうやって時折、私のことを揶揄ってくる。でも何故だろう、誰かに馬鹿にされることは嫌いなはずなのに、今も昨夜もそんなに嫌な気分にはならない。本当に不思議な人……。




「着きましたよ」

「週末だからか、結構人いますね」

「えぇ、そのようですね」


 筧さんは後部座席のドアを開けて上半身だけ入れて、何やらガサゴソとやっている。顔を出したかと思うと、私に話しかけてきた。


「巡さん、中は真冬のように冷えるみたいですが、羽織るもの貸しましょうか?」

「いえ、膝掛けを持ってきたので大丈夫です。お気遣い、ありがとうございます」

「そうですか、さすが()()()()の巡さんですね」

「それ、揶揄ってません?」

「まさかっ、褒め言葉ですよ」

「本当ですか?」

「もちろんです」


 疑いの目を彼に向けると、彼ははにかんだような笑顔を向けてきた。


 彼は車を施錠するとジャンパーを片手に私の方へ歩いて来た。今日もやはり、昨夜と同じスーツ姿だった。じっとスーツ姿を見ていると、彼と視線が合った。


「あぁ、仕事帰りの勢いで宿を予約して来たから、これ1着しか持ってなくて……。下着とYシャツは替えがあるんですけどね」

「それなら、次から車に予備の着替えを積んでおくといいかもしれないですね」

「あぁ、全くその通りです。家に帰ったら早速旅行セットでも荷造りしないとな」

「ふふふっ、筧さんはきっと何に対しても誠実に向き合う方なんでしょうね」

「――さぁ、それはどうでしょうね」


 彼はそう言うと、前を向いたまま笑みを浮かべていた。


「最後尾はここみたいですね」

「はい、そのようです」

「でも思ったより進むスピードは早いみたいなので、中へ入るまでにそんな長くはかからないかもしれませんね」

「えぇ、取引先の方は穴場スポットだと言っていましたが、どうやら少し古い情報だったみたいです」

「でもまぁ、待ち時間も観光の楽しみの1つですから。呆気なくすぐに終わってしまうのも寂しいですし」

「巡さんは前向きですね」

「そう、でしょうか?」

「えぇ、僕が一緒にいて見てる限り、あまり否定的な言葉は聞いてませんね」

「あぁ、そうかもしれません。よく『言葉には力が宿る』って言うじゃないですか。そんな言葉を知ってから、自分に良い影響がありそうな言葉を発した方がいいような気がして、無意識的に言葉を選んでいるのかもしれません」

「さすが、プロの物書きが言う言葉には説得力がありますね」

「そんな、揶揄わないでくださいっ」

「揶揄ってなんてないですよ。僕は正直な気持ちを口にしただけです。僕はあまり格言とか、おばあちゃんの知恵みたいなものを信じる質ではないんですが、巡さんの言葉はすっと胸に染み渡る気がします。


 もしかしたら、巡さんの言葉の重みは過去のさまざまな経験による賜物なのかもしれませんね」


――今までそんな風に言ってくれる人は友人にも家族にもいなかった。どうしてだろう? 筧さんは本当に、私がずっと昔から欲しくて仕方なかった言葉を言ってくれる……。


 胸に染み入る言葉の数々が、長い間氷漬けになっていた心を溶かしていくように思えた。


「巡さん、僕らの番が来ましたよ」

「あっ、はいっ」

「中は氷で滑りやすいみたいです。膝掛け以外の荷物は僕が持ちましょうか?」

「えっ、あぁ、じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます。これ、お願いします」

「はい、任せてください」


 石の階段を十数段降りるうち、一気に周囲の気温は下がっていった。氷穴の入り口に立つと、まるで大型の冷凍庫の中にでも入ったような気分になった。彼も手に持っていたジャンパーを羽織っていた。


「寒いとは思ってましたが、ここまで冷えているとはね。昔から天然の冷凍庫と言われているだけありますね」

「本当にっ、あっ!」


 地面の一部が凍っていたせいか、足を滑らせ尻もちをついてしまった。


「巡さんっ、大丈夫ですかっ?」


 顔を上げると、目の前には心配そうに私の顔を覗き込む筧さんの顔があって、徐々に近づいてきた。慌てて、大丈夫だと片手をヒラヒラと振ってアピールしたのだが、その手をがっしりと掴まれてしまった。


 筧さんが手を引っ張り上げてくれたため、すぐに立ち上がることができた。


「あぁ、すみません」

「いえ、足元も暗いので気を付けないと危ないですね。僕も配慮が足りませんでした」

「いえいえ、私の不注意ですから」

「まだこの先も長いですし、手を繋いでもいいですか?」

「えっ、あっ、でも……」

「巡さんが滑りそうになっても手を繋いでいれば、僕が支えることができます。あ〜でも、僕が足を滑らせたら2人とも尻もちをつくリスクは高くなりますが」


 筧さんはにっこり笑顔でそんな冗談を言っているが、差し伸べた手を引っ込めるつもりはなさそうだった。


――また滑って転けたら迷惑をかけてしまうかもしれないし、後ろにも観光客がずらりと並んでいて、自分のせいで列を滞らせるのは申し訳ない。ここは筧さんの言う通り、甘えさせてもらおう。


「あの、お願いします」

「はい、それじゃあ」


 彼は私の手を取った。彼の手は周囲が極限の寒さにも関わらず温かかった。ガッシリとした男性らしい大きな手。


――手を繋いでいるだけなのに、こんなにも安心感がある。今までこの手に守られてきた彼女さんたちは幸せだったんだろうな。


「さぁ、行きましょうか」

「あっ、はいっ」



 氷穴の最奥まで到達すると鉄の柵があり、その地下を見下ろすと数mにもなる高さの氷柱が(そび)え立っていた。地面にはライトアップ用の照明が設置されている。洞窟の最奥は自然光が届かない場所だが、氷柱は照明によって照らされることで厚い流氷のように青白く見えた。


「圧巻の美しさでしたね」

「えぇ、本当に」

「とても自然に作られたものだとは思えないくらい綺麗でした」

「はい、かなり寒かったですが、わざわざ観に来た甲斐がありました」

「はいっ、筧さんのお陰で素敵な物が見れました。誘ってくださってありがとうございました」

「いえ、僕も一緒に感動を共感できる人と回れて楽しかったです」

「それにしても、地上に出ると来た時よりも暑く感じません? あっ……」

「えぇ、本当にまだ初夏だというのに暑いですね――あぁ、手を繋ぎっ放しでした。失礼しました」


 彼が繋いだ手を放すと、暑かったはずなのに何故かその温もりが名残惜しいと思っていた。


「あっ、いえ、筧さんが手を繋いでくれてたので無事に帰還できました」

「あははは、帰還って――」

「でも私、何度も滑りそうになったじゃないですか。筧さんが手を繋いでくれてなかったら今頃、打撲か捻挫、骨折してたかも」

「巡さん、それはさすがに大袈裟――いや、案外そうだったかも? また手を繋ぎましょうか?」

「へっ?」


 彼は再び私の目の前に手を差し出した。彼の瞳は真っ直ぐに私を見ていたせいか、驚いてしまって変な声を発していた。数秒間沈黙が続き、彼は差し出した手を引っ込めると意地悪気な笑顔を見せた。


「冗談ですよっ。さぁ、次はこの辺の散策でもしましょうか」


 彼はそう言うと、散策路の案内板を指差し、案内板の矢印が指し示す方向に歩いていった。私は慌てて彼の背中を追った。私の駆け寄る足音に気付いたのか、彼が足を止めてゆっくりと振り向いた。


「ほら、走ったらまた滑りますよ?」

「もうっ、さすがに何もないところでは転びませんっ」

「あははは」


 氷穴を観光した後、徒歩で近くの散策路を2人で歩いた。会話を楽しみながら、ぐるりと一周し終えた頃、筧さんが腕時計を確認するとお昼前になっていた。

 お昼には少し早いが、混雑する前に店に入った方がいいだろう、ということになり、駐車場に戻って、筧さんが取引先の方からお勧めされたという飲食店に向かうことになった。




「この店はお蕎麦が有名みたいですよ」

「お蕎麦ですか、いいですね」

「セットメニューもいくつかあるみたいです」

「あっ、本当だ。どれにしよう、悩みますね~」

「僕はこれにします」

「えぇっ、もう決まったんですか? 筧さん、本当に決断が早い」

「巡さんはゆっくり見てていいですよ。僕はお茶を持ってきますから」

「あっ、すみません」

「いえいえ」


――筧さんは欠点がないのではないか? 昨夜会ったばかりだが、女性の扱いには慣れているみたいだし、よそよそしい下心みたいなものも感じない。

 まぁ、相手が私だからかな。きっと若くて美人さんだったら、もっと違った扱いをされていたのかもな……。わ、私ったら何を馬鹿なことを考えているのよ。筧さんに失礼だっ、変なこと考えるのやめよっ。


「注文、決まりましたか?」

「へっ?」


 目の前にはお茶が入った湯飲みを持つ筧さんの姿があった。


「何か悩み事でも?」

「いえっ! そういう訳ではないんです。えっと、何にしようかなぁ」


――勘のいい筧さんのことだ、変なことを口走って変な空気になるのは絶対にごめんだ。ここは何とか誤魔化しておこう。


「筧さんはこのお店に来たことがあるんですか?」

「いえ、初めてです」

「そうですか、初めてなのにどこに何があるとか把握されるのがとても早いなと思いまして」

「――えぇ、これは半ば職業病のようなものですよ」

「職業病?」

「えぇ。あぁ! 僕は巡さんのお仕事のことを聞いておいて自分のことを話していませんでしたね。

 実は店舗運営をする企業のマーケティングコンサルタントをしてるんです。ですので、店に入ると自然に入口からの動線や店内の配置、お客の表情などを見てしまう癖がありまして。きっとそのせいでしょう」

「なるほど、コンサルタントのお仕事を。道理できめ細やかなところまで目が行き届いている訳か……」

「いえ、そんな大層なものではありませんよ。僕の上司はとても厳しい人でね、若い頃から随分と(しご)かれました。今では無意識でもあちこちに目がいってしまうだけです」

「それで、筧さんから見てこのお店の評価は如何なものですか? あっ、こんなこと聞くのは失礼ですよね。すみません!」

「いえ、そんなことはありませんよ。そうですねぇ、僕が評価するとしたら、10点満点中8点というところですね」

「8点、それはなかなかの高評価ということでしょうか?」

「えぇ、そうですね。入口からの動線は自然ですし、清潔感もある。何よりバックヤードのスタッフが楽しそうに働いている。取引先の方が紹介してくれただけあります」

「ちなみに、満点になるのに足りない部分は何ですか?」

「あぁ、そうですね。店内は清潔感がありますが、よく見るとクロスが剥がれていたり、壁に貼られているポップの情報量が多くて分かりにくい点を改良したりすれば、満点に近づくんじゃないかな」

「なるほど、あぁ、確かに壁紙もよく見ると色落ちしたり剥がれかけていたりするところがありますね。でも、この短時間でそこまで分かってしまうなんて、筧さんはやっぱり凄いです」

「あははは――伊達に歳は取っていませんからね。年の功ってやつですよ……」

「そんなに謙遜されなくても。筧さんの凄さをしっかりアピールできるところですから」

「――そう、ですかね?」

「はい、もちろんです」

「それなら、チャンスがあったら全力でプレゼンすることにしますね」

「その意気です!」

「はい、お待ちどうさまぁ! 33番の番号札でお待ちの方〜!」




「はぁ〜お腹一杯っ!」

「僕の分まで払ってもらってしまって……ご馳走様でした」

「いえいえ、昨夜私がご馳走になったんですからっ。それに車まで出してもらっているのに私ばかりもらってばかりというのはさすがに……」

「巡さんは真面目な方ですねっ、それに思ったよりもガードが堅そうだ」

「えっ?」


 彼はにっこり笑顔で、それ以上私のことは何も言わなかった。


「お腹も一杯になったことだし、次はお土産が買える場所にでも行きますか?」

「あっ、はい。お土産買いたいです」


 私たちは車を置きに宿へ戻った。お土産が買える温泉街は宿からでも徒歩で行ける距離にあった。




「お土産買いすぎちゃった。あの、すみません。買い物に付き合わせた挙句、荷物まで持っていただいて……」

「いえ、僕も十分に楽しんでますから。それより、この先にお団子が美味しい甘味処があるみたいですが、巡さんはお団子好きですか?」

「お、お団子ですか? 大好きです!」

「あははは、分かりました。では休憩がてら、そこに行きましょうか」

「あっ、は、はい……」


――恥ずかしいっ。即答してしまった、それも物凄く大きな声で。いい歳して何をやってるのやら……。




「美味しい……今まで食べたみたらし団子の中で、一番美味しいです!」

「それは良かった」


 私がみたらし団子を頬張る横で、彼は緑茶を静かに啜っていた。


「筧さんは甘いもの、お好きではないんですか?」

「いや、そういう訳ではないんだけれどね。今は胸が一杯でね。何も入りそうにないんだ」

「そうですか……勿体ないです。こんなに美味しいのに……」


――胸が一杯? お腹が一杯の間違いだろうか? それとも、まだ若いのに不整脈でもあるんだろうか? そういえば昨夜、筧さんは中間管理職で上と下の板挟みにあってるって言ってた。きっと気苦労が足りなくて、癒しのためにこの宿に来たのかも。

 それなら、私にばかり付き合わせるのは申し訳なさすぎる。筧さんはスマートな紳士だから、きっと私が1人でいるから、気遣って誘ってくれてるのかも。

 今日は早めに宿へ戻って休んでもらおう。明日の約束は何もないけど、私も十分観光を楽しめたから、明日は温泉にマッサージでも頼んで、部屋でゆっくり過ごそうかな。



「筧さん、今日は誘っていただいて、ありがとうございました。車の運転でお疲れだと思います。そろそろ宿へ戻りませんか?」

「えっ? あぁ、そうですね」

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