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恋愛小説のオムニバス  作者: 蒼井スカイ
第1集 星夜の巡り合わせ
2/17

1.星夜の対話

「あぁ、すみません。ついお1人のようなので声をかけてしまいました。実は僕もお一人様でしてね」


 上半身を起こし、声がした後ろを振り返ると、そこには1人の男性が腰を屈めていた。


「あぁ、星の谷旅館の参加者の方ですか?」

「えぇ、あなたも?」

「はい、そうなんです。パンフレットにお一人様大歓迎の文字に躍らされて申し込んでしまいました」

「あ~、僕も同じようなものです」


 彼は薄暗い中でスマホのライトを灯しながら近づいてきた。僅かな明かりに照らし出された彼の横顔はとても端正で、自分より若く見えた。


 突然話しかけられ、一時は体が硬直するほど緊張したが、彼の接し方が自然体だからなのか、体内の警戒アラームが稼働することはなかった。


 彼は地面の上に片膝を着くようにしゃがんでいた。服装も仕事帰りなのか、ノーネクタイにスーツ姿だった。見るところ、レジャーシートも防寒着も持っていないようだった。


「あの、良かったら半分使いますか?」

「えっ? いいんですか?」


 彼の返事は実に自然体で、下心などないように感じた。


 私は、恋愛経験はあるものの、自意識過剰なのか異性と初対面で会う時は変に警戒してしまう癖がある。そのため、自分が相手を好きで意識しているのだと誤解させることがしばしばあった。全く持ってそんな気は更々ないのだが、そういう性質なのだから仕方がない。


 でも、目の前の男は警戒心を感じさせない不思議な人だった。どう言葉にしたらいいのか分からないが、例えるなら、久しぶりに会った同級生と偶然再会して席を共にする適度な緊張感がある間柄というところだろうか。


 私は半分に折った膝掛けを開いてレジャーシートの上に敷き、彼が横になるスペースを整えてあげた。


「どうぞ」

「ありがとう、お言葉に甘えて。まさかレジャーシートが必要になるとは考えもしなかったよ」


 彼がレジャーシートに座ると、私は再びシートの上に寝転んだ。彼も同じように寝転んだ。


「確かに、持ち物って意外と見落とされがちですよね」

「でも、あなたは準備万端ですね。もしかして、ここへは何度も?」

「いえ、今日が初めてです。昔からこういった準備とかは抜かりなくやる質でして」

「そうですか、羨ましい限りだ。お恥ずかしい話ですが、僕は思い立ったらすぐ行動してしまう性分でして。後で失敗したと反省することが多々あります」

「そうなんですか? 私はその行動力が羨ましいです。何をするにも最初の一歩を踏み出すまでが長いので……」


 会話をしているうちに辺りは深い闇に包まれていった。暗闇に慣れた視力でも数m先のカップルの輪郭は分からない程に。

 そのうち、視界が暗くなったせいか、あちこちで妙に色っぽく湿った音が聞こえてきた。


「「…………」」


 自分がまだ若く、隣にいたのが自分の恋人であるならば、スイッチが入ったようにイチャイチャしただろう。だが、自分はもういい歳で、隣にいるのは見知らぬ年下のイケメンである。続く沈黙が痛々しい。


「少し場所を変えた方が良さそうですね」

「えぇ、そのようです。僕が持ちましょう。足元が暗いので気をつけてくださいね」

「はい、ありがとうございます」



――まさか、暗闇の中とはいえ、こんな屋外でカップルたちがイチャイチャし始めるとは。これは完全に想定外だった。


 スマホのライトは足元を照らすのに使用していて、隣を歩く彼の表情は暗くて分からない。自分もどんな表情をしているのか分からないから、その点は暗闇に救われた気がした。


 カップル達の艶めかしいリップ音が聞こえなくなる位まで距離をとった後、彼は地面にレジャーシートと膝掛けを敷いてくれた。そこに2人で寝転がった。


「あははは、まさか星空観測が目的じゃない参加者がいるなんて思いもしなかった」


「えぇ、本当に。さすがにこれは想定外でした」

「でも、僕は今夜ツイていたなぁ。僕1人だったら今頃気まずい思いをしていただろうからね」

「はい、それには同感です。私も1人じゃなくて良かったです」

「こんなに美しい星空を楽しまないなんて勿体ない」

「本当にその通りです。こんなに綺麗なのに勿体ない」


 何故だろうか、会ったばかりではあるが、彼との会話は心地良いと感じる。きっと彼のコミュニケーション能力が優れているのだろう。自意識過剰な自分さえも変に意識することなく、自然体で初対面の異性と近い距離で話せているのだから。


「あぁ、自己紹介がまだでしたね。僕は(かけい)です」

「私は巡です」

「めぐり、さんですか? 珍しい名前ですね?」

「はい、巡回の巡で『めぐり』です。全国的にも珍しいみたいですけど、特別由緒ある家柄って訳ではないです」

「へぇ、仕事で全国各地行くこともあるんですが、巡という名前は初めて聞きました。この歳になっても、まだまだ知らないことが沢山あるものだな」


 彼の横顔は暗くて分からないが、声のトーンからして微笑んでいるような気がした。


――全国各地を飛び回るって、筧さんはどんな仕事をしてる人なんだろう? さすがに、初対面で相手の仕事を聞くのも失礼である。ここはスルーしとこう。


「――巡さんは何故このツアーに? って、星空を観るために決まっているか……あははは」

「ふふっ、確かに日本有数の星空が見える場所ですからね。でも最大の目的は、自分をたっぷり甘やかしてあげるため、なんです」

「へぇ、それは素晴らしい考えですね。自分を甘やかす、か。僕にはなかった発想だ。うん、僕も大きな仕事が片付いた時にやってみようかな」

「ふふふ、筧さんはとても素直な方なんですね」

「いや、単純馬鹿なだけですよ」

「そんなことありませんよ。歳を取ると、頑固になりがちじゃないですか。いいと思うことを素直に認められて、実践してみようって思えることは素晴らしいと思います」

「――そう言ってもらえると嬉しいですね」


――筧さんは絶対に()()()()に違いない。きっとこういう人が上司だったら、部下は上司を信頼して最大限のパフォーマンスを発揮できるだろうなぁ。


「筧さんが上司なら、部下の皆さんはきっと仕事がやりやすいでしょうね」

「さぁ、それはどうでしょうか。仕事はできるんですが、生意気な野郎ばかりで手こずっていますよ」

「ふふふっ、筧さんも『野郎』なんて言葉を言うんですね。意外です」

「ははは、お恥ずかしい。男ばかりの職場なので、どうしても粗雑な言葉遣いになりがちです。それに、僕は聖人君子という訳ではないですから」

「そうですか? 十分、紳士的な方だと思いますけど」

「それなら、僕は自分で墓穴を掘ってしまったようだね。さっきの言葉はどうか忘れていただきたい」

「ふふふ、聞いてしまったものは取り消せませんよ」

「うむ、巡さんはお淑やかなようで、意外とSっ気が強いのかな?」

「そ、そんなことはありませんっ」

「それはどうだろう?」


 当たり障りのない会話は自然に、軽口を言い合う仲へと発展していた。相変わらずお互いの顔は見えなかったが、すぐ隣にいるからだろうか。今、笑った、ちょっと拗ねた? 今のは照れ隠しだ、と予想がつくようになってきた。


――こんな風に異性と気楽な会話を楽しめたのはいつぶりだろう?



 恋愛が遠ざかってから早10年が経とうとしていた。初めて付き合った彼は大学の先輩だった。当時は大人な先輩に少しでも近づきたくて背伸びしていた。自分に自信がなくて本来の自分を見せることができず、結局1年もしないうちに別れてしまった。

 社会人になってから憧れの上司と同じプロジェクトに関わるようになって、仕事終わりによく2人で飲みに行く間柄になった。そのうち上司から告白され、付き合うようになったが、その彼には別の部署に本命がいて、自分以外に2〜3人遊びの関係を続けていた相手がいたと知ったのは、彼の婚約発表を噂で聞いた時だった。その彼からは何の説明もなく、関係は自然消滅した。


 不毛な恋愛遍歴ばかり増えていき、いつしか恋愛をするのが怖くなっていた。気付いたら、もう40代も半ばに差し掛かる年齢になっていた。

 さすがの両親も私にお見合いをしろ、と言わなくなっていた。30代は何かにつけて「いい人はいないのか」「お見合いをしなさい」と言われ、そんな両親に辟易していたが、今となっては何も期待されないというのも虚しいものである。

 決して結婚を諦めている訳ではない。ただ、結婚したいと思える相手に巡り会えないのだから、こればかりは仕方がない。ずっと自分にそう言い聞かせてきた。


 結婚はいつかしたいとは思うが、好きな人もいなければ気になる人もいない。何の進展もないのは当たり前である。



「筧さんは何故このツアーに参加されたんですか?」

「あぁ、僕は取引先で星の谷旅館とツアーのことを聞きましてね、美しい星空が見れるのなら、この機会を逃すまいと昨日ダメ元で予約したんですよ。ちょうどキャンセルが出たようで本当にラッキーでした」

「そうだったんですね。この星空に出会えて本当にラッキーでしたね」

「えぇ、でもこうしてお一人様仲間と楽しく星空観測できたのも幸運でした」

「そうですね、同感です」


 何度か会話をやり取りした後、どちらからともなく口を閉じ、ただ見上げた夜空の星にうっとりしていた。恐らく彼も自分と同じ気持ちで満天の星を眺めているのではないかと感じていた。



「巡さんは星座に詳しいですか?」

「いえ、あまりというか、ほとんど分かりません。でも、こうやって無数の星が輝いているのを観てると、自分の存在がいかにちっぽけなのかって思い知らされます。不安や悩みが大したことないように思えるから不思議ですよね」

「あぁ、それは僕も分かる気がするかな。性格的に落ち込むことは少ないけれど、ふと孤独を感じることがありますね。そんな時、空を見上げると悩んでいるのが馬鹿みたいに思えてきます」

「不安も孤独も、星空の下では何の意味もない――そんな気がします」

「えぇ、本当に……」


 夜空には雲1つなく、満天の星たちは私たちの出会いをまるで祝福しているかのように見えた。そんな風に思うのも、肩肘張らずに飾らない自分でいられているからだろうか。

 暗闇で相手の顔色を窺う必要がないから。それとも、彼が気取らずに話せる相手だからだろうか。幾度目かのやり取りも、気付いた時には一歩踏み込んだ話題になっていた。


「巡さんは不思議な方だ。こうして女性と気兼ねなく会話を楽しめたのは本当に久しぶりです」

「そうなんですか? 筧さんとの会話は楽しいですし、きっと普段からおモテになるだろうって思ってましたけど」

「あぁ、話しかけてくれる女性はいますが、彼女たちが見ているのは僕の肩書きとかルックスだけですからね。僕の内面を知ろうとする女性はあまりいないんですよ。だからか、巡さんとの会話は新鮮です」

「――()()()になる筧さんにそう言ってもらえて光栄です。でも、私は元々人見知りする性分で、会話も得意ではありません。きっと筧さんのリードや話しやすい雰囲気作りがお上手なんだと思いますよ」

「巡さんは相手の長所を見つける名人だね。僕は今日だけで、数年分くらいの褒め言葉を貰った気がするよ」

「そんな、大袈裟すぎません?」

「大袈裟なものか、中間管理職ともなると上から下からの板挟みです。それにいい大人ですからね、大の男を褒めてくれるのは巡さんくらいですよ。来週からまた仕事が頑張れそうだ」

「ふふっ、中間管理職はどの業界でも苦労が絶えないんですね」

「えぇ、こればっかりはね。巡さんはそういう悩みはないんですか?」

「私ですか? そうですね、随分前にそんなこともあったかな。規模は小さかったんですが、まだ20代で役割を全うするために、がむしゃらに働いていたので悩む余裕もありませんでした。今は個人事業主として細々とやってますが、ストレスも少なくなりました」

「へぇ、個人事業主ですか、失礼でなければどんなお仕事かお聞きしても?」

「えぇ、別に隠すようなものでもありません。私の仕事はWebライターなんです。企業のWebメディアに掲載する記事を執筆代行する仕事です」

「なるほど、確かに執筆業なら会社勤めでなくてもノートパソコンとネット環境さえあれば、どこででも仕事ができますね」

「はい、打ち合わせやチェック作業はありますが、執筆自体は1人で完結するので人間関係で悩むことはほぼなくなりました」

「巡さんは人間関係で悩まれたことが?」

「はい、私がいた職場は女性が多くて、パートさんは自分の母親と変わらない年代だったので、一癖も二癖もある人が多くて扱いになかなか苦労しましたね」

「それは大変だ、気苦労も多かったでしょうね」

「えぇ。悩んでいたのはパートさん達との関係もあるんですけど……」

「社内恋愛を?」

「えっ、はい……今思えば迂闊でしたね。憧れの上司から告白されて浮足立っていて気付かなかったんです」

「――その上司は他に本命が?」

「――はい、恋愛対象になると見る目がなくなるのって何故なんでしょうね?」

「恋は盲目と言いますからね。若いなら尚更ですよ。僕も経験があります。同期が自分より出世した途端に彼女は同期に乗り換えました」

「あ〜、それは何というか……う〜ん、そういう人もいますよね……」

「ただ僕の場合、彼女が同期を選んでも別に何の感情も湧かなかった。今思うと僕は彼女のことを好きではなかったのかもしれない。彼女はそれをとっくに気付いていたんだと思う。だから、いいとこ痛み分けというところかな?」

「――私はどうだったんだろう? 若かったせいか失恋後も執着していた、かも。その時は苦しくて悲しかったけど、今思うと、恋に恋してただけだったのかもしれません。40代も半ばに近づいているのに、今まで何やってきたんだろう……本当の愛を、知らないのかも……」

「――本当の愛、か。僕も理解できないな……」


 暫く沈黙が続いた。真実の愛を知らない2人。その答えは出ぬまま、時だけが過ぎていく。



 星空を見上げながら、ふと頭に浮かんだ疑問を彼に投げてみた。


「夫婦って何なんでしょうね? 皆、適齢期にバタバタと結婚していきましたけど、久しぶりに会うと旦那さんの愚痴ばっかりで、つい口から『そんなに嫌なら別れればいいのに』なんて言葉が出かかってしまうんです」

「あぁ、それ分かりますよ。うちの会社にもいますよ。やっぱり結婚は墓場だった、嫁は結婚して女じゃなくなった、とかね。随分な言いようだな、と思ってたけど、案外どちらも似たもの夫婦なのかもね」

「あ〜、なるほど、そういう考え方もありますね。別に結婚を神聖視してる訳じゃないですけど、条件とか外見とかで選ぶからうまくいかない気がするんですよね」

「う〜ん、それもあるだろうけど、きっとお互いが相手じゃなくて自分に矢印を向けているせいなんじゃないかな。『自分はこんなに苦労して我慢してるのにあいつはっ』『私を幸せにしてくれるって言ったのにっ』みたいな?」

「あ〜、確かに、うちの母親とか友達もそんなこと言ってた気がする。やっぱお互いにリスペクトというか、思いやりが大事ってことなのかな?」

「そうかもしれないね。ちなみに、巡さんはどういう人なら結婚したいと思うの?」

「――う〜ん、そうですね。やさしい、とか? 気遣いができるとか、かな? あと、服を脱ぎ散らかさない、とかっ!」

「最後のは経験談かな?」

「うっ、まぁ。あぁ、それと子どもっぽいことする人も嫌ですねっ」

「例えば?」

「鼻ほじった指を近づけてきたりとか? 自分の方が収入が低いって言ったりとか?」

「あははは、巡さんは恋すると盲目になるんだねっ。くっくっくっ……」

「ちょ、ちょっと笑いすぎですよっ」

「あぁ、ごめん。つい……巡さんは随分と男運が悪いようだ」

「やっぱりそう思います? そうですよね、何ででしょうね……。付き合う前は仕事ができて格好良く見えるんですけどね」

「それは完全に見かけ倒しに騙されてるね」

「うっ……」

「男は女性の前ではいつでも誰にでも格好良く見られたい生き物なんだよ。出来もしないことをあたかも簡単にやってのけている自分を演出しがちだ。特に狙ってる女性の前ではね。だから、付き合うとハリボテだとあっという間にバレるんだよ」

「ふ〜ん、じゃあ、筧さんもそういうところがあるんですか?」

「う〜ん、多少は見栄を張ることはあるかもね。そこは男としてのプライドってやつかな。まぁ、僕の場合、出来ないことは基本ないからな」

「筧さん、女性関係で友人とか同僚とかと揉めることありません?」

「あ〜、確かに友人や同僚、先輩の彼女から言い寄られて、喧嘩別れした奴も多かったかな。まぁ、その程度の関係だと割り切ってたから何とも思わなかったけどね」

「筧さんも案外拗らせてるじゃないですかっ」

「う〜ん、そうなのかなぁ? 考えたことなかったなぁ」


――モテる男はやはり一味違うらしい。筧さんは明らかにモテる男だ。暗闇でもイケメンだと分かる顔立ちだ、きっと学生時代も社会に出てからも本人は悪くないのに、女性関係で揉めたんだろうなぁ。


「ねぇ、ちょっと話が脱線してる気がするんだけど。話を戻そうかっ、このままじゃ、僕がクズ男だと言われそうだ」

「そんなこと、言いませんって……」

「それはどうだろうね?」

「――じゃあっ、筧さんはどうなんですか? どういう女性と結婚したいと思いますか?」

「――僕はきっと結婚はしない、かな」

「そう、なんですね」

「うちはずっと母子家庭だったから、何て言うのかな、家庭の温かみ? ってやつは分からないんだ」

「あ〜、何かすみません」

「いや、別に傷ついたとかそういう訳ではないから気にすることはないよ。まぁ、本当は、自信がないだけなのかもね……」


 彼が独り言のようにそう言うと、何と声をかけたらいいのか、それとも何も言わない方がいいのか分からず、黙って星空を眺めることにした。

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