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恋愛小説のオムニバス  作者: 蒼井スカイ
桜と橘
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28/32

9.追憶(前)

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

本日は2本投稿いたします。

最後までお楽しみください。

「咲ちゃん、ほらほらこっち来て見てみなよっ」

「――」


 高木さんには悪いが、やはり彼のことが気になって、観光を楽しむことができずにいた。高木さんが沈んだ私の表情を明るくしようと、楽しい雰囲気を作ろうとしてくれていることにも気づいていた。それでも、朝からどんよりとした気分が抜けなかった。




 昨夜、高木さんと別れた後、ホテルの部屋に戻ると、どっと疲れが出たのか、結局何も食べずにベッドへ横になった。


 彼のことを意識しないようにするほど、彼との想い出が脳裏に蘇ってきた。何故こんなにも彼のことばかり考えてしまうのか、彼に会えないことがこんなにも苦しくもどかしいのか、その理由がずっと分からなかった。

 というよりも、ずっと気づかない振りをしていたのだ。彼は学生の自分が気軽に会える相手ではないことが分かった。それを知った今、ようやく彼への想いを認めざる得なくなった。今更彼への恋心に気づいてもすでに手遅れだった。


――いや、違う。最初から彼は手の届かない人だった。偶然出会ったにすぎなくて、たまたま彼と何度か会ったり連絡を取ったりできるようになっただけのこと。きっと彼は私のことを何とも思っていないはず。ただ、地方から上京して就活する私を心配してくれての行動なのだろう。きっと、それ以上の感情はないのだから……。


 そんなことを考えているうちに、遮光カーテンの隙間から温かな光が差し込んできた。その時、ようやく同じ思考をぐるぐる巡らせて、一睡もせずに朝を迎えたのだと気づいた。


――あ~、高木さんと待ち合わせをしてるのに、何で早く寝なかったんだろう。今から寝たら、絶対寝過ごしそう……。仕方ない、熱いシャワーでも浴びて、眠気を吹き飛ばすしかないか。


 そして、そのまま睡眠不足の上に、夕食も朝食も抜いた状態で、高木さんとの待ち合わせ場所に向かい、今に至る。



「咲ちゃん、昨日より顔色悪くない? 体調が悪いなら、少し休んだ方が――」

「大丈夫ですっ! ちょっと寝不足なだけなので、心配いりませんからっ」

「――そうならいいんだけど……よしっ、じゃあ、この下にある水族館に寄ってみる?」

「えっ? タワーの中に水族館があるんですか?」

「そうなんだよ。こんなところに水族館があるなんて思わないよね?」

「はいっ、私、水族館大好きなんですっ」

「よし、じゃあ水族館に行こう」

「はいっ」

「カシャッ」

「ん? 今……」

「ほら、見てよ。咲ちゃん、とっても楽しそうな顔をしてるよ」

「高木さん、勝手に撮らないでくださいっ」

「えぇ~、いいじゃん、綺麗に撮れてるんだから」

「綺麗……私、写真映りが悪いから、苦手なんです……」

「そんなことないよ。すごく綺麗に撮れてるよ……」

「――――」


 高木さんが真剣な眼差しを向けたから、驚いて視線を目の前の水槽に移した。


「ふっ、咲ちゃんは可愛いね」


 高木さんはそう言うと、私の頭に手を置いてポンポンとやさしく撫でた。その手はすぐに離れてくれた。ずっと撫でられていたら、きっと恥ずかしさのあまり、顔が茹でダコのようになっていただろう。


「そろそろお腹空かない?」

「――そうですね」

「じゃあ、ランチにしよう」




 高木さんが連れて行ってくれたのはおしゃれなカフェで、平日でも店の外に列ができるほどの人気店だった。


「やっぱり混んでるかぁ。どうする? 結構並んでるから時間がかかりそうだね。他の店を探そうか? 早く座って休みたいしね」

「そうですね、他にもおすすめのお店はありますか?」

「もちろんだよ。ちょっと歩くけど、まだ大丈夫そう?」

「はい、大丈夫です」



 次に行ったお店は大通りの裏道にあった。ひっそりとした場所にあるせいか、さっきの店と打って変わって、店内は空いていた。


「ここのお店、意外と知られてないんだよ。客は少ないけど、ここの料理は絶品だから安心してね」

「はい」



 高木さんの言う通り、注文した料理はどれも絶品だった。残念だったのは完食できなかったこと。昨夜から食事を抜いていたこともあり、サラダとスープ、パン、チキンのトマト煮込みを少しずつ口にして、食べられなくなった。


「咲ちゃん、無理して全部食べなくてもいいからね」

「はい、すみません。味はとても美味しいんですけど、思った以上に食べられそうにないです……」

「――咲ちゃん、気にしないで」




 高木さんは度々、私の体調を気遣って声をかけてくれていたが、私は「大丈夫」だと言い続けた。このまま1人になったら、考えたくないことを頭に浮かべて苦しくなる。そんな状況を避けることに必死で、無理をし続けていた。



 次に向かったのは浅草だった。平日でも観光客で賑わっており、海外から来た人が圧倒的に多かった。浅草寺に向かう広い道の左右には所狭しと飲食店や伝統工芸品の土産店が軒を連ねていた。


「咲ちゃん、人が多いけど大丈夫そう? 歩ける?」

「はい、私、ここに一度来てみたかったんです。本当に平日でもたくさんの観光客で賑わってるんですね」

「うん、そうだね。昔は浅草と言ったら、おじいちゃんおばあちゃんに人気の『大人の楽園』なんて言われてたみたいだけど、最近は外国人観光客にも人気だよね。古い時代のものに興味を持つ若者も増えてるよ。あぁ、まさに咲ちゃんたちの年代だよね」

「ふふふ、そんなことを言う高木さんだって、まだ20代じゃないですか」

「俺、今年28になるんだよ。咲ちゃんからすれば、もうおじさんでしょ?」

「そんなことありませんよ。私と6つしか違わないんですから、お兄さんですよ」

「そう? それなら良かった~」



 浅草寺でお参りをした後、徒歩数分の場所にある隅田川沿いの公園を散歩することにした。


「咲ちゃん、ここは夜景が綺麗で、デートスポットとして有名な場所なんだよ」

「そうなんですか、確かに、川のある公園と夜景はデートに打ってつけかもしれないですね」

「うん、結構ベタなコースではあるんだけどね。そこのベンチで少し休もうか」

「はい」

「俺、飲み物買ってくるから、ここで座って待っててね」

「あ、すみません……」


 高木さんはにっこりと笑ってから、その場を後にした。



 ******



 交通事故の後遺症もあり、ずっと自宅で療養している。1人で歩けるまでに回復したものの、未だに何かを掴んでいないと真っ直ぐ歩けない、そんな状況に焦燥感が強まっていく。


 年が明けたある日、幼馴染みの高木晋から夕方前にメッセージが届いた。メッセージを開くと、『今、咲ちゃんとデート中!』という一言だけが書かれており、添付ファイルに画像が貼ってあった。画像を確認すると、都内の有名観光スポットで楽しそうに笑っている彼女の姿が映っていた。


「何だよ、コレっ。何でアイツが……」


 久しぶりに彼女の笑顔を見られてうれしかった反面、その笑顔が自分ではない他の男に向けられていることに腹立たしさを感じた。


 その後も、場所を変えて彼女が映った画像だけが送られてきた。晋が何のつもりでこんな写真を送ってきているのか、その理由が分からなかった。


――彼女の隣にいるのが俺だったら良かったのに……。




 彼女への想いに気づいたのはいつだっただろうか。自分でも知らないうちに、彼女に想いを寄せていた。思い返すと、きっと、彼女に初めて会った時に惹かれていたのかもしれない。

 最初こそ女除けに利用できる、なんて邪な考えで彼女に声をかけたのだが、彼女のやさしさと細やかな気遣いを知って、もっと彼女のことを知りたくなった。彼女のやさしさに漬け込んで買い物を頼んだが、彼女は嫌な顔もせずに快く引き受けてくれた。

 それどころか、買ったばかりのパジャマや下着を洗濯してから病室に持ってきた時は正直驚いた。赤の他人のためにここまでできるのか、と感心もした。もしかしたら、この時にはすでに、彼女に惹かれていたのかもしれない。


 だが、彼女は卒業と就職を控えている学生で、人生を左右する大事な時期だった。自分の気持ちを押し付けて、彼女を困らせたくなかった。だから、ずっと気持ちを胸の奥にしまい込んで、「頼りになるお兄さん」を演じ続けることにした。あわよくば俺を好きになってくれたら、という打算もあってのことだ。


 入院中、彼女がお見舞いに来ることはなかった。それもそうだ、いくら人のいい彼女でも、見知らぬ男のために見舞いになど来るはずもなかった。きっと彼女は俺と会うことは二度とないと考えていたに違いない。

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