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恋愛小説のオムニバス  作者: 蒼井スカイ
桜と橘
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18/32

0.出会いは突然に

本日から、第3集『桜と橘』を投稿いたします。

ぜひ最後までお楽しみください。

「君が僕の手足になってくれないか?」

「はっ?」


 私と彼が初めて出会ったのは、桜の木に蕾が芽吹き始めた頃だった――。




「それでは2階で受付を済ませてください」

「はい」


 今までは予約せずに好きなタイミングで免許の更新手続きができていたのに、今年から事前予約が必要になった。

 IT化の波は地方都市にも訪れている。コンビニやスーパーでは精算機で決済するのが当たり前になった。図書館でも電子書籍の貸し出しサービスが始まって暫く経つ。


――そのうち、案内係もロボットやタブレット端末にでも変わりそう。人と人の触れ合いは少しずつ無くなっていくのかな……。少し寂しい気がするなぁ。


 運転免許センターの2階へ上がると、すでに数十名が列を成していた。どこかのテーマパークのアトラクションを待つかのように。列は端に並べられたガイドポールによって整理されていた。


 シニアのセンター職員が声を張り上げて、機械の操作方法と更新手続きの流れを説明していた。それもそのはず、列に並ぶ人の8割以上が高齢者ドライバーだったからだ。


――予約時間ぴったりに来たのに、もうこんなに人がいるんだ。あー、必要書類の印刷も自分でやらないといけないのかぁ、面倒だな……。お年寄りばっかだから、機械操作も滞りそうだし。


 職員の横にあるカウンターの上には、真新しいタブレット端末とプリンターが複数台、対で設置されている。


 10分くらいだろうか、ようやく職員の説明が終わると、一番前のガイドポールのベルトが外され、最前列の人から順に機械の前へ進み、タブレットを操作し始めた。

 1度に6人が同時に手続きを行うことができ、操作方法を説明する職員が2人ついていた。そのせいか、意外とスムーズに流れていき、自分の番が回ってきた。




――ふぅ~、1時間位かぁ。前回の講習の時にかかった時間とそんなに変わらないじゃない……。全然時間短縮になってないし。次回からは最初の説明が終わる頃に行くのが良さそう。


 必要書類を印刷し、視力検査や証明写真撮影、映像講習、申請料の支払いを経て、免許更新手続きが終わった。


「さてと、近くの図書館にでも寄り道していこうかな……」


 1階の総合案内カウンターの前を通り過ぎ、出入口の自動ドアへと軽い足取りで向かった。自動ドアからはスーツ姿の男性がちょうど中へ入ってきて、すれ違ったところだった。


――社会人は仕事の合間に来なきゃいけないから大変ね……。私は今回ゴールド免許になったから、次は5年後……26歳になる頃かぁ。


 自動ドアを通り抜けようとした時、後ろからバタンと何かが倒れる音がした。あまりに大きな音で、思わず振り返ると、さっきすれ違ったばかりのスーツ姿の男性が床に倒れていた。


――えっ? 男性が、倒れた……。


 総合案内カウンターにいた初老の女性職員の内1人が、すでに倒れた男性のそばにいて、声をかけている。でも、男性は頭を打ったのか、意識を失っているようで女性の声かけに反応しなかった。その女性職員はもう1人の女性職員に、救急車の手配を指示した。


「あらっ! 鈴木さん、大変だわっ! 早く救急車を呼んで!」

「は、はいっ! 分かりました!」


 目の前で人が倒れる場面に出くわしたのは人生で初めてだった。倒れた男性は血の気が引いた顔面蒼白で、意識を失ったままである。一向に目を醒まさない様子で心配になり、倒れた男性のそばへ駆け寄ると、その場から離れられなくなった。


 暫くしてから、サイレンの音が近づいてくるのが分かった。救急車は運転免許センターの敷地内に入り、エントランスの前に車を着けた。数名の救急隊員が車から素早く降りてくるのが見えてきた。


「あなたっ、そこは邪魔になるから、隅に寄りなさいっ」

「あっ、はい……」


 エントランスの真ん中でボーっと立っていた私は、倒れた男性のそばに控える女性職員から注意を受けて、すぐに壁側へと寄った。


 救急隊員は女性職員から状況説明を受けると、男性の脈を取ったり、意識の確認をしたりしている。男性は意識がないまま、救急隊員によって救急車の中へ運ばれていった。


 すると、女性職員から男性のビジネスバッグを急に手渡されて、救急隊員に渡すよう言われた。エントランスに急いで出て、バッグを手渡そうとしたが、救急隊員から「急いでいるので付き添うなら、早く乗ってください」と言われ、どうにも断れず救急車に乗ることになった。



 救急車がサイレンを鳴らして走り始めると、男性の横に座る中年の救急隊員が声をかけてきた。


「君はこの患者さんの家族か、知り合い?」

「えっ? いえ、違います」

「――それじゃあ、君はどうして救急車に?」

「――えっと、その……この荷物を救急隊員の方に渡すように先ほどの女性から言われて……つい断れずに乗ってしまいました……」

「じゃあ、君は赤の他人の付き添いに?」

「はぁ、そういうことになるかと……」

「そうか、悪かったね。でも引き返すことはできないから、病院まで一緒に行くことになるよ?」

「はい……病院に着いたら、帰ります……」




 救急隊員は患者の男性を医師へ引き継ぐと、病院を出て行ってしまった。私は男性のバッグを手に持ち、救命救急センターの廊下で1人待つことになった。


 暫くすると、中年の女性看護師から「患者の家族か?」と聞かれ、自分が救急車で一緒に病院へ来た事の顛末を説明した。看護師から「それなら患者さんの荷物はこちらで預かるから、あなたは帰っていいわよ」と言われ、男性のバッグを看護師に手渡した。


「――あの男性は、大丈夫なんですか?」

「ごめんなさいね、ご家族でもないあなたに教えることはできない決まりなの」

「そ、そうですよね。すみませんっ」

「――急に目の前で人が倒れたら、心配になるわよね。あなたも驚いたでしょう?」

「えっ? はい……私は何もできなくて……」

「それはそうよっ、普通なら誰もがあなたと同じような反応をすると思うわ。気に病む必要はないわよ」

「はい……、あの、少しだけ休んでから帰ってもいいですか?」

「えぇ、構わないけれど……。もしも混雑するようだったら、その時は席を空けてちょうだいね」

「はい、分かりました」

「それじゃあ、私はもう行くわね。あなたも気をつけて帰るのよ」

「はい、ありがとうございます……」


――ふぅー、疲れたなぁ。何もしてないのに、緊張が張り詰めていたせいか、急に全身が重くなってきた。少しだけ休んでから帰ろう。あぁ、そうだ。車を運転免許センターに置きっぱなしだったんだ。バスで寄ってから車を取りに行かないと……。


 救急救命センターの廊下に並ぶ椅子に座り、休憩を取ることにした。




「さてとっ、十分休んだし、そろそろ車を取りに行かないとね」


 椅子から立ち上がり、出入口に向かって歩き出した時、後ろから声が聞こえた。


「そこの君! ちょっと待ってくれないか!」


 廊下には、他に患者も付き添いもいなかったため、自分に声をかけているのだと瞬間的に分かり、後ろを振り返るとスーツ姿の男性が立っていた。


「ん? 私、ですか?」

「君が、僕のバッグを持っていてくれた人かな?」

「バッグ? あぁ、さっき倒れた方ですかっ?」

「あぁ、やっぱり……良かった、間に合って」

「……?」


 スーツ姿の男性は運転免許センターに入ったところで倒れて意識を失った男性だった。救急車に乗っている時は青ざめたような顔色だったけど、今はその時よりも血色が戻って随分顔色も良くなっている気がした。


 彼は穏やかな笑みを浮かべながら、私の元へ歩いてきた。

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