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恋愛小説のオムニバス  作者: 蒼井スカイ
第2集 青の世界
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2.紅茶と珈琲

「そういえば、澪は紅茶が好きなの? 最初にアイスティー、次に紅茶を頼んでたよね?」

「えっ、あぁ、そうなんです。私、珈琲の耐性が無いらしくて、一口でも飲むとお腹が痛くなるんです」

「えっ? そうなんだ。珈琲の耐性か、初めて聞いたよ」

「大半の人は珈琲を飲んでも問題ないと思うんですけど、中には私みたいに珈琲に含まれる成分を体内でうまく分解できない人もいるみたいです」

「へぇ、そうなんだ。それは大変だね」

「あぁ、でも全くダメな訳ではないんです。少量なら珈琲ゼリーも大丈夫でしたし、珈琲エキスが染み込んだケーキも食べられます」

「澪のお腹は、繊細なんだね」

「繊細……そう、なのかも?」


――繊細だなんて、初めて言われたなぁ。友達に話した時は「変なの〜」なんて笑っていたっけ。もちろん悪気がある訳じゃないから気にすることもなかったけど。


「他にもそういうものがあるの? アレルギー的な?」

「他の食べ物でアレルギーになるものはありません。あっ、でも紅茶も1日2杯までしか飲めないんです」

「えっ? 紅茶も制限があるのか?」

「濃い紅茶だと1杯目でもお腹が痛くなります。家でティーパックの紅茶を飲む時も3杯目になると、胃にきますね」

「何か、大変だな」

「う〜ん、でもずっとそんな感じなので、今はそれほど大変なことではないですよ?」

「案外、本人はそういうもんなのかもな」

「はい、そういうもんです」


 作品の話題から離れたせいか、ここへきて彼は想像していたよりも普通の男性のように思えてきた。

 途中、いろいろと気になる反応はあったが、一貫して彼は怒ったり威圧したり、と私を怖がらせるような態度は見せなかった。




 紅茶をゆっくり味わっているところで、彼はどうしても作品の話がしたいらしい。話題は再び作品の話になった。


「澪は、ギャラリーの奥の展示室に飾られた作品を見て、どう思った?」

「展示室の作品……」


――あぁ、そういえばそんな作品もあったっけ。すっかり忘れてた。確か、葉のない青い木に日本の伝統工芸品を寄せ集めたような作品だったな。あぁ、でもこんな言い方したら、流石に画家さんのファンに失礼だよね。何て言ったらいいんだろう……。


 彼を見ると、珍しく俯いている。彼の表情までは分からなかったが、ここまで来たのだから言葉を選びつつも正直な気持ちを話そうと考えた。


「その、正直に言うと……私は絵画の方が好きです。何て言ったらいいのか分からないんですけど。一見、さまざまな素材でできた作品を木の枝に飾ることで、日本の伝統工芸の素晴らしさを表現しているように見えるんですが、私は……チグハグな印象を受けました。あっ! もちろん、一つひとつの作品は素晴らしいと思ってますよ!」


「――澪が言いたいことは分かるよ。俺も同じことを思ったから……」

「えっ……」


 彼が自分と同じことを考えていたと知って驚いた。正直なところ、今度こそは怒られるだろう、と覚悟していたからだ。半ば投げやりで答えたのだが。


 彼は怒ることもなく、さっきまで俯いていた顔はしっかりと正面を向いている。ただ、私に向けられた視線は彼に似合わず弱々しく自信のないものだった。


「何て言うか、俺……いや、彼らしくない作品だと思う」

「彼らしくない?」

「あぁ、龍青の作品はいつもシンプルなんだ。今回の『青の世界』というテーマの個展は、あの青い絵具だけで描いた絵画こそメインになるべき作品だ。でも、あの展示室の作品は澪が言った通り、龍青らしくない。いや、あれは龍青の作品じゃない。

 あぁ、もちろん、枝に飾られた一つひとつの作品は彼が作ったもので間違いはないよ。あぁ! ただ、そんな気がするなぁって思ってさ……ははは……」


――桐生さんもやっぱり変だと思ったんだ。愛が深いファンの人が見てもそう思うのだから、きっとそうなんだろうな。それにしても……私、美大を出た桐生さんと同じことを考えてたなんて凄くない? 意外といい目を持ってるのかも? なんてね……。


「それによくあるんだよ。スポンサーとかパトロンとかから支援を受けると、やれこういう作品を作れ、ああいう作品にしろ、って口出ししてくるんだ。うんざりするよな、素人が創作に口を出したら創作意欲も失せるっつうのっ!」

「桐生さんって詳しいんですね……」

「いやっ、知り合いの画家が、そんな話をしてたなぁって思い出して……ははは……」

「桐生さん」

「へっ? う、うん……」

「桐生さんって、本当に龍青さんと彼の作品が好きなんですね」

「えっ? あ、あぁ、そうなんだ、彼のファンだから、ね……」


 彼は照れているのか、後頭部を手で掻くような仕草をしている。

 そんな彼に少しだけ興味を持つようになった。


「桐生さんはいつ龍青さんのことを知ったんですか?」

「えっ! あ、あぁ、いつ、だったかなぁ……」

「私、画家さんのことを何も知らずに作品を観ていたなんて、恥ずかしいです。知らないなりに少しでも調べてから観に行けば良かったです……」

「いや、別に、画家のことを知らなくても問題はないと思うよ。まぁ、アレだっ、誰が描いたかなんて知らない方が、偏見なく作品を観ることができる訳だし。澪が気にする必要はない」


 彼は何も知らないで個展に行った私をバカにする訳でもなく、やさしい言葉で慰めてくれた。


――桐生さんて、チャラそうだし、推しへの愛が重すぎるヤバいヤツだと最初は思ってたけど、案外やさしいところもあるんだな。とにかく危険そうな人じゃなくて良かった。一時はどうなることかと思ったけど……。桐生さんの一挙手一投足が気になって、逃げることばかり考えてたし。


 とりあえず、ずっと頭の中で考えていた万が一の状況にはならなそうで安堵していた。彼に対する誤解も解け、話題は自然とギャラリーの作品の話になった。


「澪はさ、絵画を見終えてどんなことを感じた? 絵を描く人間として、絵を観る人の感じ方を知りたい」


 彼の眼差しは一層真剣なものに変わっていた。ただ私にはその瞳に不安が隠れているような気がしてならなかった。


――桐生さんは何をそんなに恐れているんだろう……。絵を描く人は皆、桐生さんみたいに不安やさまざまな葛藤を抱えているのかな。


「あ、そういえば、最後の作品の手前で、ちょうど宇宙の絵を観ていた時でしょうか、ふと前半と後半の絵でテーマというか、それぞれに同じ題材があったのではないかと思って……」

「――! それでっ?」

「はい、前半の5枚の絵はどれも日常にある物だと思いました。青い花にお皿、ワンピース、カーテン、家。どれも生活に欠かせない物や身近な物です。一方で、後半の5枚はガラスの靴に海、星空、宇宙、そして青い鳥でした。ガラスの靴を観て最初に感じたのは、おとぎ話に出てくる少女でした」

「……」


 彼は静かに私の話を聞いていた。表情は私が話し出す前よりも少し和らいだような気がするのは気のせいだろうか?


「どこか非現実的な題材だと感じたのと同時に、物語のクライマックスに近づいていくような、ワクワクした気分になりました。続く作品は海の絵と星空の絵でした。ガラスの靴との共通点は分からなかったんですけど、海と星空は世界と繋がっている、そう思いました。

 その次が宇宙の絵で、海と空に続いてさらに壮大なテーマになったな、と思ったんですけど、最後の絵が青い鳥で、ますます分からなくなってしまって……。青い鳥と言ったら、『幸せの青い鳥』しか思い浮かばなくて…………あっ! そうか、そうだったんだ!」

「澪っ?」


 急に大きな声を出したせいか、驚いたのは彼だけでなく、カウンターの中にいた銀髪のおじいさんもだった。おじいさんは上半身だけカウンターから乗り出してこちらを覗いている。


「あっ、突然すみませんっ」


 銀髪のおじいさんはやさしく微笑み、乗り出した上半身を引っ込めていた。


「澪は何か気づいたみたいだね」

「はい、というか、自信は全くないんですけど、ようやく自分の中で1つに繋がりました。私はずっと前半と後半の絵を別々に考えていました。でも、本当は全ての絵がただ1つのメッセージを伝えていたんです。

 前半の絵は日常にある物を描いている。手に入れたばかりの時はウキウキ、ワクワクするけど、時が経つにつれてどれも見慣れていき、いつしかそこに有って当たり前のものになっていく。

 後半のガラスの靴の絵はお城でダンスを踊る、そんな夢を、幸せを願って、それを叶えた少女だったけれど、魔法は消えてしまった。夢はあくまでも夢なんだと諦めてしまう気持ち」

「…………」

「続く、海と星空の絵はさっきも言った通り、世界に繋がっている。そして、それは遥か遠くに思える宇宙も同じで、隔たりがあるようで、最初から隔たりなんてないんです。隔たりが存在するとしたら、それはその人自身が作り出しているものだけだと。

 そこで最後の青い鳥の絵。青い鳥は『幸せを呼ぶ鳥』として知られています。おとぎ話では幼い兄妹が青い鳥を探す旅に出て、旅先で見つけたものの、連れ帰ることができなかった。家に帰ると、飼っていた鳥こそが、兄妹がずっと探し求めていた青い鳥だったと気づく。このおとぎ話のメッセージは、幸せはすでに近くにある、ということ。

 つまり、ギャラリーの絵画は物語になぞって、夢を持つことも幸せを探すことも大事だけど、まずは身近にある小さな幸せに気づいて、龍青さんの作品はそう言いたいのではないかと思いました」

「…………」


――しまった! 偉そうに、長々と喋ってしまった。絵のことも画家さんのことも何も知らないド素人の私が、美大を出た画家志望の人の前で! 何てことをっ……。

 的外れなことを言ってたら? は、恥ずかしすぎる、穴があったら入りたいっ! どうしよう、桐生さんも黙ったままだし。恥ずかしくて顔は上げられないから、桐生さんがどんな表情かも分からない。

 あぁ、落ち着け〜私っ。今はとにかく紅茶でも飲もう。うん、そうだ。落ち着いたら何か浮かぶかもしれない。最悪、逃げれば――。


 紅茶を一口啜ったところで、彼がようやく口を開いた。


「驚いた……。まさか、本当に俺と同じことを考える人がいたなんて……」

「えっ?」


 言葉の意味が分からず、思わず向かい合う彼の方を見ると、彼は口に手を当て、呆然とした表情をしていた。そして、私の目を見て、確かな言葉を放った。


「澪、君に出会えた俺は幸運だ……」

「へっ?」


――桐生さんの言っている意味が分からない。でも、私が言った言葉は桐生さんの期待に応えることはできたみたいね。うん、一先ずは逃げなくても大丈夫そうね。良かったぁ~。


 胸を撫で下ろしていると、彼は続けて話をした。


「澪のその豊かな感性は素晴らしいと思うよ、本当にそう思う」

「桐生さん、そんな褒めないでください。そんなに褒めてもらえるような大層なものではありませんから」

「そんなことはない。現に画家の表現したいものを言い当てているんだから」

「桐生さん、まるで桐生さんが龍青さん(本人)みたいなことを言うんですね、ふふふ……」

「はっ、いや、違うっ! そういう訳じゃなくて、いや、何というか……」

「大丈夫です、分かってますから。桐生さんは龍青さんがどんなことを考えて絵を描いているのか分かるんですよね? それだけ桐生さんは龍青さんの作品が好きだということですね。うん、桐生さんはファンの鑑ですね!」

「ファンの鑑? くっくっくっ……」

「桐生さん?」

「――いや、悪いっ、だって……澪、お前って奴は……あはははっ! ダメだっ、笑いを堪えられないっ」


 彼は急にお腹を抱えて笑い出した。あまりにも笑いすぎるから、椅子から転げ落ちそうになっていた。寸でのところで足を踏み留まらせて何とか体勢を保つことができたみたいだ。


――それにしても、桐生さんは本当に何を考えているのか分からない人……を褒めたかと思ったら、人のことをおかしそうに笑うんだから。


 彼の笑いが収まったところで、彼は左腕の時計を確認して、慌て出した。


「しまった! もうこんな時間だ。戻らないと叱られるな……」


 鞄の中からスマホを出して画面を見ると、有に2時間を過ぎていた。


「えっ? もうこんな時間?」

「どうやらお互い、ゆっくりしすぎたみたいだな。澪はこの後は?」

「あ〜、えっと、友達と約束があって……」

「――あぁ、そうか。じゃあ、この話の続きはまた今度ということで! 澪の連絡先、教えてよ」

「えっ!」

「ダメ?」

「ダメ、じゃないですけど……」


 彼はジーンズのポケットの中に手を入れて何かを探しているみたいだが、目当ての物は見当たらなかったらしい。すると、カウンターの中にいた銀髪のおじいさんの方へ歩いて行き、何やら話しているようだ。

 おじいさんから紙のようなものを受け取ると、「マスター、サンキュ」と言って、こちらへ戻ってきた。


――あのおじいさんはこの店のマスターさんだったのか。ってことは、あのおじいさんがホットケーキも、プディングも作ってたってこと? 知りたいっ! どうやったらあんなに美味しく作れるのか、教えてもらいたいっ!


「澪、澪っ?」

「へっ?」

「何ボーッとしてんだよ。ほら、コレ、俺の連絡先だから、気が向いたら連絡して。あと、必ずまたあのギャラリーに来てよ」

「えっ? でも、入場料がちょっと高いし、毎回となると流石に……」

「澪は聞いてないのか? チケットは個展の開催中は何度でも観に来れるんだよ」

「えっ? そ、そうなの?」


――あ〜、そういえば、あの売り場のお姉さん、チケット買う時に何か説明してくれていた気がするなぁ。ついチケット代が高くて、真面目に聞いてなかった……。


「ったく、偉そうなこと言っておいて、まともに仕事してないじゃねぇか」

「あっ、私、ボーッとしてたから……そういえば、そんな説明を受けていた気もする……」

「――ちゃんと説明してたんならいいけど。澪って本当に抜けてるところがあるのな」

「うっ、それは……」

「まぁ、とにかくそういうことだから、毎日来ても2回目以降はタダで観られる。俺も近くに住んでるし、この店には大体毎日来てる。澪の気が向いたら、また来て話でもしよう。それに、ここのランチもディナーも美味いんだぞっ」

「そ、そうなんですかっ?」

「お前……さては花より団子の口だな?」

「花より団子……!」

「あははは……間違いないな」


 彼に笑われるのは何度目だろうか? 笑われているのに最初ほど嫌な気がしなくなっていたのは、彼の人柄を知って警戒心が和らいだせいだろうか? どちらにせよ、彼と会うのも今日で最後になるだろう。


 彼から受け取った連絡先はきっとスマホに登録されることはないのだから。




 彼は会計をし終えると、後ろを振り返り、私に声をかけてきた。


「じゃあなっ! 澪、気をつけて帰れよ」

「桐生さんも、気をつけて……」

「あぁ、そうだ。俺は澪のことを呼び捨てにしてるんだから、澪も俺のことは『青』でいい」

「せ、青さん?」

「さんは止めて、背筋がゾワッとするから」

「青?」

「何で語尾が疑問形なの? はい、やり直しっ」

「えぇっ~」

「はい、どうぞ?」

「せ、青……」

「はい、よくできました。じゃあ、そういうことだから、澪、改めてよろしくなっ」


 彼はそう言うと、私の右手を自分の右手で掴み、強制的に私たちは握手をした。


「じゃあ、澪、またなっ! 次はここのメシを奢ってやるよ」


 彼はそう言って私の手を離し、にっこり笑顔を見せてから店を出て行ったのだった。

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