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一人暮らしのはずだった俺の部屋に中二病の従妹が転がり込み、隣にはヤンデレ同級生が住んでいる地獄な件  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第32話 この春の続きは、まだ誰にも終わらせられない

 ゴールデンウィークが終わって三日もすると、学校はもう何事もなかったみたいな顔をし始める。


 先生は普通に授業を進めるし、教室のざわめきも“連休明けのだるさ”から“ただの平日”へ戻っていく。提出物は出る。小テストはある。眠い一時間目は容赦なく眠い。


 日常というのは、再開するだけじゃない。

 少し間が空いたあとでも、驚くほど当然みたいに人を飲み込んでいく。


 でも、それは“何も変わっていない”という意味ではない。


 変わったものは、ちゃんと残る。


 その日、俺は朝の教室でそれを何となく実感していた。


 席に座る。

 窓の外は明るい。風は少しあって、でももう春というより初夏に近い。ノートを出して、ペンケースを置く。そうしているだけなのに、右隣から聞こえる教科書のページをめくる音が、以前よりずっと自然に馴染んでいた。


「おはよう」

 依子が言う。


「おはよう」

 俺が返す。


 短い。

 でも、それで十分だ。


「今日、少し眠そう」

 と、依子。

「またそれか」

「だって、ほんとだよ」

「最近みんな同じこと言うな」

「みんな同じこと思ってるんじゃない?」

「それは困る」

「なんで?」

「俺の顔がそんなに情報量多いってことだろ」

「うん、わりと」

「否定しろよ」

「だって本当だし」

「最近そのカードばっかだな」

「強いでしょ?」

「自分で言うのか」

「少しだけ」


 そういうやり取りも、教室ではもう前ほど特別じゃなくなってきた。


 いや、正確には違う。

 特別じゃなくなったんじゃない。

 特別であることに、俺の方が少し慣れてきたのだ。


「GW、終わっちゃったね」

 依子が小さく言う。

「終わったな」

「なんか早かった」

「だいぶ早かった」

「でも、何もなかった感じはしない」

「……」

 その言葉に、俺は少しだけ依子の方を見た。


 依子は前を向いたまま、少しだけ笑っている。


「何だよ」

「ううん」

「何だ」

「同じこと思ってる顔してたから」

「顔で判断するなって」

「でも合ってるでしょ」

「……まあ」

「ほら」

「その“ほら”やめろ」


 依子はまた静かに笑った。

 最近、この人と教室で交わす会話にも、少しだけ“帰り道の空気”が混ざる瞬間が増えた気がする。あくまで学校の距離を保ちながら、それでも、前より少しだけ近い。


 それは、良くも悪くも、連休のあとに残ったものの一つだった。


 昼休み。


 大友が弁当を持って俺の机に寄ってくる。ひなたも今日は少し遅れて合流してきた。最近の昼の顔ぶれはだいたいこんな感じだ。


「なあ」

 と、大友。

「何」

「GW明けたけど」

「うん」

「結局、お前んとこは何か進んだの?」

「その聞き方やめろ」

「でも気になるだろ」

「お前がな」

「いや、俺だけじゃなくて」

 大友はわざとらしく周りを見る。

「一階住民としては」

「主語でかくするな」

「でも少し気になりますよね」

 ひなたが、悪びれない顔で言った。

「何が」

 俺が聞くと、

「空気です」

「雑だな」

「でも、前よりちょっとだけ“当たり前”になった感じありません?」

「……」

 その言い方は、妙に正しかった。


 朱音との同居。

 依子との隣人関係。

 一階でのだらだらした時間。

 帰宅したときの“おかえり”と“遅い”の重なり。


 全部、少し前までなら妙に意識していたことだ。

 でも今は、意識しないわけじゃないのに、それがもう日常の中へ沈んできている。


「先輩?」

 ひなたが首を傾げる。

「今ちょっと考えました?」

「考えた」

「やっぱり」

 と、ひなたが笑う。

「分かりやすい」

「お前たちほんとそればっかだな」

「だって顔に出るんだもん」

 大友が言う。

「“何か大事なものに慣れてきたかも”って顔してる」

「お前、時々言い方だけはいいな」

「時々って何だ」


 依子はそのやり取りを聞いていたが、少しして、静かな声で言った。


「私は」

「何」

 と、大友。

「連休明けて、ちょっと安心したかも」

「何で?」

「終わったあとも、ちゃんと同じ感じだったから」

「……」

 俺は少し黙る。


 それは、俺も少しだけ思っていたことだった。


 連休って、少し特別だ。

 だから、その間に近づいたものや、できた空気が、休みの終わりと一緒に少し遠ざかってしまう気がしていた。


 でも実際には、そうじゃなかった。


 朝の一階のやり取りも。

 教室での依子も。

 帰り道の並び方も。

 101号室のDKの空気も。


 ちゃんと、そのまま続いている。


「鬼塚さんはどうなんだろ」

 と、ひなたが言う。

「何が」

 俺が聞くと、

「そのへん」

「雑だな」

「でも、鬼塚さんって、連休のあともわりとそのままでしたよね」

「……まあ」

 俺は少しだけ苦笑した。

「お前、よく見てるな」

「見ますよ」

 ひなたは当然みたいに言う。

「一階の空気って、だいたい鬼塚さんが少し変わると変わるので」

「何その気象観測みたいな言い方」

「でも分かる」

 大友がうなずく。

「鬼塚さんが機嫌いいと101全体の空気ちょっと柔らかいし」

「お前ら、本人いないときに言いたい放題だな」


 そう返しながらも、否定はしきれなかった。


 放課後。


 学校を出る時間が今日は少しだけずれた。

 依子は先に用事で教室を出ていたし、大友は部活の見学だとかで消え、ひなたも先生に呼ばれていた。


 珍しく、一人で帰ることになった。


 それ自体は久しぶりではない。

 でも最近は、一人で住宅街を歩いていると、むしろ少しだけ足りない感じがする。


「……」

 自分でも、ちょっと変だと思う。


 前はこの感じが普通だった。

 誰かと話しながら歩く方が“特別”だった。


 でも今は、静かな帰り道の方が少しだけ薄く感じる。


 ハイツ水戸黄門が見えてくる。


 古い外壁。

 頼りない共用灯。

 一階の並び。


 101号室のカーテンの向こうに、すでに明かりがついていた。


 その瞬間、胸のあたりが少しだけゆるむ。


「……やっぱりな」


 小さく呟く。

 帰れば誰かがいるかもしれない、という感覚。

 それだけで、帰り道の意味が前と違う。


 玄関を開ける。


「ただいま」

「遅い」

 と、すぐ返ってくる。


 やっぱりそうだ。


「お前、毎回それ言うな」

 靴を脱ぎながら言うと、

「言われるような時間だからだ」

 と朱音。

「今日は寄り道していないだろう」

「してない」

「ならよい」

「何その確認」

「確認だ」

「便利ワード」

「黙れ」


 DKへ入る。

 テーブルの上には、学校のプリントが何枚か広げてあった。朱音はその横に座っていて、シャーペンを置いたところらしい。部屋着ではなく、まだ制服のままだ。さっき帰ってきたばかりなんだろう。


「お前の方が早かったんだな」

 俺が言うと、

「今日はそうだ」

「疲れてない?」

「疲れてはいる」

「そこは素直なんだ」

「最近、お前たちがいちいち聞くからな」

「俺たち?」

「お前と」

 と、朱音。

「隣室」

「依子か」

「……名を出すなとは言わぬ」

「ちょっと丸くなったな」

「丸くはない」

「でも前よりだいぶ」

「違う」

「はいはい」


 朱音は少しだけ不服そうな顔をしたが、否定しきらないのが最近の変化だった。


「でも」

 俺は鞄を下ろしながら言う。

「連休終わっても、そこまで変わらなかったな」

「何がだ」

「いろいろ」

「雑だな」

「雑だけど」

 俺は少し考えてから続けた。

「朝とか、帰ってきたときとか、部屋の空気とか」

「……」

「休みの間だけ少し違うのかと思ってた」

「そうか」

「うん」

「だが」

「だが?」

「連休で一度形になったものは、そう簡単に消えぬ」

「……」

「何だ」

「いや」

 俺は少し笑った。

「お前、そこまで分かってるんだなって」

「分かる」

「何で」

「生活だからだ」

 朱音は、そこでほんの少しだけ視線を落とした。

「生活は、一日二日では戻らぬ」

「……」

「お前がいて、我がいて、隣室がいて、一階が騒がしい」

「うん」

「それを一度、連休の密度で経験した」

「……」

「なら、もう前の静けさへは綺麗に戻れぬ」


 その言い方が、やけにしっくり来た。


 そうだ。

 ただ休みが楽しかった、というだけじゃない。

 連休中、俺たちは今の距離感を“濃いまま”何日も続けたのだ。それを経験してしまったあとで、前の静かな一人暮らしへ、まったく同じ気分で戻れるはずがない。


 夜、風呂を済ませてから、俺は一人で少しだけDKに残った。


 窓の外は暗い。

 洗い終えた食器が流し台に並び、手前の部屋からは、朱音が寝返りを打つような小さな音が聞こえる。壁の向こうでは、依子が何かを落とさないようにそっと置くみたいな物音を立てていた。


 その向こう、103号室では大友が帰ってきたらしく、廊下で鍵を落としたような音が一度して、「いてっ」という小さな声が続く。さらに少し遅れて、104号室のドアが静かに閉まる。


 全部、人の気配だ。


 でも、うるさくない。

 むしろ、その“少しずつ違う生活音”が、今の夜の形になっている。


 俺は椅子に座って、冷めた麦茶を一口飲んだ。


 前なら、こういう夜はもっと空っぽだった。

 静かで、気楽で、でも少しだけ平坦だった。


 今は違う。


 誰かの気配があって、少し面倒で、少し落ち着かなくて、でも、その面倒さがちゃんと部屋を満たしている。


「……この春の続きは、まだ終わんないんだろうな」


 小さくそう呟く。


 連休は終わった。

 でも、春そのものが終わったわけじゃない。


 むしろ、今の関係の続きは、これからの平日の中でゆっくり進んでいくんだろう。

 朱音は同居人としてもっと生活の中心へ入ってくる。

 依子は隣人として、静かに一歩先を狙い続ける。

 大友とひなたは、それを面白がりながら、でもきっとちゃんと見ている。


 そして俺は、その真ん中に立ったまま、たぶん前より少しだけ、逃げるのが下手になっている。


 101号室の明かり。

 102号室の気配。

 廊下の足音。

 一階の騒がしさ。


 前なら、それを“面倒”で片づけていたかもしれない。

 でも今は、そうじゃない。


 ただの一人暮らしには戻れない。

 この春は、もうそこで終わらせられない。

 たぶん、まだ誰にも。

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