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第33話「北朝鮮シミュレーション」

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1.田中からの緊急連絡

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【官邸 総理執務室】


妻との初デートから2日後、百貨店からの荷物が官邸に届き、首相官邸(内閣官房)のスタッフである政務秘書官、事務秘書官をはじめ内閣官房長官・副長官、総理大臣補佐官など総勢18名に総理からのプレゼントが配られた。

「藤堂さん、ありがとうございます。

きっと奥様が選んでくださったんでしょうね。女性らしいセンスだわ」

美波がお礼を言った。


突然のプレゼントに美波はもちろん全員が総理の気遣いを喜んだ。

*アルのアイデアだったが、こういうこともやってみるもんだな*

贈った方の藤堂もうれしくなった。


官邸内が明るい雰囲気となり、今日も平和な一日になると思われたが、そののんびりした空気を一瞬で消し去る知らせが届いた。

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藤堂のスマホが鳴った。画面には発信者の名前が表示されていた。

田中からの電話だ。


「総理!北朝鮮にいるトルグのエージェントから緊急連絡があった。

『近いうちに政変が起こる可能性がある』とのことだ。

それしか伝わっておらんので、詳しいことはわからん。

よほどの緊急事態で詳細を伝えることができなかったようなんじゃ。

ただごとではないぞ」


「今すぐ側近を集めて対策会議を開きなさい。

何が起こっても対応できるようにシミュレーションをしておく必要がある。

当然、諸外国の動きや日本の対応も考えておかねばならん」

田中の重苦しい声が事の重大性を物語っていた。


「わかりました。至急会議を開きます」

藤堂が答えた。


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2.北朝鮮のエージェント

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【高橋とモローの出会い】


藤堂は以前高橋から北朝鮮のエージェントについて聞いていた。

名前はジャック・モロー(Jacques Moreau)、フランス人の医師だ。


トルグが活動開始した当初は、エージェントに相応しい人物を見つけるため高橋と磯村が世界中を回っていた。

二人のエージェント探しの方法は、あらかじめリストアップした一定数の人物に、偶然を装って接触し、

少しずつ親しくなっていきながら篩(ふるい)にかけ、絞り込んでいくというものだった。

トルグの名前や目的は最後の最後まで明かさない。


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高橋がフランスでエージェント探しをしていた頃のこと。

リストアップしていた人物の一人、モローはフランスの軍医だった。

高橋は医師という職業があまりエージェントに向いていないかもしれないと思いつつも、

彼の人柄に惹かれるものを感じていた。


実は、高橋とモローとの巡り会いは、トルグにとって2つの意味で大きな幸運をもたらした。

1つは、モローがその後、北朝鮮潜伏のエージェントになったこと。

もう1つは、モローが無類のスパイ小説マニアであったことだった。


まだ、高橋がモローと親交を深める作業の途中、

ワインを飲みながらの話題はもっぱら、モローによるスパイ小説の解説だった。

そのおかげで、高橋は彼からスパイのノウハウをたくさん学ぶことができた。

そして信頼関係が構築できたころ、高橋が最終的に彼にトルグのエージェントの話をした。


ところが数日後、モローにとって大きな不幸が訪れた。

長年入院していた最愛の妻の病死だった。


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【北朝鮮の総書記】


北朝鮮の現在の総書記、金正勲(キム・ジョンフン)の母は、フランスで治療を受け、この地で客死した。

父が脳卒中で倒れたときはフランスの軍医が脳外科手術を執刀した。


金正勲は父の死によって三代目最高指導者の座についてから急激に太った。

尊敬する建国の英雄である祖父のように貫禄をつけようと無理をしたのだ。

そのため脂肪吸引手術をしたせいで血栓ができやすい体になり、時折重病説が流れることもあった。


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【トルグ・エージェント誕生】


あるとき、金総書記自身の左足くるぶしに嚢腫ができた。

彼は両親との縁があるフランスに専門医の派遣を要請した。

このとき、フランス軍から打診を受けたのがモローだった。


モローは同僚のある軍医から聞いていた。

「総書記は、肥満で尿酸値が高い上にチェーンスモーカーだ。家系に心疾患の傾向がある。

何か起こったときに北朝鮮の主治医では手に負えないこともあり得る。

もしも今回派遣要請に応じたら、北朝鮮に残ってくれと要請されるかもしれない。

あるいは拉致同然のことをされるかもしれない。それをしかねない国だ」と。


そのような話を聞いていたら、派遣の要請は何らかの口実を設けてやんわり断るのが普通だが、

モローはこの要請を受諾した。

自分が医師であるにもかかわらず、救うことができなかった妻を思い出すフランスから離れたいと考えたのかもしれない。

子供はいなかった。


そして極秘で高橋と連絡を取り、もし北朝鮮に残るようなことになったら、その地でトルグのエージェントとして動くと伝えた。そして言った。

「もし、お抱えの医師になっても自由に外国との連絡はできないだろうし、できても盗聴されるだろう。そのときは私が一番好きだったあの小説の方法で暗号化してメッセージを届ける」と。


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【総書記のお抱え医師】


モローは優秀な医師だったため、金総書記に気に入られた。

そして、同僚軍医が予告したとおり、高額の報酬を出すからと北朝鮮に残るよう要請された。


モローは覚悟できていた。

北朝鮮行きを断って平凡な軍医で終わるよりは、トルグの理念に協力するという使命を胸に秘めることで妻を失った悲しみを忘れたいと思った。

スパイ小説好きという面も多少の影響はあった。


モローは総書記からの要請を承諾した。

総書記と接する際は、彼を怒らせないよう言動には十分注意して、聞き役に徹した。

そして彼のことを注意深く観察した。


しばらく彼を観察した結果、彼の思考を変えさせるのはほぼ無理であると判断した。

モローの見た独裁者は孤独だった。常に暗殺やクーデターを恐れていた。

毒物を極度に恐れており、外国との首脳会談では自分が座る椅子を消毒し、

ペンも自分専用のものしか使わない。


モローは、元々持っていたスマホを取り上げられ、機能を大幅に制限された別の携帯電話が貸与された。

何とか信頼を得てからは、フランスの両親とだけ連絡を許された。当然通話内容は盗聴されているはずだ。


モローからの電話はフランスの父親につながっているように偽装しているが、田中邸のミネルとつながっていた。

ミネルは父親風の声色によってフランス語で会話し、通話を終えた後、会話内容から暗号を解読した。


今回は『近いうちに政変が起こる可能性がある』という暗号しか読み取れなかった。

長い文章を暗号化する余裕がなかったことがうかがえる。


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3.緊急会議

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【総理官邸・地下危機管理センター】


藤堂から招集がかかり、会議の出席者たちが官邸の地下に集まった。

長方形のテーブルの中央に藤堂総理が静かに座っている。

その左右に橘官房長官、八重樫幹事長、北川外務大臣、瀬口防衛大臣、

そして吉村、神宮寺が座り、

アルもスタンバイしている。


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壁一面に貼られた地図には、朝鮮半島と日本列島、そして中国・ロシアの国境線が赤いラインで浮かび上がっていた。

空気は張り詰めているが、誰もまだ口を開かない。

藤堂が、ゆっくりと視線を一人ひとりに走らせる。

藤堂「……田中さんからの連絡は、もう共有されていますね」

全員が、無言でうなずく。

藤堂「北朝鮮に潜伏しているトルグのエージェントから――

『近いうちに政変が起こる可能性がある』詳細は不明。だが、田中が“ただごとではない”と言った。

これは、我々にとっても“ただごとではない”」


藤堂は、テーブルに置かれた資料を軽く叩く。

藤堂「今日の目的は一つ。 北朝鮮で政変が起きた場合のシナリオを、可能な限り具体的に描き、日本としての対応方針を整理すること。 感情ではなく、構造で考えましょう。いいですね?」

一同「はい」


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【金正勲の病死・暗殺・クーデターの可能性】


藤堂「まずは、前提条件から確認したい。

金正勲の病死、暗殺、あるいはクーデター発生の可能性。

これはどの程度、現実的だと見ていますか。

吉村さん、あなたから」


吉村秘書は、長年の経験からくる落ち着いた声で口を開く。

吉村「総理、結論から申し上げますと――

“平時は極めて低いが、後継期には一気に高まる”、そういうタイプのリスクだと考えます」

藤堂「理由を、構造で」

吉村「はい。北朝鮮は、世界でも有数の“クーデター防止国家”です。

軍・党・保衛部が互いを監視し合い、どの組織も単独で反乱を起こせないように設計されている。

さらに、金一族の“白頭血統”という神話が、エリート層の心理的ハードルを高くしている」


藤堂「つまり、今この瞬間に誰かが銃を持って金正勲に突きつける、というタイプの暗殺は?」

吉村「極めて起きにくいと見ます。 警護体制は世界最高レベル。側近は全員、忠誠審査済み。 近距離に武器を持ち込むことはほぼ不可能でしょう」

藤堂「では、なぜトルグのエージェントは“政変の可能性あり”と伝えてきたのか」

吉村「鍵は、金正勲の健康と後継問題です。 彼の肥満、心血管リスク、過去の歩行困難――

これらは、突然の健康悪化の可能性を示唆しています。

もし急死、あるいは長期の執務不能状態になれば、 後継者をめぐるエリートの分裂が、一気に顕在化する。 その局面では、クーデター的な動きが“ゼロではなくなる”」

藤堂は、静かにうなずく。


藤堂「美波さん。あなたの視点で、率直にどう見ますか?」

美波は、少し緊張しながらも、真っ直ぐな目で答える。

美波「はい……。 素人目には、“あんなに太っていて、あんなにタバコを吸っていて、あんなにストレスを抱えていたら、いつ倒れてもおかしくない”と感じます。 でも、問題は“倒れるかどうか”よりも、“倒れた後に何が起きるか”ですよね」

藤堂「その通り。 政変とは、指導者の死ではなく、“その後の権力の空白”のことだ」


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【政権交代の想定シナリオ】


藤堂「では次に、政権交代のシナリオを整理しましょう。

北川外務大臣、お願いします」


北川外務大臣は、冷静な口調で資料をめくりながら話し始める。

「総理、一般的に想定されるシナリオは、少なくとも四つあります」

北川は、ホワイトボードに番号を書き込む。

①金主愛(キム・ジュエ)後継+エリート集団による摂政体制

②金一族の別系統(例えば金正男系)を“象徴”として担ぎ出すシナリオ

③金一族の権威を維持しつつ、党・軍・保衛部による集団指導体制

④体制そのものが急変し、韓国や国際社会が関与する“急変・統一シナリオ”


北川「現実性が高いのは、①と③です。

②は中国が強く介入する場合の“非常に例外的なシナリオ”、

④は北朝鮮内部が完全に統治不能になった場合の“最終局面”です」


藤堂「①、金主愛後継+摂政体制。これについて、もう少し詳しく」


北川「はい。 金主愛は、ここ数年で異常な頻度で公の場に登場しています。

ミサイル発射現場への同行、金日成・金正日の廟所参拝、軍幹部との接触、“尊い子”という称号――

これは、北朝鮮の後継者演出の典型パターンです。」


瀬口防衛大臣が、腕を組んだまま口を挟む。

瀬口「つまり、もう“後継者として育てている”段階に入っていると見ていいわけですね」

北川「その可能性は高いと考えます。 ただし、主愛はまだ10代とされ、実務経験はゼロ。 したがって、実際の統治は――」

藤堂「エリート集団による摂政体制になる、と」

北川「はい。 党組織指導部、軍総政治局、保衛部、そして“赤い貴族”と呼ばれる革命家系エリートが、 主愛の名のもとに政策決定を行う。 主愛は象徴、エリートが実務。 この二重構造が最も現実的です」


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美波が申し訳なさそうに尋ねた。

美波「勉強不足ですみません。エリート集団とはどういう方たちなんですか?」

その瞬間、藤堂が柔らかく微笑んだ。

彼女の声は、危機管理センターの冷たい空気を少しだけ温めるようだった。


藤堂「ここは、アル頼む。わかりやすく説明してくれ」

アル「了解したわ」

「いい質問ですよ、美波さん。

“エリート集団”という言葉は少し抽象的ですものね」

「北朝鮮で“エリート”と言うと、主に三つの層を指します」

PC画面に三つの層の名前が表示された。


① 革命家系(いわゆる“赤い貴族”)

「金日成と共に戦った初期革命家の子孫たちです。

北朝鮮の“建国の物語”を体現している家系で、

政治的にも社会的にも特別扱いされてきました」


② 党の幹部層(組織指導部・宣伝扇動部など)

「北朝鮮の人事権や思想統制を握る、いわば“官僚の中枢”。

誰を昇進させるか、誰を処罰するか――

国家の“血流”を管理している人たちです」


③ 軍と保衛部(秘密警察)の幹部

「軍は国家の武力、保衛部は国家の恐怖装置。

この二つは、北朝鮮の安定を支える“柱”です」


アル「この三つの層が、

“金一族を頂点とするピラミッド”を支えている。

だから、後継問題が起きると、

このエリートたちが“誰を支えるか”で国家の運命が決まるんです」


美波は深くうなずいた。

「……なるほど。

“国を動かす人たち”というより、“体制そのもの”なんですね」


アル「ええ。とても良い理解です」

藤堂「美波さん、疑問点は遠慮なく聞いてくれたらいい。

我々も確認しながら話を進められる」

美波「ありがとうございます」


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【後継者は金主愛か?】


藤堂「では、改めて問います。 後継者は金主愛と見てよいのか。

橘官房長官、あなたはどう思いますか?」

橘官房長官は、少し肩の力を抜いたような口調で話す。

橘「総理、私は“かなり高い確率でそうなる”と見ています。 理由は三つです」

橘は指を三本立てる。


橘「一つ目。 金正勲は、すでに憲法を改正して“統一”を削除し、韓国を“敵国”と明記しました。

これは、後継者に“統一という重荷”を背負わせないための布石と考えられます。

主愛は、“統一の指導者”ではなく、“核保有国家の象徴的指導者”として育てられている」


橘「二つ目。 中国とロシアにとっても、金一族の継承は都合が良い。

統一されて韓国主導になれば、米軍が国境まで来る。

それを避けるためには、“金一族+エリート集団”という構造が最も安定的です」


橘「三つ目。 北朝鮮のエリート層にとっても、若年の主愛は“実権を奪わない象徴”として扱いやすい。

自分たちが摂政として権力を握れる。

これは、彼らにとって非常に魅力的な構図です」


藤堂「つまり、主愛後継は、金正勲・エリート・中国・ロシアの利害が一致するモデルだと」

橘「はい。 だからこそ、私は“主愛後継の蓋然性は高い”と見ています」


八重樫幹事長が、重い声で口を開く。

八重樫「……しかし、総理。 それは“安定的な後継”ではなく、

“不安定さを内包した後継”でもあります」

藤堂「どういう意味ですか」

八重樫「主愛は若い。女性だ。軍経験もない。

北朝鮮の軍・保守派エリートにとって、 “最高司令官としての説得力”が弱い。

彼らが本当に主愛を受け入れるかどうか――そこに、大きな不確実性があります」


瀬口防衛大臣がうなずく。

瀬口「軍の視点から見れば、 “若い女性が最高司令官になる”というのは、 北朝鮮の軍事文化からすると、かなりのショックでしょう」

八重樫「そのショックが、 “摂政体制をめぐる権力闘争”に転化する可能性がある。

そこに、政変の火種があると私は見ています」


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美波「もう一つすみません。

金主愛は金正勲の長女ですよね。妹の金与正は候補者の一人ではないのですか?」


今度は北川が説明した。

北川「これも、とても大事な視点です。

まず前提として――

金与正は“後継者候補”ではなく、“摂政候補”です」


美波「……摂政、ですか?」


北川「そう。

金主愛が“象徴的な後継者”になるなら、

実務を取り仕切る“後見人”が必要になりますよね」


北川は、ホワイトボードに二つの円を描く。

【象徴】金主愛

【実務】摂政(エリート集団+金与正)


北川「金与正は、

政治経験

党内の地位

国際的知名度

金正勲からの信頼

このすべてを持っています」


北川「しかし――」

北川は少し声を落とす。


北川「金与正は“白頭血統の後継者”としては弱い。

北朝鮮の伝統では、

“後継者は男性、あるいは直系の子”が原則です」


美波「つまり……

金与正は“実務のトップ”にはなれても、

“国家の象徴”にはなれない?」


北川「その通りです。

北朝鮮の正統性は“血統の神話”に依存しています。

金主愛は“金正勲の娘”という点で、

象徴としての正統性が圧倒的に強い」


北川は、優しく微笑む。

北川「だから、

金主愛=象徴的後継者

金与正=摂政・実務の最高責任者

という役割分担が最も現実的なんです」


美波は、目を輝かせながらメモを取っている。

「……すごくよく分かりました。

ありがとうございます、北川大臣」


北川「いえいえ。

分からないことは、いつでも聞いてください。

“国際政治は複雑だけど、理解できるように説明するのが私の仕事”ですから」


その言葉に、美波は少しだけ救われたような表情を浮かべた。

会議室の空気が、ほんのわずかに柔らかくなる。


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【エリート集団はどう動くか?】


藤堂「では、エリート集団はどう動くか。 ここが、政変シナリオの核心です。

北川外務大臣、続けてお願いします」


北川「はい。 エリート集団――

いわゆる“赤い貴族”と軍・党・保衛部の幹部層は、 基本的に次の三つの原則で動くと考えられます。」

北川は、指を三本立てる。


「一つ目。 “金一族の象徴性は維持したい”。 これは、彼らの権力の正統性の源泉です。

金一族がいなければ、自分たちの支配の根拠が揺らぐ」


「二つ目。 “自分たちの特権は守りたい”。 住宅、食糧、外貨、医療――

体制が崩れれば、彼らの生活は一気に崩壊します。 だから、急激な崩壊は避けたい」


「三つ目。 “誰が摂政になるかで争う”。 主愛が象徴になるなら、 実務を誰が握るか―― 党組織指導部か、軍総政治局か、保衛部か。 ここで、派閥争いが起きる可能性が高い」


藤堂「つまり、 “金一族+エリート集団”という枠組みは維持されるが、

その内部で権力闘争が起きる可能性がある」

北川「はい。 政変とは、“体制の崩壊”ではなく、

“体制内部の権力構造の再編”である可能性が高いと見ます」


美波が、恐る恐る口を挟む。

美波「……ということは、 外から見ていても、“誰が本当の権力者なのか”が、しばらく分からない状態になる、ということですか?」

北川「その可能性は高いですね。

主愛がテレビに映っていても、 実際に命令を出しているのは別の人物――

そういう二重構造がしばらく続くかもしれません」


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【アメリカ・韓国・中国・ロシアはどう動くか?】


藤堂「では次に、諸外国の動きを整理しましょう。

瀬口防衛大臣、まず安全保障の観点から」


瀬口「総理、急変が起きた場合、 ほぼ確実に起きる動きがいくつかあります」

瀬口は、モニターに地図を映し出す。


「一つ目。米韓軍の即時警戒・展開。

休戦ラインの防衛強化、 難民流入・武装勢力流入の封じ込め、 核・ミサイル施設の位置把握――

これらに全力を挙げるでしょう」


「二つ目。中国軍の国境地帯展開。

中国は、 難民流入防止、 米韓軍の鴨緑江接近阻止を最優先に、 国境一帯に部隊を展開する可能性が高い」


「三つ目。ロシアの限定的関与。

国境は短いですが、 難民・治安、 米軍プレゼンスの拡大を警戒し、 情報・外交面で中国寄りの立場を取るでしょう」


藤堂「アメリカの基本方針は?」

瀬口「“核の確保・無力化”が最優先です。

米本土、韓国、日本に対する核・ミサイルの脅威を、 いかに早く、いかに確実に抑えるか。

そのために、 米韓同盟を軸に動くでしょう」

北川外務大臣が補足する。

北川「外交的には、 アメリカは“韓国主導の安定化”を支持しつつ、

中国との衝突を避けるために、 “北上のライン”をどこまでにするかを中国と水面下で調整する可能性があります」


藤堂「韓国は?」

北川「韓国は、 “統一の理念”と“現実的負担”の間で揺れることになります。

急変が起きれば、 人道的責任、 安全保障上の責任、 国内世論――

これらが一気に押し寄せる」

八重樫が、重い声で言う。

八重樫「韓国にとっても、“統一は夢だが悪夢でもある”ということですな」


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【日本はどう動くべきか?】


藤堂は、少し間を置いてから、静かに言う。

藤堂「では――日本はどう動くべきか。 これは、現実の政治そのものです。

瀬口防衛大臣、まず安全保障の観点から」


瀬口「総理、 日本の最優先事項は、 “日本国民の生命と安全の確保”です」

瀬口は、指を折りながら続ける。


瀬口「具体的には――」

① ミサイル防衛態勢の即時強化

・ イージス艦、PAC3、自衛隊の即応態勢

・ 在日米軍との連携強化

② 難民・避難民対応の準備

・ 朝鮮半島からの避難民受け入れの是非と枠組み

・ 不法入国・武装勢力混入のリスク管理

③ 在日米軍との役割分担の確認

・ 米軍基地の使用

・ 日本の後方支援

・ 有事法制の発動可能性


瀬口「これらも、“事前に”シミュレーションしておく必要があります。

政変が起きてから考えていては間に合いません」


藤堂「外務の観点からは?」

北川「日本は、 “米韓同盟の安定化”と“中国との衝突回避”の両立を目指す必要があります」

北川は、淡々と続ける。

北川「具体的には――」

① 米国との緊密な情報共有

・ 北朝鮮内部の動向

・ 米軍の行動計画

・ 核・ミサイル施設の情報

② 韓国との信頼関係の維持

・ 統一問題に対する日本の立場の明確化

・ 拉致問題の位置づけ

・ 経済支援の可能性

③ 中国との“レッドライン”の確認

・ 米軍の北上範囲

・ 日本の関与の範囲

・ 難民・治安問題での協力余地

北川「日本は、 “プレイヤー”であると同時に、“調整役”にもなり得る立場です。

その自覚が必要です」


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【藤堂総理のまとめ】


藤堂は、全員の顔をゆっくりと見渡す。

「……今日の議論で、いくつかのポイントが見えてきました」

藤堂は、指を一本ずつ立てていく。


「一つ目。 北朝鮮の政変は、“金正勲の死”そのものではなく、

“後継と摂政をめぐるエリートの権力再編”として起きる可能性が高い」


「二つ目。 後継者は、蓋然性としては金主愛。

しかし、彼女は象徴であり、 実務はエリート集団が握る。

その内部での権力闘争が、最大の不安定要因となる」


「三つ目。 諸外国は、 アメリカは核の確保、

韓国は統一と安定、 中国は国境の安定と米軍の北上制限、 ロシアは限定的関与――

それぞれの利害で動く。

日本は、その中で“安全保障の要”として位置づけられる」


「四つ目。 日本が今やるべきことは、

“北朝鮮有事シミュレーションを、政治・外交・防衛の三位一体で具体化すること”。

これは、我々が責任を持って準備しなければならない」


美波が、息を呑むように藤堂を見つめている。

吉村は、静かに目を閉じて、その言葉を噛みしめている。

橘は、少しだけ肩の力を抜き、

八重樫は、重い現実を受け止めるようにうなずき、

北川と瀬口は、それぞれの省の責任を胸に刻んでいる。


藤堂「――では、次のステップに進みましょう。

“具体的な日本の行動計画”を、ここから組み立てる。

日本はアメリカや中国の顔色をうかがうことなく自ら意思決定する」


地下危機管理センターの空気が、さらに重く、しかしどこか研ぎ澄まされていく。 モニターに映る朝鮮半島の地図が、静かに瞬いていた。


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第33話 完

次回:第34話「ロシアシミュレーション」

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