高校生最強の男
陽が沈みかけ、空だけでなく雲も紅く染まっている。
油蝉はひぐらしにバトンを渡し、今度はひぐらしが静かに鳴き始めていた。
「想像以上に速いな」
30分前までは人間の悲鳴が木魂していたのに、今では人間の悲鳴よりも、ゾンビの呻き声が住宅街に轟き始めている。
人間は急激な変化に対応できないと聞いた事があるが、今の状況がまさにその通りだ。生きるか死ぬかの戦場では、地位や名誉も金も、全てが無価値な存在。強い者が生き残り、弱い者から死んでいく……この定めが揺らぐ事は無い。
「ん~?」
目の前に転がっている死体に、ゾンビが群がっている。ばれない様に 迂回するのもありだが、こいつ等で剣術の肩慣らしをしておくのも悪くない。
「ん、あー。このままでは駄目か」
小雪ちゃんを抱っこしたままでも闘えるが、無傷のまま倒せる保証が無い。
「小雪ちゃん、小雪ちゃん? 悪いけど1回起きてもらえる?」
「んむぇ? お家着いたの~?」
「いや、もう少しだけど、俺は怖い人を退治しないといけないから、寝起きで悪いけど、あの木の上で待っててくれない?」
小雪ちゃんの特技の1つに木登りがある。動物園で猿が木を登る所を見て出来るようになったらしいが、見ただけで動きが真似できるとは、何とも末恐ろしい子である。そして当然、登ったら下りられないという、可愛さも兼ね備えている。
無事に木の上に登ったのを確認し、俺はゾンビの相手をする為に拳の関節を鳴らす。小雪ちゃんが見ている以上、トラウマになるような殺し方は出来ない。極力優しく殺さなければいけない。
「はい、残念でした!」
「大和兄ちゃん! 将来焼き鳥屋さんで働くの~?」
「分からん!」
真先に向かって来たゾンビの口内に刀を突き刺し、そのまま宙へと放り投げる。
初めて殺したゾンビもだったが、ゾンビの体は案外軽くて脆い。そこまで力を入れていなかったが、ゾンビは結構な高さまで浮かび上がった。
これなら全力を出さなくても、簡単に倒せるだろうが、もし全力を出したら、ゾンビがどんな事になるのか試してみたいが、今は小雪ちゃんが見ているから、試したくても試せない。
「大和兄ちゃ~ん! 諦めないで~!」
「諦める気は――」
小雪ちゃんから見て、ゾンビに囲まれる俺がピンチだと思ったのだろうか? だが、今の状況なら、あの技が使える。過剰防衛じゃないかと問われても、やらなければ殺されていたと言い訳もできるだろう。
刃長の峰が背中に付くまでゆっくり振り上げ、全力で振り下ろす。超大振りで実戦向けではないが、鈍間なゾンビ相手なら丁度いいだろう。
「ない!」
「うわぁぁ!」
振り下ろした時に生まれた爆風でゾンビは全員吹き飛び、壁や木に激突して勝手に死んでしまった。母さんから教わった技だけど、まさかここまでの威力があるとは思わなかった。
「びっくりした~」
「ああ、俺もびっくりした」
全てのゾンビを倒した事を確認し、木の上にいる小雪ちゃんを助ける為に、木の下で両腕を出すと、小雪ちゃんは躊躇する事なく跳び下りてきた。
「わたし、お姫様!」
お姫様抱っこで受け止めたから、小雪ちゃんが胸を張って『お姫様』だと言いきるのは分かるが、体重増えたなんて口が裂けても言えない。俺の筋肉が衰えただけか、小雪ちゃんが成長しているからなのか……。
「大きくなっても、こうやって抱っこしてほしいなぁ」
「ああ、そういう男性に会えるといいね」
「えぇ~! 大和兄ちゃんがしてくれるんじゃないの!?」
まあ、小雪ちゃんが楽しそうだからいいか。
「ねぇ、ねぇ? さっきのもう1回見たい!」
「さっきの?」
「すっっっごい風が吹いたやつ!」
「あれは1日1回の限定品なので、本日は完売しました」
「え~~~! それなら、明日はあるの?」
「申し訳ありませんが、次の入荷は未定となっております」
小雪ちゃんは、頬を膨らませ、俺の顔をじーっと見つめてくる。丸く膨れた頬を指で軽く突くと、ぶぅ~~と音を立てながら萎んだ。
「大和兄ちゃんが虐める~」
小雪ちゃんは、またしても下手な泣き真似を始める。一刻も早く家に戻りたいが、あの技は体に掛かる負担が大きいからやりたくない。しかし、小雪ちゃんが機嫌を直してくれるなら、無理にでもやるのも致し方なしか。
「うえ~ん、うぇ~ん。肩車してくれたら許してあげるかも」
下手な泣きまねをしつつ、俺の顔を横目でちらちらと伺っている。
このまま本泣きされても困るし、肩車くらいなら負担にすらならないからお安い御用だ。
「うわぁぁ。綺麗な夕焼け!」
「そんなに綺麗なの?」
「うん! とっても綺麗だよ」
小雪ちゃんが指さす方向を見るが、俺からはギリギリ見えない。その事を小雪ちゃんに言うと、なぜか自慢気に胸をはる。
「意地悪な子は誰だ~!」
「きゃぁぁ」
小雪ちゃんを宙に放り投げ、お姫様だっこでキャッチする。
「あははは、新しい遊びだ~! ねぇねぇ、もう1回やって~」
「これも1日1回だけだよ」
その後家に着くまで、天麩羅のナスは食べれるけど、マーボーナスのナスは食べれないとか、25m泳げないけど、潜水は出来るなど、他愛ない話で笑い続けた。




