プロローグ
この暑さに負ける事無く、外では蝉が大合唱している。
夏休みに入ったと言うのに、友達からの誘いも来ない。まあ、今の状況を考えると、むやみに外を出歩くのは自殺行為に等しいから、仕方が無いのかも知れない。
アイスティーを注ぎながら、窓の外を見ると誰も歩いていない。この時期は、散歩する人は少なくなるが、1人も歩いていないのは人生初の光景かもしれない。コップに入っている氷を掻き回しながら、ソファーに座り、テレビから流れるニュースを眺める。
「感染防止の殲滅作戦は失敗に終わり、救助も絶望的な状況となりました。政府は生存者の方に、なるべく外出を控え、救助が来るまでは自力で生存して欲しいと発表しました」
この事件は1ヶ月前に起こり、世界を震撼させた。
アメリカで起こった爆発事故。その大爆発によって極秘開発されていたウイルスが蔓延し、世界を地獄へと変えた。
ウイルスに感染した人間は数秒で命を落とし、次の日には人間の血肉を求める化物となって彷徨い歩く。その姿はまさに、ホラー映画に登場する【ゾンビ】を具現化させたものだった。
当初の政府は、ウイルスに感染した者を治療しようとしていたが、感染スピードの速さから治療を断念して、感染者を一掃する殲滅作戦に移った。ニュース映像を見る限りでは、ゾンビの動きは鈍かったため、すぐに殲滅されると思っていたが……急激に増え続けるゾンビに対して警察と軍隊は応戦できず、大国は次々とゾンビの手によって落ちていった。
日本で感染者出現の報告は無いが、街からは人の気配が消え、ショッピングセンターは荒らされ、消耗品や食料品が消え去った。これは、ゾンビが出現する前に、食糧難の方で危機的状況になるかもしれない。
俺の名前は坂井大和。
今年の春に高校3年生に進級し、7月4日に18歳の誕生日を迎える事ができた。
3年前に筋萎縮性側索硬化症を発症し、永くても5年しか生きられないと余命宣告をされた事がある。それを聞いた母は泣き崩れ、父は医者に激怒していた。病名の意味と状況整理が出来なかったが、自分が後5年しか生きられない事だけは分かった。
俺は小学生の頃から剣道を続けているから、体格は普通の高校生より若干筋肉質だ。
だから、俺が筋萎縮性側索硬化症だと気づいている友達は少なく、最近では「大学はどうする?」とか「どこに就職する?」と聞いてくる。
進路指導で個人面接をした時に、先生は気を使って「どうしたい?」と聞いてくれた時に、俺は「苦しまずに死にたいです」と答えると、何故か先生は突然泣き出し「すまない」と言ってきた。今思えば先生には申し訳ない事をしたと反省している。
医者に言われた通りなら、俺の余命は2年だが……筋肉は若干細くなってはいるが、別に苦しくもないし、日常生活にも支障はないから、あと2年で死ぬという実感が湧かない。
「さぁ~てと!」
陽が傾き始め、大合唱していた油蝉の声も僅かに小さくなった。
妙な胸騒ぎがする……今夜あたり来るかも知れない。
「大和……お母さんが着いてるから安心してね」
「え? うん」
母さんはウィンクしながらグッと親指を立てると、俺が小学生の時に稽古用で使っていた木刀を握りしめ、家の中の徘徊を再開した。俺が高校の剣道全国大会で2年連続優勝できたのは、母さんから剣道を教わっていたから。母さんは十分強いし、何かあっても1人で大丈夫だろう。
「俺は少し出かけて来るよ」
「え……こんな時に外出なんて危険よ! 事件が治まるまで家にいましょう?」
「この事件はもう止まらない。時間もないし……小雪ちゃんを1人にしてはおけない」
物置から鉄パイプを取り出し、心配そうに見つめる母さんに向かって親指を立てる。母さんは、ほくそ笑んでくれたが、やはり俺が1人で出歩くのは心配みたいだ。
「母さんは、窓やドアを補強しておいてくれない?」
「あ! そうね、そうよね! わかったわ! 我が家を最強の砦にしてみせるわ」
母さんが突き出して拳に、拳をコツンと合わせ『必ず帰る』と約束して別れた。




