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第12球 思い切り、振ってみろ


 第三セット。


 最後のセットだ。これを取ったほうが勝ち。落としたら負けだ。ベンチから立ち上がりながら、俺は自分に言い聞かせてた。


 ……ここでなんとかしないとヤバい。心臓はバクバクだ。


 第二セットはいいようにやられた。理由はなんとなく分かってきてる。


 ひとつ。俺のセカンドサーブ。アンダーでぽーんと入れるだけのやつ。あれを田中君は完全に狙ってる。アンダーが来た瞬間、前に詰めて強打。それで主導権を握られた。


 ふたつ。田中君が低い球を増やしてきた。たぶんスライスだ。低く滑ってあんまり弾まない球。あれを打とうとすると、俺のフラットが浮いてアウトする。低い球はすげぇ苦手だ。


 この二つで俺はじわじわ追い詰められた。


 ……じゃあ、どうする。このまま何もせず負けるのを待つだけか? 考えろ。考えるんだ、俺。


 まず、サーブだ。


 アンダーで入れてるだけだと、ダブルフォルトにはならない、けど確実に強打を狙われる。それじゃあ意味がない。


 だったら。


 確率は低くても。上から打つしかない。


 ちゃんとしたセカンドなんてまだ打てない。でも、アンダーで狙われ続けるよりはマシだ。失敗してダブルフォルトになるかもしれないけど、やられっぱなしよりはずっといい。


 ……よし。決めた。


 上から、打つ。


 *


 最初のサービスゲーム。ファーストを打つ。


 パコーンッ!


 ……アウト。入らない。はいセカンド。


 いつもなら、ここでアンダー。でも、今日は——上から、打つ。


 トスを上げる。ファーストより、ちょっと力を抜いて。コートに、入れることを、意識して。


 パァァン! パシッ!


 ……ネット。


 ダブルフォルト。相手にポイント。


 ……っ、くそ。


 やっぱり簡単じゃない。力を抜いたら今度はコントロールがつかない。ネットしたり、アウトしたり。

 田中君はアンダーがまたくると思っていたのに、そうじゃなかったことに訝しんでいた。


 練習を思い出すんだ。藤崎は何を言っていた、どう俺に教えてくれた?


『ボールはね、指で掴まずに手のひらの上に置く。そして手で押し上げるようにトスする』


 もう一回。次のポイントもファーストが外れて、セカンド。上から打つ。手のひら上においてトス!


 スパァン!


 ……今度はぎりぎりイン。


 田中君は、一瞬、「え!?」って顔をした。アンダーが来ると思って前に詰めかけてた。でも予想が外れてサーブが上から来たから、ちょっと面食らっていた。そしてネットに詰めきれなかった。


 その隙に、ラリーに持ち込んでポイントが取れた。


 ――これだ。


 上から打てば、打球の速度が違うから相手は簡単には前に出られない。アンダーの時と違って待ち構えて強打ができない。サーブのコースも読まれにくくなるはず。


 問題は確率だ。練習ではほとんど入らなかった。ダブルフォルトもまだ多い。


 でも藤崎が言ってた言葉を思い出す。練習のときの。


『アンダーサーブだって、ちゃんと考えて使わないと、ただのカモになる』


 ……そうだ、ただ入れるだけじゃダメなんだ。


 俺は上から打つとき、できるだけサービスエリアの奥のほう深く狙うことを意識した。浅いと踏み込まれて強打される。でも深ければ相手は前に出られず後ろで打つしかない。前に詰められないことで、田中君はラリー勝負をせざるをえない。


 とにかく、深く――。


 何本かダブルフォルトもした。でも入ったときは田中君を、前に出させなかった。


 じわじわ、と。


 俺のサービスゲームの流れが変わり始めた。


 *


 第三セット ゲーム<2-1> 田中君リード


 俺のサービスゲームだ。サーブは改善できでる。でもまだ、もう一つの問題が残ってた。


 ラリーだ。田中君が打つ低い球、スライスへの対処。


 田中君は相変わらず低く滑る球を混ぜてくる。俺は、あれをうまく返せない。

 低い球をフラットで打とうとすると、ネットに引っかかるか、無理に持ち上げてアウトする、どちらかになる。


 トップスピンで返せばいい、ってのは頭では分かってる。回転をかけて、山なりに持ち上げれば、低い球でもコートに入る。藤崎にも、稲葉コーチにも言われた。


 でも俺のトップスピン、しょぼいんだ。

 低い球はなんでかうまく回転がかからない。


 いつも「コートに入れなきゃ」って思って、おそるおそる振る。回転をかけようとして、でもアウトが怖くてスイングが小さくなる。フラットのように気持ちよく振り抜けない。中途半端な、振り方。それじゃ、回転も中途半端で、ただ浮いた球になる。

 

 ラリーの途中で、また低い球が来た。


 返さなきゃ。トップスピンで。でもいつものおそるおそるのスイングじゃ——。


 ……あー、もう!


 なんかいろいろ限界だった。

 うまく入れようとして失敗して。ビビって、小さく振って、それでも失敗して。


 もう、知るか。


 どうせ入れにいっても、封じられるんだ。だったら。


 いっそ、思い切り、振ってやる!!


 俺はラケットを、大きく後ろに引いた。そして、低い球の下にさらに下、潜り込むようにして――下から、上へ。フルスイング!!


 力いっぱい、振り抜いた。


 スパァン!


 ボールが――、今までと違う飛び方を、した――。

 田中君は急に球筋が変わったことに驚いて、ラケットにかろうじてボールを当てた。けど中途半端なフォームで打った球はコートサイドにアウトした。


 ポイントになった――のは良いんだけど、俺は、さっきの球の軌跡がとても気になっていた。ぐんと持ち上がって、山なりに大きく弧を描いて、そして相手コートの深いところにズバッと突き刺さった。まるでなっちゃん部長のトップスピンみたいに。


 今のなに?


 俺、思いっきり振ったんだぞ? 絶対、アウトすると思った。なのにしっかりとコートの中に入った。しかもめちゃくちゃいい球だった。深く跳ねて、田中君は上手く返せなかった。


 いつもはおそるおそる振ってアウトしてたのに。思い切り振ったら入った?


 逆、なのか。分からん。理屈は、全然、分からん!


 でも、もう一回。


 また、低い球が来た。さっきと同じように。下から上へ、思い切って、振り抜く!


 ズパァン!


 ――また、入った。


 ぐんと持ち上がって、深いところに、突き刺さる。エース級のトップスピン。間違いない。


 思い切り振ったほうが、トップスピンがかかる。


 理屈は知らん! でも、感覚がこれだとそう言ってる。おそるおそるコートに入れにいくより、フルスイングで下から上に、思い切り振り抜く。そのほうが、回転がぐっとかかる。


 フラットのボールがぶ厚く当たってる感じと、今までのただこすってるだけの感覚と、全然違う。


 そういえばなっちゃん部長が練習の時、ちょっと相談したらこう言っていたのを思い出した。

 

『千両くん、トップスピンはね、ビビって当てにいったらダメだよ。思いっきり、ブンと振り切ること。思い切ること。その方がコートにいい球がはいるんだよ。おぼえておいて』

『いや、ブンって言われても……』

 

 あれはこういうことだったのか……!?


 練習の時は明らかにピンときてなかった。

 これがトップスピンか。クソっ、なんでこんな事忘れてたんだ。……いや忘れてたんじゃない。

 

 いま実感したんだ。


 *


 そこから流れが明らかに変わった。


 低い球が来ても、もう怖くない。思い切り振る。トップスピンで、持ち上げて深く返す。


 田中君が、スライスで低く滑らせてきても。俺は、それを、トップスピンで跳ね返す。


 ラリーが続くようになった。


 そしてラリーになれば——俺の土俵だ。


 両フォアで左右どこでも返せる、広い守備範囲がある。それに、思い切りのトップスピンが加わった。田中君が、低い球で封じようとしても、もう効かない。


 観客のざわめきが変わった。


「お、あの子、トップスピン打ち始めたぞ」

「さっきと、球が違うな」

「あーあ、アンダーやめちゃったのか……」

「――第三セットで、化けたか……?」


 へへ。

 聞こえてるぞ。


 化けたかどうかは分からん。でもさっきまでの俺とは、ちょっと違う。それは確かな事だった。


 *


 とはいえ、簡単にはいかなかった。


 上からのセカンドは、まだ、入ったり入らなかったり。ダブルフォルトも、する。トップスピンも、毎回かかるわけじゃない。さっきの感覚を、再現できないこともある。


 そこで俺は思いついた。もしかしてセカンドサーブのスピンの理屈も同じじゃないのか。


 俺のサービスゲーム、セカンドサーブ。俺はトスを上げ、ボールを切るように思い切り振りきった!


 シュパァン!


 サービスイン! エースだっ!


 きたっ! これだっ!


「……おい今エースとったぞ……」

「……セカンド苦手じゃなかったのかよ」


 思い描いたセカンドサーブができて、踊りだしたい気持ちだった。――とはいえ、ぜんぶできたばっかりだ。武器っていうには、まだ遠い。不安定すぎる。

 田中君もベテランだ。簡単には崩れない。たとえセカンドが入ったとしても一進一退の、攻防が続いた。


 ゲームを取って、取られて。デュースを、何度も、繰り返して。


 ……長い。長い、第三セットだった。


 手はしびれてるし、。足も、重い。汗が、止まらない。


 でも、最後の、最後。


 俺のサービスゲーム。マッチポイント。あと、一本、取れば、勝ち。


 ファーストを、打つ。


 ばちーん。


 ……入った! 速い、ファーストサーブ!


 田中君が、なんとか返してきた。でも、球が、浮いた。


 チャンスボール。


 俺は、前に出て、高い打点で——フラットで、ドカン!!


 パァァン!!


 決まった。


 田中君の、横をすり抜けて。ボールがコートに、突き刺さった。


 ……勝った。


 ゲーム<4-6>

 ゲーム セット&マッチ ウォンバイ千両


 第三セット、俺の取得。


 ――勝った。勝ったんだ。俺。


「――っ、よっしゃあああ!!」


 思わず、叫んでた。ラケットを、握りしめて。


 はぁー。


 やった。やったぞ。初めての、公式戦。初めての一勝。


 ネットを挟んで、田中君と握手をした。


「……強かったよ。特に、最後のセット。別人みたいだった」


 田中君が、悔しそうに、でもちょっと笑って言った。


「ありがとう……ございます。田中さんも……、めっちゃ、強かったです。途中……、マジで……、終わったと思いました」


 息も絶え絶えだ。上手く喋れてる気がしない!


 本心だった。第二セットなんて、完全にやられてた。理由も分かんないまま、追い込まれて。


 でも、なんとか、自分で、活路を、見つけられた。


 上から打つ、セカンド。思い切り振る、トップスピン。


 まだ、ぜんぜん、不安定だけど。でも、追い込まれた中で、自分で考えて、自分で掴んだ。


 それが——なんか、すげぇ、嬉しい。


 パチパチ……パチパチパチ


「おー! いい試合だったぞー!」

「二人とも、よく頑張ったなー!」


 まばらだけど、讃えてくれる、応援してくれる人達がいる。

 ふと、フェンスの外を見たら。


 藤崎が、いた。


 いつもの、落ち着いた顔で。でも、なんか、ちょっとだけ、ほっとしたような、そんな顔で。


 俺と目が合うと、藤崎は、小さく、頷いた。


 ……うん。


 俺は、頷き返して、ピースを返した。

 そしてもう一回、心の中で噛みしめた。


 一勝。


 まだ、一勝。でも、確かな、一勝だ。



【作者あとがき】

 この度はお読み頂きありがとうございました。

 千両くんの確かな一勝、とてつもない価値だと思います。自分も公式戦で初めて勝った時のことを思い出しました。

 これからもまだまだ彼の戦いは続きます、まだ暫くお付き合いください。


 それでは引き続きよろしくお願いします。

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