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第11球 見えない答え


=== 千両利士 ===

 

 第一セットは、なんとか取った。

 ゲーム<4-6> セットカウント<0-1> 千両リード。

 

 ……でも。

 ぜんぜん余裕じゃなかった。


 最初のうちはリードしてた。両フォアで相手を振り回して、ファーストサーブで主導権を握っていた。でも、ファーストが入らなくなると、アンダーサーブを狙われるようになった。そのたびに厳しいリターンポイントを返された。それにファーストの速さに相手も慣れてきたのか、途中からまともに返球が返ってくるようになった。

 俺がリターンゲームでブレイクして、相手も俺のサービスゲームでブレイクしての繰り返し――。

 

 最初のサービスゲームをキープしてたおかげで、それでなんとか第一セットを押し切った。

 田中君がアンダーになれていなかった最初のサービスゲーム……運がよかっただけだ。

 ベンチに座りタオルで汗を拭きながら、俺はぼんやり考えていた。

 セット間の短い、たった二分の休憩。誰も、何も言ってくれない。当たり前だ。コートには、俺一人だから。藤崎はずっと向こうのフェンスの外で声は届かない。

 ……一人で考えるしかない。

 次のセット。田中君は、絶対俺のセカンドサーブを狙ってくる。さっきのセット、最後にとられたゲーム、完全に相手に弱点を把握されたプレーだった。またアンダーサーブが来たら前に詰めて強打をする。それを徹底してくるはずだ。

 なんとかしないと。

 

 でもどうやって?

 ちゃんとしたセカンドはまだ打てない。アンダー以外に手がない。

 ……分かんねぇ。

 

 休憩、終了――。

 

 *


 第二セット。


 始まってすぐ、嫌な予感は当たった。田中君は、もう完全に俺の弱点を分かってた。

 第一セットから変わって俺のサービスゲーム。ファーストが入ればいい。でも外したら、アンダーを打つ。外れたっ!?

 アンダーを打ったその瞬間、田中君はぐっと前に詰めてきて、打ちごろの緩い球を、待ち構えて、叩いた。


 パァン!


 ……速い。

 返せない。そして返せても、体勢を崩されて次でやられてた。


 それだけじゃなかった――。

 田中君は、俺がリターンのときも、戦い方を変えてきた。

 サーブを打ったら、ネットの近くまで、すぐ前に出てくるようになった。そして、俺が返した球を、ボレーで、コートの空いたところに決めてくる。


 ドカァッ!


 ――ラリーに、ならない。


 俺はラリーになれば両フォアで、どこでも返せるから強い。でも、田中君はそのラリーを避けるような戦術をとるようになった。前に出て、短く決めてくる。簡単に俺の得意な展開に、持ち込ませてくれない。


 ……くそ。それに加えてラリーもうまくいかなくなってきた。ストロークもアウトが多い。

 なんでだ。なんでこんなに、うまくいかないんだ。


 第一セットの最初はあんなにいけてたのに。

 気づいたら、ずるずると、ゲームを取られてた。


 ゲーム<4-6>


 第二セット、田中君の、取得。

 セットカウント、1-1。振り出しに戻された。


 ヤバいな――。

 ……はぁ、あっという間にベンチに帰ってきてしまった。

 なんでだ。俺の球、なんで、通らなくなったんだ。さっきまで、あんなに決まってたフラットが。今はなんか、ことごとく相手のいいようにされてる。


 相手は俺の苦手を知って、かつ有利な展開に持ち込ませてくれない。

 相手の不利は自分の有利。それは結局自分のポイントにつながる……、つまり同じ意味だ。

 そうか――、だったら俺の有利な展開は――。


=== 藤崎真白 ===


 第二セットが終わって、フェンスの外から、私はベンチに座る千両君を見ていた。


 ここまでの試合運び……正直に言うと、あまりよくない。

 第一セットを取れたのは、運の要素が大きかった。終盤、たまたまファーストサーブが続けて入った。それがなければ、もっと早く崩れていた。

 彼の試合の組み立てを、私は頭の中で整理してみる。

 前半は、まだ、よかった。


 彼は、彼なりに、戦っていられた。ラリー勝負に持ち込んで、両手フォアのあの広いカバー範囲を使って、相手を走らせて、スキを見つけてポイントを取る。経験は浅くても、あの守備範囲の広さは、本物の武器だ。最初のうちは、それで十分通用していた。

 でも相手の田中君は堅実な選手だった。


 彼は、序盤こそ千両君の変則プレーに戸惑っていたけれど、すぐに冷静に弱点を見つけた。


 セカンドサーブ。

 アンダーサーブしか打てない。


 この一点。そこを徹底して突いてきた。卑怯とは言うまい、私でもそうする。

 さらに田中君は自分の優位を確実にするため、第二セットから、もう一つ戦い方を変えてきた。

 ネットに、出るようになった。


 これは、的確な判断だ。なぜなら——、千両君のボールは基本フラット。まっすぐで速い球筋だ。強い球には強い球で応じる、打ち合いの展開が、彼の得意分野。

 だから田中君は、その打ち合いを避けることにした。千両君のリターン優位を崩すため、前に出てラリーを短く切る。千両君の得意な土俵に上がらないための戦術だ。


 それに。


 田中君は低く滑る球を、スライスを多く混ぜるようになった。低く、滑って、あまり弾まない球は、千両君の高い打点からのフラットを打たせなくした。

 千両君は、トップスピンがまだ得意じゃない。低い球を、下から持ち上げる技術が未熟なのだ。だから、低く滑ってくる球を無理にフラットで叩こうとして——浮く。あるいは、コートアウトしてしまう――。


 フラットという武器を、低い球で封じられているのが傍目でもわかった。……見事な攻略だ。田中君、いい選手ね。

 千両君の長所を消して短所を突く。第二セットはテニスのお手本みたいな試合運びだった。


 そして、千両君は――。


 たぶん、その理由が、分かっていないだろう。


 コートの上で、彼はもがいている。なんで通らないんだ、なんでうまくいかないんだ、っていう顔で。理由が見えないまま、ただ追い込まれているのがわかった。

 ……もどかしい。

 私には、全部見えている。なぜ彼が劣勢なのか、そしてどうすれば打開できるのか。


 単純だが低く滑る球には、無理にフラットで合わせず、トップスピンで持ち上げて返す。アンダーサーブは、ただ入れるだけじゃなく、できるだけ深く、相手に踏み込ませないコースに。そして相手がネットに出てくるなら、足元を狙うかロブで頭上を抜く。答えはあるのよ千両君。


 試合中の選手にコーチングはできない。私はそれを伝えられない。私はただ、フェンスの外から見ていることしかできない。


 こういうときいつも思う。

 コートの中で、自分で考えて、自分で打開して、自分で勝つ。私はもうあそこには立てない。

 必死に頑張っている千両君をみて、懐かしい気持ちが出てくる。


 目の前の彼の試合。第二セットを取られた。セットカウント<1-1>。勢いは相手選手にある次の第三セットで決まる。


 ここが、正念場だ。

 ……打開策は、ある。

 でもそれに彼が、自分で気づけるか。

 追い込まれた中で、自分の頭で活路を見つけられるかどうか。


 ……気づいて、練習を思い出して。

 あなたならできるはず。ベンチで、一人何かを考え込んでいる千両君を、私はただ見つめていた。



【作者あとがき】

 この度はお読み頂きありがとうございました。

 苦しい試合って、見てる側も苦しくなりますよね。


 もしよければ、応援・評価の程、よろしくお願いします。それでは引き続きよろしくお願いします。

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