第3話 残火に問う、救済(ひかり)の在処
硝煙と、焦げ付いた肉の臭いが鼻腔を刺す。
かつて堅牢を誇った「アイギス砦」は、今や音を立てて崩れ落ちる巨大な火葬場へと変じ果てていた。
「……あ、が……ああ……っ」
足元で、下半身を焼き切られた魔族の兵士が這いずり、絶望に濡れた瞳を勇者へと向ける。カイルは、その視線に一欠片の憐憫も抱かなかった。黄金に輝く聖剣『エクス・ステラ』を無造作に振り下ろし、断末魔ごと沈黙させる。
「一人だ」
カイルは、低く、掠れた声で呟いた。
「こいつらを一人殺せば、一歩近づく。あいつが笑う、あの日常に」
その瞳には、かつて妹を案じていた慈しみなど微塵も残っていない。あるのは、目的のためだけに燃え盛る剥き出しの狂気だ。
彼にとって、眼前の魔族たちは「命」ではない。歩を救うための対価として支払われるべき「燃料」に過ぎなかった。カイルが剣を振るうたびに、聖なる熱光が炸裂し、逃げ惑う魔族たちを塵へと変えていく。
「見なさい、勇者様。これぞ女神が望まれた救済の結末です」
背後から、朗々とした、しかし空虚な声が響いた。
神殿騎士団が送り込んだ聖女、エルゼは、血の海に沈む砦の中を、純白の裾も汚さずに歩み寄ってくる。彼女は祈りを捧げるような仕草で、カイルの背中を、そして彼が築き上げた屍の山を称賛した。
「貴方のその無慈悲なる刃が、不浄なる魔を祓い、世界を白日の下に導く。なんと美しき救済なのでしょう」
カイルは応えなかった。エルゼの称賛も、血塗られた正義も、今の彼には砂を噛むような退屈でしかなかった。ただ、エルゼが懐から取り出した魔鏡――そこに映る、病室で穏やかに眠る「彼女」の姿だけが、彼の壊れかけた自我を辛うじて繋ぎ止めている。
鏡の中の彼女は、まだ何も知らない。
自分のために、兄がどれほど無残な虐殺者へと成り果てたかを。
屍で築く救済。その眩しさが、彼女の命を静かに追い詰めていくという、皮肉な真実に。
一方、凍てつく北の最果て。
『氷の魔王』――ルナレスは、漆黒の玉座を立ち、帰還したわずかな生存者たちを迎え入れていた。
「……ごめんなさい。私が、間に合わなかったばかりに」
ルナレスは、アイギス砦から命からがら逃げ延びた子供の魔族を、その氷の翼で包み込むように抱きしめた。子供は、自分たちの親や仲間を焼き尽くした「黄金の光」への恐怖を震えながら訴え続ける。
ルナレスの深紅の瞳に、静かな決意が宿る。
彼女の記憶の底には、今も「温かな影」が揺れている。吹雪の夜、凍える自分を誰よりも強く、壊れそうなほどに抱きしめてくれた、不器用で、けれど絶対的な安心感をくれた背中の朧気な記憶。
名前も顔も、今は思い出せない。
けれど、その温もりこそが、彼女が「化け物」と呼ばれようとも民を守り抜こうとする唯一の根拠だった。
(……あの方なら、きっとこう言うわ。誰かを救うことに、理由なんていらないって)
ルナレスは、闇の神(と信じている存在)から授かった魔杖を強く握りしめた。
「ルナレス様、人間の軍勢……『勇者』を戴く本隊が、この魔王都へと向けて進軍を開始しました」
「……わかっているわ」
彼女は冷徹な魔力を全身に纏わせ、氷の玉座を後にする。
虐げられ、追いつめられた魔族の希望を背負う彼女に、もう迷いはなかった。
天界の特等席。
殺意を研ぎ澄ませる勇者と、存続を誓う魔王の様子を鏡越しに覗いていた女神ステラの唇が、悦楽に歪んだ。
「素晴らしい。これほど、最高の供物になるとは思わなかったわ。勇者カイル、いや一ノ瀬駆、あなたが最後に本当の真実にたどり着いたとき、どんな顔をするのかしら!」
女神の指先が、鏡の中のカイルとルナレスの像を、愛おしげに、そして残酷になぞる。
光の勇者が捧げる「殺意」と、魔王が捧げる「悲哀」。その二つの力が戦場で激突し、真実という名の絶望が白日の下に晒されるその時。
偽りの救済を迎える。
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