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救済のレクイエム ―俺の剣は、偽りの光の下で―  作者: 虎徹
【第一幕:偽りの英雄譚】

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第2話 虚飾の福音

骨肉がアスファルトにすり潰される、酷薄な破砕音。

それが、少年の鼓膜を震わせた最後のうつつだった。肺から押し出された血液が喉を詰まらせ、視界が真っ赤な飛沫に染まり――次の瞬間、彼を襲ったのは、凍り付くような無色透明の静寂だった。


(……死んだ、のか)


痛みさえ、とうの昔に置き去りにされていた。闇の向こうで、誰かの嘲笑う声が聞こえた気がした。だが、その輪郭さえも霧のように薄れていく。


「――可哀想な、愛の欠片かけらたち」


頭上から降り注いだのは、銀鈴を転がすような、あまりに澄んだ声だった。

彼が重い瞼を持ち上げると、そこは上下も左右も判然としない、果てしない白銀の空間だった。


目の前に立っていたのは、一人の女性。

あの雨の夜道で出会った「謎の美女」と同じ顔をしていた。しかし、今の彼女は神々しい純白の法衣を纏い、背後には幾重もの後光を背負っている。その姿は、見る者の魂を丸ごと跪かせるような、圧倒的な「聖性」に満ちていた。


「私は光の女神、ステラ。絶望の淵で、愛する者のために己の命を投げ出したあなたを、私は見捨てることができなかった」


女神は、慈悲深い聖母のような微笑みを浮かべて少年の頬を撫でた。その指先から流れる温かな光が、彼の砕け散ったはずの心身を瞬く間に修復していく。


「女神……。なら、教えてくれ。歩はどうなった。あいつは……!」

「御覧なさい。あなたの無垢な祈りの結果を」


ステラが白亜の袖を優雅に振ると、空間に巨大な黄金の鏡が浮かび上がった。

そこに映し出されていたのは、見慣れた無機質な病室。そして、ベッドの上で穏やかな寝息を立てる、彼が何よりも大切にしている少女の姿だった。


「歩……っ!」

「安心なさい。今は私の加護で、彼女を蝕む病の進行を止めています。ですが、これはあくまで一時的な奇跡。彼女を真に救い、再び健康な身体で目覚めさせるには、膨大な『聖なるエネルギー』が必要なのです」


少年は鏡にすがりつくように見入った。そこに映る少女は、以前よりも肌の色艶が良く、まるで深い眠りについているだけのようだった。


「どうすればいい。何でもする。俺の魂でも何でも、好きに持っていけ」


彼の悲壮な叫びを聞き、女神ステラは悲しげに目を伏せた。そして、真綿で首を絞めるような、甘く残酷な言葉を紡ぐ。


「今、私が守護する異世界『アスガルド』は、邪悪な魔族の手によって滅亡の危機にあります。魔族とは、人間の苦しみや絶望を糧とし、命を喰らう醜悪な獣。奴らは今、この世界のすべてを闇に染め上げようとしています。……ですが、それだけでは終わらない」


ステラは少年の瞳を真っ直ぐに見つめ、声を震わせた。


「奴らの果てなき飢えは、やがて次元の壁さえも穿うがつでしょう。この世界を飲み込んだ魔王は、次なる餌場を求めて、あなたのいた元の世界へも『門』を開く。そうなれば、病室で眠る無防備な彼女の魂も、奴らの毒牙にかかり永遠に貪られることになります。……愛する者を守るため、異世界へ渡り、災厄の元凶を断ち切る勇気はありますか?」


「……当たり前だ。あいつに指一本、触れさせてたまるか」


少年の瞳に、ドロドロとした暗い殺意の炎が宿った。

愛する少女の平穏を脅かす存在。それを想像しただけで、五臓六腑が煮えくり返るような怒りが全身を支配した。


「よろしい。今日より、あなたは過去の脆き名を捨てなさい。あなたは光の勇者『カイル』。私が授けるこの聖剣は、魔族の偽りの大義を切り裂き、彼女の未来を切り拓く唯一の救済となるでしょう」


眩い閃光とともに、少年の身体は、勇者の身体に作り変えられ白銀の鎧に包まれる。その手には黄金の輝きを放つ聖剣が握られている。

 その姿に、一ノ瀬駆の面影はない。


カイルとなった青年は、女神の開いたゲートをくぐり異世界アスガルドに今降り立とうとしている。


――その頃。

異世界アスガルドの北の果て。絶えず猛吹雪が荒れ狂う極寒の大地に、魔族の都はあった。


黒氷と黒曜石で築かれた城のバルコニーに立ち、冷酷なる『氷の魔王』――ルナレスは、眼下に広がる難民キャンプを静かに見下ろしていた。

そこにいるのは、光の女神を狂信し、「聖戦」の名の下に進軍してくる人間たちの軍勢によって住処を奪われ、傷つき、凍えている魔族の民たちだった。


「……あの方たちが、また」


ルナレスが小さく呟くと、吐息が白く凍り、宙で砕けた。

彼女の容姿は、人ならざる異形なまでに美しかった。雪よりも透き通った白銀の髪、血のようにあかく燃える瞳。そして背中には、強大な魔力の結晶である三対の氷の翼が広がっている。


彼女には、過去の記憶がなかった。

絶望の底、名もなき暗闇の淵を漂っていた自分の魂を拾い上げ、この冷たくも美しい肉体と強大な力を与えてくれたのは、深淵に座す『闇の神』だった。

ルナレスにとって、闇の神は命の恩人であり、絶対の信仰対象であった。そして、人間に蹂躙され、滅びの運命を待つばかりだった魔族の民たちもまた、彼女を「闇の神が遣わした最後の救世主」として崇め、すがりついている。


「魔王様。人間の砦に、憎き光の女神が遣わした新たな『勇者』が降臨したとの報せが……。先陣を切った我らが同胞は、その禍々しい光の剣によって、一瞬で灰にされたそうです」


側近の魔将が、恐怖に牙を震わせながら報告する。

ルナレスは、自身の白く細い指先を見つめた。この手はすでに、多くの人間の血を吸っている。


「……これ以上の流血は望まないけれど。私の民を、私の居場所を脅かすというのなら、私は容赦しないわ」


その声は、極北の風よりも冷たかった。

しかし、彼女の心臓の奥深く、堅い氷で覆われた魂の中心には、自分でも理由のわからない「温かな記憶の残滓」が、痛いほどに疼いていた。


誰かの不器用で大きな手に、強く握られていた感覚。

自分が傷つき、泣きそうになった夜、すべてを投げ打ってでも自分を守ろうとしてくれた、誰かの不屈の背中。


顔も、名前も、声すらも思い出せない。

だが、その見えない温もりこそが、彼女が狂気の世界で自我を保ち、理不尽な暴力から民を守り抜こうとする唯一の原動力だった。


(いつか……。この戦いを終わらせて、平和な世界を作れたら。あの温かい手を持つ人に、会えるのかしら)


「光の勇者」と「氷の魔王」。

お互い信じる正義のために、最も残酷な殺し合いの幕が、静かに上がろうとしていた。

AIによる文章が含まれています。

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