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NIGHTCROSS(ナイトクロス)  作者: wisemanjr4
LAP.2 崇高のR編

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第五十一章 再走(前編)

大黒の本線に出る手前で、Fitが前に入った。


ルールは決めなかった。パッシングもなかった。イイダがウインカーを出さずに合流したのが、合図だった。


二速。五千で三速。


ステアリングが軽い。手の中に、押さえつける重さがなかった。三日前までは、直線でも腕のどこかが余計に働いていた。今はそれがない。


「軽い。……軽いな」


声が出た。口の中だけの声だった。


湾岸線に入った。


四速。回転が七千を越える。K20Aが高く鳴き、ブースト計の針が1.3で止まる。


Fitは一台分前にいた。


前回と同じ位置だ。違うのは、涼が離れていないことだった。直線で開くはずの差が、開かない。


「待て。直線で競るな。次だ」


東扇島の緩い左が見えた。


百メートルの看板。まだ踏む。七十。踏む。


Fitのブレーキランプが点いた。


右足をブレーキへ。乗せる。ノーズが沈み、フロントタイヤが路面を噛む。


「切る」


ステアリングを左へ。ノーズが内へ吸い込まれる。


「戻す」


中央へ返し始める。壁の白い線が、フロントガラスの端を流れていく。


「踏む」


右足が動き始めたとき、ステアリングはもう中央にあった。ターボのラグの間に舵が戻りきっている。タービンが立ち上がった。


背中に圧が来た。


フロントは逃げなかった。インテグラが、出口へ前進した。


Fitのテールランプが、近い。


半車身まで詰まっていた。コーナー出口で、前回は一台分あった差だった。


「詰まった。順番だ。順番が効いてる」


息を吐いた。力が入りかけていた腕を、抜いた。


直線に出た。


Fitが動く。静かに、確実に。涼は床まで踏んだ。差が開く。一台分、また半車身。


「開くのは、いい。ここは開く場所だ」


ミウラの声が浮かびかけた。


消さなかった。今夜は、浮かぶままにした。


次は長い右だった。


ここは入口が下りになっている。荷重が前へ余計に乗る。ブレーキを欲張れば、フロントが先に音を上げる。


涼はブレーキを、前回より半拍早く踏んだ。


Fitとの差が、一瞬だけ広がった。


「いい。ここは譲る」


ステアリングを切る。浅めに入る。戻す。踏む。


出口で、ターボが全開になった。


踏み始めが、前回より早い。浅く入った分だけ、舵が早く中央へ戻ったからだ。インテグラが、前へ弾けた。


Fitの横まで、一気に詰まった。


並んだ。


左の窓の外に、黒いボディがいた。コンパクトな車体。一台分の幅もない距離だった。


ステアリングを握る手が、わずかに震えた。


「並んだ。並んでる」


声が上ずった。


並んだまま、直線へ。二台のエンジン音が壁に反射して重なる。Fitの音は低く、静かだった。ターボの唸りと比べて、まるで別の乗り物の音に聞こえた。


先に動いたのは、Fitだった。


前に出る。静かに。しかし、前回ほど速くなかった。


「……あれ」


加速の立ち上がりが、前回より鈍い。


半車身。一台分。


差は開いたが、前回の開き方ではなかった。


涼は踏み続けた。ブーストは1.3。K20Aは七千五百まで回っている。それ以上は出ない。


前方に、橋が見えてきた。


ベイブリッジ。


長い上り。橋脚が夜空に並んでいる。ここで前回、車体が風に跳ねた。Fitは揺れず、涼のインテグラだけが跳ねた。


「橋だ。ここで差がつく」


六速に入れた。


橋の入口を越えた。


風が車体を叩いた。


タタン、タタン。継ぎ目の音。


涼のインテグラは、跳ねなかった。


足が違う。デフを組み直して、舵を戻すタイミングが変わって、車体の姿勢が落ち着いていた。


前方で、Fitが一瞬だけ揺れた。


ほんのわずかだった。涼の目にだけ見える揺れだった。黒いボディが、橋の上で、風を受けて半歩だけ動いた。


「揺れた」


初めてだった。


イイダのFitが、揺れるのを見た。


橋の頂点を越えた。下りに入る。本牧の手前の右が、遠くに見え始めた。


そのとき、Fitのテールランプが、変わった。


ブレーキランプではなかった。ランプの位置が、車線の内側へ寄った。涼の目の前で、Fitが、前回の涼のラインをなぞるように動いていた。


深く、内へ。壁の近くへ。


涼は、その動きを見ていた。


イイダが、涼の走りを使っている。


「……借りたのか」

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