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NIGHTCROSS(ナイトクロス)  作者: wisemanjr4
LAP.1 悪魔のフィット編

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第二章 常連

翌日も、涼は首都高に行った。


その次の日も行った。


理由を聞かれたら答えられなかった。あの黒いFitをもう一度見たいのか、と言われれば、そうかもしれない。しかしあの速度差を見せられた後で「もう一度見たい」などというのは、虫がよすぎる話だった。追えるわけがない。勝てるわけがない。それはわかっていた。


わかっていても、ハンドルを切った。


人間というのはそういうもんだヨ───と、後になって誰かが言っていた。理屈じゃないんだ、と。見てしまったものは消えない。それだけの話だ、と。


その時の涼には、ただ「行くしかない」という感覚しかなかった。


走るたびに、少しずつ何かが変わった。


コーナーの入り方が、昨日より少しだけ自然になる。ブレーキングのタイミングが、一メートルだけ奥になる。それは数字にも出ないような小さな変化だった。しかし涼には感じ取れた。インテグラが正直に教えてくれた。


一週間が経った頃、声をかけられた。


大黒PAに車を停めて、水を飲んでいた時だった。


「何日連続だ、お前」


振り向くと、フェンダーに背中を預けた男が煙草を吸いながらこちらを見ていた。四十代に差し掛かったくらいか。作業着の上にジャンパーを羽織っている。その背後に停まっているのは、深い紫のFD3S型RX-7だった。


「……見てたんですか」


「見てたわけじゃないヨ」と男は言った。「ただ、いるナと思って。毎晩同じインテグラがいれば気づくヨ、誰でも」


男の名前はヤマネといった。それ以上のことは、最初の夜には教えてもらえなかった。


「速くなりたいのか」


「……なりたいです」


「何のために」


涼は少し考えた。「黒いFitを、追いたいんです」


ヤマネは煙草を深く吸って、吐いた。


「……見たのか、あれを」


「見ました」


「どうだった」


「話にならなかった」


ヤマネはしばらく黙っていた。何かを思い出すような顔をしていた。やがて煙草を地面で踏み消して、言った。


「走ろうか」


それが涼の、最初の本当のバトルだった。


結果は言うまでもない。


ヤマネのRX-7は涼のインテグラを相手にしなかった。コーナーのたびに差が開いた。直線で詰めようとしても追いつかない。三コーナー目で勝負は決まっていた。


それでも涼は踏み続けた。


離されながらも、踏み続けた。最後まで。


大黒PAに戻ってきた時、ヤマネは先に着いて煙草に火をつけていた。涼が車を降りると、一瞥だけしてから言った。


「下手だナ」


「……わかってます」


「ただ」とヤマネは続けた。「諦めなかったゾ、お前。離されてから一度もアクセル抜かなかった」


「抜いたら終わりだから」


「そうだヨ」とヤマネは言った。ぶっきらぼうに、しかし確かに。「そういうことだ」


それだけだった。褒められたのか、よくわからなかった。しかし何かが変わった気がした。


「お前のインテグラ」とヤマネは言った。「エアクリはどこのだ」


「純正です」


「ならまず変えろヨ。ただし箱だけ変えても意味がない。吸わせる量が変われば、吸わせるだけの燃料が要る。燃料が変われば、燃やすだけの点火が要る。車ってのはナ、一つ変えたら全部変わるんだ。チェーンの一番弱いリンクを、常に意識しろ」


「……詳しいんですね」


「長くやってるだけだヨ」とヤマネは言った。「長くやってるだけで、速いわけじゃない」


自嘲なのか、事実を言っているだけなのか、涼には判断できなかった。


その夜から、涼はインテグラを少しずつ変え始めた。


エアクリーナー。燃料系。点火系。ひとつ変えるたびに、車が変わった。変えるたびに走った。走るたびに、また変えたい場所が見えた。


金がなくなった。バイトを増やした。また金を使った。眠れない夜が増えた。


それでも楽しかった。


あの黒いFitの背中が、まだ目の奥にあった。


遠い。途方もなく遠い。しかし消えなかった。消えないから、走り続けた。


ヤマネが時々、声をかけてくる。「今度はブレーキだナ」「そのタイヤじゃ勿体ないぞ」「足を変えたなら、セッティングを合わせろ」。言葉は短い。しかし毎回、的を射ていた。


大黒PAには、少しずつ顔見知りが増えた。


みんな何かを追っていた。速さを、限界を、あるいは誰か特定の相手を。目指しているものはそれぞれ違う。しかし夜の首都高に集まってくる理由は、根っこのところで同じだった。


見てしまったから、走り続ける。


それだけだった。

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