↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
NIGHTCROSS(ナイトクロス)  作者: wisemanjr4
LAP.1 悪魔のフィット編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
29/65

第二十八章 旧い血

待ち合わせは翌週の木曜にした。


大黒PAに着くと、三台が端の方に固まって停まっていた。


スバルだった。


全部スバルだった。インプレッサのハッチバック、レガシィのツーリングワゴン、フォレスターのSTi。バラバラな車種だったが、どれも走り込んだ匂いがした。飾りで持っている車ではなかった。


男が三人、車に背中を預けて話していた。


涼が近づくと、真ん中の男が先に気づいた。


四十代後半。背が高い。目が静かだった。電話で聞いた声の持ち主だとわかった。


「中村か」


「そうです」


「ヨシカワだ」男は言った。「こっちがナカノ、あっちがフルカワ」


二人が軽く頷いた。ナカノは五十代で、フルカワは涼より少し上くらいだった。三人の中で一番若い。


「WZEBRAのメンバーだったんですか」


「元、だヨ」ヨシカワは言った。「ショップが畳まれてから、もう十五年になる」


話は、ヨシカワが中心になって進んだ。


WZEBRAは小さなショップだった。スバルのエンジンだけを専門に扱っていた。客商売というより、好きな連中が集まって好きなことをしていた場所に近かった。


「デモカーを持ってたのは本当ですか」と涼は聞いた。


「本当だヨ」ヨシカワは頷いた。「インプレッサのSTi。蒼いボディ。当時としては相当速い車に仕上げていた。それがショップの名刺代わりだった」


「今も走ってるという話があります」


ヨシカワは少し間を置いた。


「聞いた。それで集まった」


「知らなかったんですか」


「知らなかった」フルカワが口を挟んだ。一番若い分、少し率直だった。「ショップが畳んだ時に、あの車がどうなったか、オレたちは知らない。売ったのか、残したのか。知ってる人間がいなかった」


「オーナーは」


「オーナーは死んだ」ヨシカワは静かに言った。「ショップを畳んだ翌年に。病気だった。それで解散した。……デモカーの行方を追う気力が、その時はなかった」


ナカノが初めて口を開いた。無口な男だった。


「白石を知ってるか」


「知っています。SVXの人ですよね」


「白石はWZEBRAの常連だった」ナカノは言った。「オーナーとも仲が良かった。……SVXが動いているという話も、デモカーと同じくらい驚いた」


「今、あのSVXは松田さんという人が持っています」


三人が少し顔を見合わせた。


「知ってる」ヨシカワは言った。「一度だけ、遠目に見た。白石のSVXが走ってるのを見た時は、さすがに固まったヨ。心臓が止まるかと思った」


「中身は松田さんですが」


「わかってる。わかってるが、あの車体を見たら」ヨシカワは少し笑った。苦い笑いだった。「条件反射でナ。白石が戻ってきたと思った、一瞬だけ」


「蒼い残光については」と涼は聞いた。「今の残光のことを、どのくらい知っていますか」


三人がまた、少し間を置いた。


「知らない」ヨシカワはあっさり言った。「正直に言う。デモカーの最終的な仕様を、オレたちは把握していない。ショップが畳む前の最後の時期に、オーナーが一人で手を入れていた。何をしていたか、誰にも言わなかった」


「どのくらいの期間ですか」


「一年くらい。毎晩ショップに残って、一人でやっていた。完成した、という話も聞かないまま、オーナーが死んだ」


涼は頭の中で、繋げた。


一年間、一人でデモカーに手を入れ続けた。何をしたか誰にも言わなかった。そして死んだ。車の行方はわからなくなった。


しかし車は走っている。


誰も乗っていないのに。


「一つだけ聞いていいですか」涼は言った。「WZEBRAのオーナーは、どんな人でしたか」


ヨシカワは少し考えた。


「速さを、宗教みたいに思ってた人だヨ」やがて言った。「速さには意味がある、と本気で信じていた。速く走ることで、何かが伝わると信じていた。何かが残ると、信じていた」


「何かが残る」


「何かが、とオレたちに言ったヨ。何かが、としか言わなかった」ヨシカワは遠くを見た。「今となっては、何を言ってたのか、少しだけわかる気がするけどナ」


涼はその言葉を、すぐには返せなかった。


速く走ることで、何かが残る。


誰も乗っていないのに走り続けるデモカー。


「セルシオとステージア」と涼は言った。「WZRのやり方は、あれは誰が考えたんですか」


「フルカワだヨ」ナカノが言った。


フルカワが少し肩をすくめた。


「考えるのが好きなんです。トリックみたいなことが」フルカワは照れた様子もなく言った。「WZEBRAの時代から、頭を使って走るのが好きで。パワーで解決しない方法を考えるのが」


「スバルだから」とナカノが言った。「パワーだけじゃない走り方を、ずっとやってきた」


「なぜクロスに対抗しているんですか」と涼は聞いた。


ヨシカワは少し間を置いた。


「あいつらのやり方が嫌いだからですヨ」静かに言った。「速さを手段だと思ってる連中が嫌いだ。それだけだ。……WZEBRAにいた頃から、そういう走り方をする奴らとはやり合ってきた。今さら変わらない」


話が一段落して、三人が車の方を見た。


「中村」ヨシカワが言った。「お前は何を追いかけてる」


「黒いFitです」


「追いつけると思うか」


「わかりません。でも近づいてはいる」


ヨシカワは少し頷いた。


「蒼い残光はどうだ」


涼は少し考えた。


「まだ見たことがない。ただ、いつか会う気がしてます」


「会ったら、どうするつもりだ」


「追いかけます」


ヨシカワは少しだけ笑った。今夜初めて、温度のある笑い方だった。


「そうだナ」言った。「それしかないヨ。追いかけるしかない」


三台のスバルが、夜の大黒PAに並んで停まっていた。


褪せていない、しかし新しくもない。長く走り続けてきた車の佇まいだった。


「また走ろう」ヨシカワは言った。「今度は一緒に」


「よろしくお願いします」


涼はインテグラに戻りながら、振り返った。


三台のスバルと、三人の男。十五年前に解散したショップの人間が、蒼い車の噂を聞いてまた集まった。


速さには意味がある。速く走ることで、何かが残る。


WZEBRAのオーナーが言い続けた言葉が、今も首都高に残っていた。


車の形で。噂の形で。そしてこの三人の形で。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。