↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
NIGHTCROSS(ナイトクロス)  作者: wisemanjr4
LAP.1 悪魔のフィット編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
26/65

第二十五章 診断

モリタから連絡が来たのは、シノザキと走った翌々日だった。


「クロスは当面、中村には手を出さない」


「シノザキさんから?」


「そう」それだけだった。


電話が切れた。


涼はしばらく、スマートフォンを持ったまま立っていた。


クロスが手を引いた理由を、深く考えなかった。考えるより、走る時間の方が大事だった。ただ一つだけ引っかかったことがあった。シノザキはWZEBRAを知っていた。知っていて、口を閉じた。その理由が、まだわからなかった。


オオタがミウラのショップに行ったのは、その週の終わりだった。


涼が連れて行ったわけではなかった。オオタが自分で決めた。前の夜に短いメッセージが来た。


「ミウラさんのとこ、行ってみる」


それだけだった。


涼は返信を打とうとして、やめた。何も言わない方がいいと思った。


ショップから涼に電話が来たのは、夕方だった。


ミウラからだった。珍しかった。ミウラから電話が来ることは、ほとんどなかった。


「オオタが来た」


「知ってます」


「シビックを見た」


「どうでした」


少し間があった。電話口でミウラが間を置く時は、言葉を選んでいる時だった。


「悪くはない」ミウラはゆっくり言った。「セッティングは、思ったよりまとまってた。あいつは腕がある。自分でECUを書いて、ここまで仕上げられる奴はそうはいない」


「ただ」


「ただ」ミウラは続けた。「エンジンが限界に近い。腰下が、悲鳴を上げる手前にいる。あと何度か全開にしたら、どこかが折れる。今すぐじゃない。でも、遠くもない」


涼は何も言えなかった。


「本人には言ったか」


「言った」ミウラの声が、少し低くなった。「止める気はないと言われた。直してまた走ると言われた」


「直してもらえるんですか」


「断れない」静かに言った。「ただ、直す前にもう少し話をする。時間をかけて話をする。それしかできない」


電話が切れた。


涼はしばらく、天井を見ていた。


エンジンが限界に近い。腰下が悲鳴を上げる手前にいる。


その言葉が、別の何かと重なった。


大黒PAで松田に会ったのは、偶然だった。


SVXが停まっていた。松田がタイヤの空気圧を確認していた。涼が声をかけると、顔を上げて笑った。


「最近、だいぶ走れるようになってきた」


「SVXが?」


「オレが」松田は少し照れたように言った。「重い車だけど、重さに慣れてきた。重さの使い方がわかってきた気がして」


「白石さんのことを、もっと調べましたか」


松田の顔が、少し変わった。


「調べた。……すごい人だったんですね」


「どこまで」


「WZEBRAのこと。白石さんがあそこの常連だったこと。蒼い残光と同じ時代に走ってたこと」松田はSVXのボディを見た。「この車、走ると首都高の人に声をかけられるんですよ。SVXだって気づいた人に。みんな白石さんのこと知ってて、驚いたような顔をする」


「どんなことを言いますか」


「速かった、って」松田は少し間を置いた。「それと、最後まで走り続けた、って。病気がわかってから引退するまで、誰にも言わなかったって。黙って走り続けて、走れなくなった日に、初めて言ったって」


涼はその言葉を、頭の中で繰り返した。


病気がわかってから引退するまで、誰にも言わなかった。


「一つだけ聞いていいですか」松田が言った。「涼さんはWZEBRAを知ってますか。ショップとしてじゃなくて、もっと具体的に」


「知らないです。名前と、スバルのエンジンを得意にしていたことだけ」


「そうか」松田は遠くを見た。「残光がWZEBRAのデモカーだったって話、聞きましたか」


「聞きました」


「今でも走ってる」


「らしい」


「なぜ走ってるのか」松田は静かに言った。「ショップはもうない。白石さんもいない。それでも走ってる。誰が走らせてるのか、誰も知らない」


答えられなかった。


答えを持っていないし、持っている人間がこの首都高にいるかどうかも、わからなかった。


「でも」松田はSVXのステッカーを見た。「走ってるってことは、まだここにいるってことで。……それでいい気がして。理由はわからないけど、そういう気がするんです」


風が通り過ぎた。


褪せたWZEBRAのステッカーが、夜の照明の下で光っていた。


その夜、涼はオオタと走った。


シビックのエンジン音は、以前と同じだった。限界に近い、とミウラは言っていた。しかし音だけ聞いていたら、わからなかった。


走り方は、変わっていなかった。


速かった。正確だった。コーナーへの入り方に迷いがなかった。


しかし涼は、後ろからそのテールランプを見ながら、エンジンが悲鳴を上げる手前にいる、というミウラの言葉を頭から消せなかった。


速さの中に、時限がある。


そういう走りを、今の涼は追いかけていた。


大黒PAに戻ると、オオタが煙草に火をつけていた。


「ミウラさんとどんな話をした」


「シビックの話」


「それだけか」


「それだけだヨ」オオタは煙草を吸った。「……エンジンを直してもらう。時間がかかるって言ってた」


「その間は」


「走る。別の車を借りるか、足で走るか」


「足で走るのか」


「冗談だヨ」少しだけ笑った。


その笑い方が、久しぶりに夜の顔ではなく、昼間の顔に近かった。


「黒いFit、また見たいな」オオタは遠くを見た。「次に見た時は、もう少し詰めたい」


「詰めよう」


「お前はどのくらいで届くと思う、あれに」


涼は少し考えた。正直に考えた。


「わからない。ただ、近づいてはいると思う」


「そうだな」オオタは煙草を踏み消した。「近づいてはいる。確かに」


二人の間で、首都高の夜が続いていた。


エンジンが悲鳴を上げる手前にいる車が、大黒PAの照明の下に停まっていた。その隣に、蒼いインテグラが停まっていた。


どちらも、まだ走れた。


まだ、走れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。