↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
NIGHTCROSS(ナイトクロス)  作者: wisemanjr4
LAP.1 悪魔のフィット編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
23/65

第二十二章 詰める

ミウラのショップに持ち込んだのは、翌週だった。


「黒いFitを見た」


工具を拭いていたミウラの手が、一瞬止まった。


「追えたか」


「追えなかった。でも見えた」


「見えた」ミウラは繰り返した。「以前は見えなかったのか」


「いなかったわけじゃない。ただ、気づいた時にはもう消えてた」


ミウラは少し間を置いた。


「それは、近づいてる」


「速度差は変わってないように見えた」


「見た目の速度差と、実際の差は別だ」ミウラはインテグラのエンジンルームを覗き込んだ。「追えなかった、ということと、見えた、ということは全然違う話だ。見えたということは、同じ視野に入った。同じ視野に入るだけの速度域に、お前が来たってことだ」


涼はその言葉を、すぐには返せなかった。


「次に見た時に、差を縮めるには何が要りますか」


ミウラは黙ってインテグラを一周した。タイヤを見た。足回りを覗いた。エンジン音を聞いた。


やがて戻ってきて言った。


「エンジンは今のままでいい」


「足ですか」


「違う」


「じゃあ」


「お前だ」ミウラはあっさり言った。「今のインテグラで、まだ引き出せてないところがある。パーツの話じゃない。乗り手の話だ」


涼は少し黙った。


「どこですか」


「ブレーキを放すタイミングだ」ミウラは続けた。「お前はブレーキングが上手くなった。奥まで踏める。でも放す時に、まだ少しだけ早い。コーナーの頂点より手前で、無意識に安心しようとしてる」


「気づいてなかった」


「気づいてないから言ってるんだヨ。走り込んで、自分で気づけ。教えてもらった答えは、自分の身体には入らない」


その夜から、涼はブレーキリリースだけを意識して走った。


コーナーの頂点。そこまで我慢する。放すのは、そこを過ぎてから。


最初の三本は、乱れた。タイミングがわからなくなった。意識すると、かえってズレた。


四本目から、少しずつ馴染んできた。


五本目で、感覚が変わった。


フロントの荷重が、コーナーの奥まで乗ったまま残る。タイヤが路面を掴んでいる時間が、長くなる。アクセルを踏み始める場所が、コーナーの深いところになる。


速くなった、というより、正確になった。


ミウラの言っていた意味が、腕を通じて届いた。


大黒PAで、カジワラが待っていた。


珍しかった。カジワラからここで待つとは聞いていなかった。


「話がある」


「何ですか」


カジワラは周囲を見た。他に人がいないことを確認してから言った。


「クロスが動く。お前に対して、直接」


「シノザキが、ですか」


「シノザキ本人かどうかはわからない。ただモリタが動いてる。複数台で挟む気だヨ」


「前もやられかけた」


「前は涼が逃げ切れた。次は逃がさない気でいる」カジワラは腕を組んだ。「WZRがまた動くかもしれないが、それも確実じゃない」


「なぜ教えてくれるんですか」


カジワラはしばらく黙った。


「白石のことを知ってるから」静かに言った。「あの時代に走っていた人間は、クロスのやり方が嫌いだ。理由はそれだけだヨ」


白石研二の名前が出た。涼は少し考えてから聞いた。


「白石さんと、走ったことがありますか」


「ある」カジワラは遠くを見た。「何度か。速い男だったヨ。SVXであれだけ走れるのは、あいつだけだと思ってた」


「蒼い残光とは」


「一緒の時代だ」カジワラは短く言った。「詳しくは聞くな。知ってることと、言えることは別だ」


それだけ言って、カジワラはスープラに戻った。


帰り道で、オオタに電話した。


「クロスが動くかもしれない」


「いつ」


「わからない。ただ複数台で来る気らしい」


しばらく沈黙があった。


「わかった」オオタは言った。「来たら、一緒に走る」


「無理するな」


「無理してない」


涼はその言葉を、すぐには信じられなかった。信じたかった。しかし昼間の顔が、目の奥に残っていた。やつれた顔。目の下の影。窓の外の高架を見ていた目。


「オオタ」


「何だ」


「ちゃんと寝てるか」


少し間があった。


「寝てるヨ」


「何時間」


「……充分だ」


答えになっていなかった。涼はそれ以上聞かなかった。聞いても届かない場所に、今のオオタはいた。


電話を切った。


首都高の高架が、夜空の下に伸びていた。


黒いFitを見た夜から、何かが動き出している気がした。クロスが動く。WZRが動く。蒼い残光がC1に現れた。SVXが走っている。白石研二という名前が、あちこちから出てくる。


それぞれが別の話のように見えて、どこかで繋がっている気がした。


しかし今の涼には、全体を見渡す場所がまだなかった。


ただ走り続けるしかなかった。走りながら、少しずつ見えてくるものを待つしかなかった。


インテグラのエンジンをかけた。


深夜の首都高に、蒼いボディが滑り込んでいった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。