第十七章 WZR
計画は完璧だった。
シノザキはそう確信していた。
モリタが前に入り、速度を落とす。左右をクロスの二台が固める。インテグラの逃げ場を、物理的に消す。単純だが、確実な形だった。
「位置についた」とモリタが無線で言った。
「後ろは」
「ついてる。逃げ場なし」
シノザキはR35から状況を見ていた。少し離れた位置から、全体を把握する。それがシノザキのやり方だった。
バックミラーの中で、青いインテグラが挟まれていた。
前後左右、四方をクロスの車が固めている。速度を落とせば後ろが詰める。車線を変えれば横が寄せる。打つ手がない状況だった。
終わりだ、と思った瞬間。
パッシングが来た。
後方から、強烈なヘッドライトが点滅した。一度ではなかった。連続して、執拗に、まるで挑発するように光り続けた。
「なんだ」とモリタが無線で言った。
シノザキもミラーを見た。
白い大型セダンだった。セルシオ。UCF10。古い車体だったが、速度が乗っていた。クロスの陣形の真後ろから、パッシングを繰り返しながら迫ってきた。
「知らない車だ」と後続のクロスが言った。「どこの奴ですか」
シノザキは答えなかった。
インテグラを仕留める直前に、横から割り込んできた。偶然ではない。タイミングが良すぎる。しかし、セルシオに何ができる。大型のFR、NAの4リッターV8。速い車ではあるが、クロスの陣形を崩せるほどの車ではない。
「相手にするな」とシノザキは言った。「インテグラを先に終わらせろ」
「でも」
「無視しろ」
セルシオのパッシングが続いた。
それが、挑発だとわかっていた。わかっていても、無線の向こうのクロスの集中が、少しだけ乱れた気配があった。
その時だった。
左の合流から、黒いワゴンが現れた。
ステージアだった。
速かった。合流の速度ではなかった。本線に入った瞬間から全開で、クロスの陣形の真横に並んだ。縦長のワゴンボディが、壁のようにバックミラーを塞いだ。
「なんだこいつ」と後続が言った。
シノザキのミラーからセルシオが消えた。
ワゴンのボディに、完全に隠れた。
一秒。
二秒。
ステージアが車線を戻した。
バックミラーを見た。
セルシオがいない。
「後ろのセルシオはどこだ」
「いない」後続の声が上ずっていた。「いつの間にか、いない」
「消えたのか」
「消えた。どこにも」
シノザキはフロントガラスに視線を戻した。
前方に、白い大型セダンが走っていた。
セルシオだった。
「…何!?」
シノザキはしばらく、その事実を頭の中で処理できなかった。後ろにいた車が、前にいる。ステージアがミラーを塞いでいた時間は、二秒もなかった。その間に、後ろから前へ。
「バカな、今の一瞬で…?」
誰かに聞いたわけではなかった。独り言が出た。
「インテグラは」
沈黙があった。
「……いない」モリタの声だった。「陣形が崩れた隙に、抜けた。どこかの分岐で降りたと思う。追えない」
シノザキは答えなかった。
前方のセルシオは、一定の速度で走り続けていた。パッシングも、挑発もない。ただ走っていた。まるで何事もなかったかのように。
「ステージアは」
「いない。こっちも、どこかで消えた」
二台とも、消えた。
セルシオは、後ろから前に移動していた。
シノザキはその言葉を頭の中で繰り返した。テレポート。そんなことが起きるわけがない。しかし自分の目がそれを見た。ミラーから消えて、フロントに現れた。
「車のナンバーは取れたか」
「取れてません。暗くて」
「ステージアは」
「同じく」
シノザキは奥歯を噛んだ。感情を走りに持ち込まない。それが信条だった。しかし今夜、初めてそれが揺らいだ。
セルシオが前方の分岐で、静かに降りていった。追う気にはなれなかった。追ったところで、何がわかるわけでもない。
「集合しろ」と無線に言った。「今夜は終わりだ」
返事が来た。
R35が首都高を走り続けた。
シノザキの頭の中に、今夜の出来事が並んでいた。C1で蒼い残光を見た夜から、この首都高の何かが変わり始めている気がしていた。
蒼い残光は湾岸を出た。
WZEBRAのステッカーを持つSVXが出た。
そして今夜、セルシオがテレポートした。
「……この首都高で」シノザキは低く呟いた。「何が起きている」
答えを持つ者は、この夜、どこにもいなかった。




