第9話 食卓
「……実は、今日の相手なんですが」
「おっ! それや! 俺もそれを聞きたかったんや! お前ほどの男がそれだけボロボロにされる相手って、一体どんな奴やったんや?」
「初めて見る機体でした。綺麗な楕円の翼をしていまして……。国籍は、イギリスでしたね」
「……楕円翼で、イギリス、って言うたんか?」
「はい。楕円翼で、主翼の機銃は片側だけでも三、四丁は付いていたと思います」
「お前、それ……『スピットなんちゃら』いう奴ちゃうか!」
「スピットなんちゃら……? なんですか、それ?」
チーフは少し考えてから、うなずいた。
「んー、名前はうろ覚えなんやけどな! とにかく、あっちの最新鋭の戦闘機や。めちゃくちゃ速かったやろ?」
「……ウチの機体に乗ってたら、誰だって速い相手になりますよ」
そう言って、エースは苦笑した。
「そりゃそうか!」
豪快に笑うチーフ。
つられて、こちらも笑ってしまう。
「……ただ、こっちの機銃がほとんど効かなくて。胴体に当てても、火花が散るだけでした」
「うん、うん」
「でも、翼の下のあたりにある“四角い箱”みたいな装置に弾が当たった瞬間、炎も吹かずに真っ白な煙を吹いて、慌てて降下して逃げていったんです。新米も最後、そこを狙って白煙を吹かせていました。……他の場所は、全く効かなかったのに」
チーフは思い出すように、顎に手を当てた。
「……なるほどな。俺もそのスピットなんちゃらのことは詳しくないけどな。欧州の戦闘機は、車みたいに水でエンジン冷やす『水冷式』が多いんや。お前らが撃った四角い箱な……もしかしたら『ラジエター』かも分からんな」
その時、奥から九州が湯気の立つ
大きな鍋を抱えて戻ってきた。
「お待たせしました!今日は芋が入っとりますばい!旨かですけん、温かいうちに食べてくださいね!」
「おおっ! 豪勢やんけ! ……あれ? そういや新米は……あ、おった。こいつが一番大食いなんやから、起こしたろ」
チーフが部屋の隅の新米を起こそうとすると
目を擦りながらのそのそと雑炊のほうへ歩いてくる。
「雑炊の匂いで目ぇ覚めたんか! ほんま、分かりやすいやっちゃな!」
「お腹減っただぁ」
九州がお椀に雑炊を盛り付け、新米に渡した。
「食べても……いい……べか?」
「おぅおぅ! たらふく喰ったれ!」
相当お腹が減っていたのか
新米は一心不乱に食べ始めた。
それを嬉しそうに見ながら
チーフが話し始める。
「ラジエターっちゅうのはな、要するに熱冷ましや。車でもエンジン熱なったら冷やすやろ? あれと同じや」
「へえ……飛行機にも、そんなもんあるんですね」
「あるある。空飛ぶくせに、意外と暑がりなんや。熱くなりすぎると機嫌悪うなるし、そこに穴でも開いたら『もう飛ばれへんわ!』ってなるわけや」
「……機械も、そんなに素直なんですね」
「素直やで。しかもな、そこが急所みたいなもんや。今日のお前ら、ようそこ見つけたわ。よう当てたなぁ」
「……たまたまですけど」
ふと新米を見ると、
雑炊を美味しそうに頬張っている。
さっきまで寝ていたのが嘘のようだ。
「たまたまでも当たったら勝ちや! しかも、あいつ白煙吹いたんやろ? そら逃げるわ。スピットなんちゃらも、えらい真っ青な顔しとったはずやで!」
「顔は見えませんでしたけど……たしかに、慌ててました」
「そやろそやろ。飛行機にも弱点あるんや。見つけたら、そこ狙わな損やで!」
「……なるほど。あそこを撃つと、あぁなるんですね」
「せや。胴体に当てても、なかなか落ちへんこともある。けど、冷やすとこやられたら、一気に機嫌悪うなるんや」
「……飛行機も、けっこう繊細なんですね」
「そや! 繊細やでぇ! 俺みたいやろ!!」
「………。」
「おい! 突っ込むとこや! まぁ……飛行機ってもんは、そんなもんやわ。でかい顔しとるくせに、案外な。そういう“泣きどころ”を見つけるのが搭乗員の腕や」
「新米も、そこを……」
「旋回機銃で当てたんやろ? 立派や! それで相手が白煙吹いて逃げたんやろ? ほなら、もう大したもんやで!」
その言葉に、新米がお椀を持ったまま、
ぼそっと口を開いた。
「……あれ、当たったんだべか」
「当たっとる当たっとる。そうでもせんかったら、白煙吹かんやろ! お前、ええとこ撃ったんやで。ほら、食え食え! 今日はよう戦って、よう生きて帰ってきたんやからな」
九州が笑いながら、湯気の立つ鍋を差し出した。
「いっぱい食べてください。腹減っとる時に熱かの、うまかですけん」
「おう、せやせや。飯食って、落ち着いたらまた話そか。……で、そのスピットなんちゃらいう奴、次に来たらどうシバいたるか、考えなあかんなぁ」
「そうですね、次かぁ……」
エースは目を閉じて
さっきの空戦を思い返した。
腹を見せない相手に潜り込むのは
たしかに厄介だ。
失速気味にもなる。
しかも、あいつは速い。
次の瞬間、チーフが膝を叩き、
思い出したように叫んだ。
「あ! アカン、ひとつ大事なん忘れとったわ!」
「なんですか?」
「イギリスにはな、もう一機おるんや。新しいやつが!」
「新しいやつが、もう一機いるんですか!?」
「ええとなぁ、……なんちゃらハリケーンやな!」
「な、なんちゃら?…ハリケーン…?」
流石チーフ、ある意味知識は凄いが……
そう思った事が顔に出てしまったらしい。
チーフが苦笑いをしながら言った。
「ボン、意地悪やなぁ。もうスピットとハリケーンで堪忍してーな」
チーフが照れくさそうに、ボリボリと頭を掻く。
「分かりました。スピットとハリケーンですね!」
「そやそや!」
みんな笑顔で食卓を囲む。
実家にいるみたいだな……。
そんなことを想いながら、
エースは笑顔で雑炊を頬張った―――
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次回更新は7月5日13時30頃を予定しております。




