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在りし日の空【架空戦記】~南方無人島の独立戦隊 零式観測機で 斯く戦えり~  作者: ともぞう


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第4話 会敵…強敵との遭遇

無人島に到着した翌日。

大阪のチーフと九州の若手が徹夜で仕上げた零観に、エースは身体を滑り込ませていた。

一応、内地で水上機の訓練は受けてきた。

だが、戦闘機一筋で生きてきた身からすれば、やはり気が進まない。

不格好な下駄を履いた複葉機で、本当に空戦ができるのか。

ふと後ろを振り返る。

さっきまで砂浜ではしゃいでいた新米が、今は置物みたいに固まっていた。


「どうした? 腹でも痛いか?」


「……大丈夫、です……」


蚊の鳴くような声が返ってくる。

山での熊撃ちの天才でも、本物の空へ上がるのは初めてなのだ。

緊張するのも無理はない。


エンジンが爆音を上げ、零観が水面を激しく叩きながら、重そうに、しかし確実に離水していく。

上昇していく機体のG(重力)を感じながら、俺は操縦桿を握る手に力を込めた。

(……チッ。本当にこいつで、アメリカ野郎を殺れるのかよ)

そんな自問自答が、プロペラの風切り音に虚しくかき消されていく。高度三〇〇〇メートル。ちぎれ雲がいくつか浮いているが、視界は驚くほど良好だった。こんな南の最果ての、忘れ去られた空にも敵は出るのだろうか。俺がそんなことをぼんやりと考えていた、その時だった。


新米︰「……旦那。下方五時の方角。……何か、いるだ!」


新米の緊迫した声が飛び込んできた。


エース︰「な、何か? 何がいるんだ!?」


新米︰「そんな事言われても……でも、いる! 確実にいるだ!」


俺は軽く機体をバンク(傾斜)させ、右肩越しに五時方向の遥か眼下を凝視した。だが、青い海と白い雲のコントラストが広がるだけで、そこには何も見えない。


エース︰「おい新米! 本当に見えてるのか? 幻でも見たんじゃねえだろうな」


新米︰「幻じゃねぇ! なんかいます! 間違いねぇだ!」


エース︰「何かって……まったく……」


悪態をつきながらも、操縦桿を右へ切った。新米は山で培った「目」だけは自信があると自負していた。その野生の目が何かを捉えたというのなら、無視するわけにはいかない。確認のため、少し迂回しながら高度を落とし、その方角へと近づいてみる。雲の切れ間を通り抜けた瞬間、それが見えた。顕微鏡で覗いた砂粒のような、小さな小さな黒い塊。


エース︰「おいおい……新米、お前あんな距離からこれが見えてたのかよ……」


信じられない視力に舌を巻きながら、慎重にその黒い粒へと近づいていく。距離が縮まるにつれ、その機影がはっきりと網膜に焼き付いた。

眼下に、小さな黒い影が二つあった。

距離が縮まるにつれ、その正体がはっきりする。

アメリカ軍戦闘機、F2Aバッファローだ。

こちらの入り江へ向かって、二機で編隊を組んでいた。


「チッ、敵さんのお出ましだ! しっかり掴まってな。戦闘機の真似事が、どこまで通用するか試してやるよ!」


数年間の陸上勤務で溜まっていた鬱憤を吐き出すように、操縦桿を押し込み、スロットルを限界まで開いた。

赤い零観が、敵機へ牙を剥く。

敵もこちらに気づいたらしい。

複葉機だと侮ったのか、真っ直ぐこちらへ突っ込んでくる。


「正面から撃ち合うのは分が悪いな」


距離三百。

機首の7.7mmを短く撃って牽制する。

その直後、操縦桿を引き、機体を大きくひねりながら急上昇した。

ズバババババッ――。

敵の放った十二・七ミリの弾丸が、さっきまでいた空間を切り裂いていく。

紙一重だった。

バッファローは零観の下を猛スピードですり抜けていった。


「……チッ、なかなかやるなぁ。というか、俺の腕が鈍ったのか?」


焦りが背中を伝う。

だが、敵は反転して再びこちらへ向かってきた。

火力も速度も、向こうが上。

だが零観には、複葉機ならではの小回りがある。

敵が突っ込んでくる勢いを利用し、一瞬失速させてかわす。

そのまま敵の旋回の内側へ滑り込んだ。


「九六艦戦に比べりゃ鈍重だが、このクルクル回る足回り……悪かねえ!」


距離百。

敵の背中が、照準の真ん中に入る。

親指でトリガーを絞った。

「バララララッ!」

7.7mm機銃が火を噴く。

弾は主翼とエンジンに吸い込まれ、バッファローは煙を吐きながらジャングルへ墜ちていった。


「へっ、チョロいもんだ。なぁ新米、これが本物の空の狩りだ。腰抜かしてねえだろうな?」


そう言って振り返ると、新米は落ちていく敵機を冷静に見ていた。


「……旦那、凄ぇな。でも、今の鉄砲、ちょっと弾こ軽くねぇか? 何発か弾かれてたど。旦那の腕が良いから当たったども、皮の厚い大物なら、今のじゃ仕留めきれねぇぞ」


「ハッ、熊撃ちの言うことは大げさだな。現にこうして一撃で墜ちただろ?」


だが、新米の言葉は、少しだけ胸に残った。



数日後。

本国からの補給が途絶えるなか、新米の発案で、入り江近くの開けた土地を耕し、イモ畑を作ることになった。

新米は、手際よくクワを振るい、どんどん畝を作っていく。

その隣で手伝わされているエースは、不慣れな作業に文句ばかり言っていた。


「……チッ、何が悲しくて戦闘機乗りのこの俺が、南国の無人島で泥まみれになってイモ掘らなきゃいけねえんだよ」


「ハハッ、旦那、クワの入れ方が浅いだ。腹コ減っては戦えねぇからな。ほら、旦那も気合い入れて!」


その時、土の中から、南国特有の巨大な甲虫が飛び出してきた。


「……う、うわああああああッ!? なんだこいつ!! 寄るな! くんじゃねええええッ!!」


空では敵機に果敢に突っ込む男が、情けない悲鳴を上げて逃げ出す。それを見た新米は、素手で虫をつかみ上げて大笑いした。


「ガハハハハ! 旦那、ただの虫こだべ! 隊長にも怖いもんあんだな……そっちの方がびっくりだ!」


「うるせえ! 東京の人間はな、こんなヘンテコなバケモノ見たことねえんだよ! 早くどっかへ捨てろ、命令だ、命令!!隊長命令!!!」


格納庫の影から見ていた大阪のチーフと九州の若手も、腹を抱えて笑っている。


「おい見ろ、ボンが虫に負けとるで!強敵やな!」


「無敵の戦闘機乗りも形無しですバイ!」


「お前ら笑ってないで、作業せんか!」


灼熱の太陽の下、泥だらけになって笑い合う。

戦争を忘れたような、穏やかな昼下がりだった。

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