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『在りし日の空 』~南方無人島の独立飛行隊 零式観測機で 斯く戦えり~  作者: ともぞう


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32/35

第32話 決意

 ────平井大尉、入ります!



「第214独立飛行隊、平井大尉。

 着任の報告に参りました!」



 …いくつかの給油地点を経て

 マダンに着いた。


 零観が数機見えるだけ…

 重要拠点の防衛と聞いていたが…。


 指示された駐機場に

 機体を止め司令部に報告にいった。



「よく来てくださいました、お掛けください。」



「改めまして…本日付で着任いたしました。

 第214独立飛行隊隊長の平井です。

 よろしくお願いいたします。」


 お掛けください??

 随分丁寧な言い方だな…。


 よく見ると、階級は大尉。

 同格か…。



「第九五八海軍航空隊の

 マダン派遣隊長を務めております…

 野田と申します。

 大尉のような歴戦の猛者に来ていただいて

 本当に助かります。」



 来たくて来たわけではないのだが…

 それにしても…機数が少ない。



「だいぶ機数が少なく感じるのですが…。」



 野田大尉は苦笑いをしながら

 タバコを差し出してきた。



「これで精一杯なんです。

 零観は大尉の機体を合わせても5機…

 二式水戦が数機…

 あとは飛べない機体ばかりですね。」



 5機だと!たったの5機…

 二式水戦が数機??

 これで、重要拠点を守れというのか…。



「出撃は?何時でも飛べますが…。」



「燃料がないんですよ…大尉が持ってきて下さった

 10本のドラム缶…あれが命綱です。」



 確かに基地から

 ドラム缶10本くらい積んでやってきたが…


 あれが命綱…

 そこまで困窮してるのか…。

 とんでもないところに飛ばされたな。


 司令部を出て皆の所へ戻る。

 足取りは重い…。


 こんなことなら、

 あの基地で奮戦してる方がマシだ。



 ふと見ると夕日が海に沈んでいく…。

 この風景だけは変わらない。



「いつ見ても綺麗だな…。」



 夕日を背に宿舎へ戻る。

 やたら中が騒がしい…。


 色々な声が聞こえてくる…



「……チーフ!ご無沙汰してます!

 まさか…チーフが来られるとは…

 酒美味いっすねー!」



「なんやワレ!ここにきとったんかい!

 久々やの!元気そうやないかい!」



 …宴会が始まっていた。

 20人くらいはいるだろうか…。

 どこから湧いて出てきたのか。


 

 唖然として見ていると…


 1人の整備兵が俺に気がついたようだ。


 いきなり立ち上がり直立不動…敬礼。

 周りも慌てて敬礼してくる。


 してないのは…うちの家族だけ。



「旦那ァ!お帰り。どうだったべ?」



 湯のみを持ちながら赤い顔をしている。


 俺も…一応、敬礼を返す。



「皆、休んでくれ…本日付で着任した平井だ。

 よろしく頼む。

 今日は飲もう!無礼講でな。」



 俺が座ると…周りに人があつまりだした。



「零観の搭乗員を務めてます…田中一飛曹です。

 大尉殿の噂は…よく耳にしておりました!」



 噂?噂ってなんだろう?

 上官ぶん殴った…とかか?

 最悪だな…。



「インドネシア方面で

 レッド・ファントムと呼ばれて、

 敵に恐れられていたんですよね!?

 凄いですね!大尉殿!!」



 …ん??レッド?ファントム?なんだそれ?



「私も零観の搭乗員の久野二飛曹です。

 お見知り置きを。

 ウー信で最近頻繁に交信されてるそうですよ。

 特傍班から聞きましたよ!」



「うーしん?なんだべそれ。」



 新米が不思議そうな顔をしている。



「ウーは『敵』…たい。 『信』…は無線の事やとよ。」



 九州が新米に説明している。



「旦那の戦いを敵が話してるだべか?なんで??」



 久野二飛曹が嬉しそうに話す。



「森田君…だったよね?凄いんだよ!

 零観で敵を圧倒するなんて!

 話を聞いて驚いてたんだ!

 B25だって落としたんだろ?凄いよ!」



「あれは、、オイルクーラーだべか?

 それ撃ち抜いたら煙出ただけだべな?

 旦那?」



 田中一飛曹も割って入る。



「それよりもメザシとの戦闘!

 圧倒的な数のメザシを叩き潰したんですよね!?

 そのお話お聞きしたいです!」



 不思議そうな顔で新米が、つぶやく…。



「メザシ?メザシってなんだべ??」



「森田三飛曹…メザシとは…P38の事だよ。

 戦ったんだろ?」



 首を傾げる新米の横で

 九州が耳元で囁く…



「かつお節たい。」



 新米も納得したようだ。



「ん??かつお節のと…だべか??

 あれは…旦那がグルングルン回って…

 多少は当たったべな。でも…乱戦になってからは…

 …全然当たらなかったべな。」



 まったく…なんでお前が答えているんだよ。

 俺への質問なんだが…。



「その戦いなのだが……。」



 俺が話をしようとしていた時だった…

 周りの皆が時計を見る。



「そろそろだな…」



「あぁ…来るな。」



 皆、酒とツマミを持って

 ゾロゾロと外へ出ていく。



「大尉殿も早く!定期便がそろそろ来ますので。」



「定期便??」



 誰かが小さく笑った。



「見れば分かりますよ、大尉殿。」



 さっきまでの宴会の空気は、

 もう半分ほど消えていた。



「何だよ、定期便って……。」



 俺が呟くと、チーフが肩をすくめた。



「空から来る、お客さんやろ…多分」


「お客さん?」



 意味が分からないまま、俺も外へ出る。


 夕方の空は、まだ赤みを残していた。


 その向こうで、かすかに低い音がする。


 最初は風かと思った。


 だが、違う。


 ひとつ…また、ひとつ…

 音が重なっていく。


 やがて、遠くの空に黒い点が見えた。


 あっという間に、それは列になる。


 ゆっくり近づいてくるようでいて、

 実際にはもうかなり近い。



「……あれが、定期便か。」



「あれやな。」



 チーフが短く答えた。



「何機くらいだ?」



「数えるだけ無駄やろ…たくさん…やな。」



 苦笑いをしながら壕に入る。


 その言葉の直後、腹の底に響くような爆音がした。

 地面が震える。



「来たぞ!!」



 誰かが叫ぶ。


 だが…皆…酒を飲み始めた。



「今日は大尉殿の着任祝いに来たみたいですね!

 いつもより…爆弾の数が多い」



「いつもこんな感じなのか??」



「えぇ…ここ最近は…頻繁に来ますね。」



「頻繁って……毎日か?」



「だいたい、そんな感じです。」



 久野二飛曹が湯呑みに酒を注いでいる。



「ま、飲みましょう!」



 外ではまた爆音が響いた。

 壕の入口が、うっすらと揺れる。



「……それで、よく平気だな。」



 俺が言うと…久野二飛曹が鼻で笑った。



「平気なわけないですよ。慣れただけです…。」



「慣れるもんなのか……。」



「慣れないと、生きていけませんから!」



 その言葉は、妙に重かった。


 だが、当の本人はもう次の酒を注いでいる。



「大尉殿も、飲みますか?」



「こんな時にか?」



「こんな時だから、飲むんですよ。

 それに日本酒なんて…滅多に飲めませんし!

 飲める時に飲んでおかないと!」



 誰かが笑った。


 壕の中に、また少しだけ宴会の空気が戻る。


 ふと見ると…俺にしがみついている新米がいた。



「……本当に、変な場所に来たもんだな。」



「そうだべなぁ…。怖ぇとこだべなぁ。」



 久野二飛曹が新米に湯呑みを差し出しながら…



「でも、いいとこでしょ?」



「爆弾さ降ってくるとこなんか、

 いがったどこじゃねぇべ。

 ただ、みんなええ人だがら……

 そいだば、よかったべ!」



 そう言いながら…

 一気に湯呑みの酒を新米が飲み干す。


 まったく…不良少年だな。

 苦笑いをしながら…新米を見ていた。


 それでも…この壕の中だけは、

 不思議と人の温もりがあった。


 空襲の合間に酒を飲み、

 笑って、また次の出撃を待つ。


 そんな毎日が、ここでは普通なのだろう。



 ────いつの間にか…



 辺りは何事も無かったかのように

 静まりかえっていた。



「……もう大丈夫ですね。」



 その一言で、皆がぞろぞろと外へ出る。


 壕の外は、さっきより少しだけ暗くなっていた。


 遠くでは、まだ煙が上がっていた。


 だが、基地そのものは無事らしい。




「さて、飲み直しますか!」




 皆、宿舎に戻っていく。


 そして、宴の続きだ。



「大尉殿も、どうぞ!」



「……もらおうかな。」



 湯のみを受け取る。


 ぬるくなった酒の匂いが、妙に落ち着く。


 空はすっかり赤を失い、

 浜辺には夜の色が落ち始めていた。


 海は静かで、先ほどまでの爆撃が嘘みたいだった。



 俺は湯のみを見つめたまま、ふと思う。



 明日も空襲があるのだろう。



 でも…


 


 ──ここで、生きていくしかない。






 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は8月27日(木)

 13:30頃を予定しております。


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