第31話 離郷
────そんなとこ行けるか!
チーフの持ってきた命令書を
叩きつける。
「でもなぁ…命令やで…仕方ないやろ。」
ラエ陥落から数日…
ニューギニア戦線は
劣勢になっている…らしい。
「チーフ達は?どうなるんだ?」
「俺も九州も一緒や。心配せんでも大丈夫や。」
そういうことを言ってるのではない。
俺や新米は、こいつ(零観)で
最悪…離脱できる…。
でも、チーフや九州は…
「マダンとか言ったか…そんなところ…。
ここでいいじゃないか!!」
ここは…
みんなで暮してきた家だ。
正直ここを離れたくない。
「命令は、命令や!
軍人は成すべきことを成すが務めやろ!
しっかりせぇや!」
チーフに怒られてしまった。
「明後日、迎えがくる…
ボンは俺と九州の護衛や。頼むで!」
確かに…命令だからな…。
新米が…静かに外に出ていく。
あいつもここを離れるのは
寂しいのだろう…。
どこへ行くんだろう…。
ついて行ってみるか。
あとを追うと…
新米は畑に水をあげていた。
「旦那…覚えてるべか?逃げ回った…この畑…。」
「ま、まぁ…逃げ回った訳じゃないぞ!
距離を取っただけだ…」
あぁ、覚えている。
忘れるわけが無い…
ここに来て…二人で耕した畑だ。
「この芋っこ…食べたかったべな…。」
新米の頬に…一筋の光るものがみえる。
「大丈夫だ!ここはそのままだ!
次見に来る時は、とんでもなく成長してるさ!」
次に来る…。そんな時が…あるのか…
「…だべなぁ!いるうちにいっぱい水あげるべ!」
ここは、鍾乳洞から水が湧き出ている。
水にも苦労しない…。
本当にいいところなのだが…。
新米の横を離れ…兵舎へ。
兵舎と言っても…
本土なら…ボロ家みたいなものだが。
…中では九州が箱に色々詰めている。
「九州?何詰めてるんだ?」
「蚊帳とか、毎日使えそうなん、まとめとります。
ここは蚊が、ほとんどおらんですけど…
他じゃ大変ですからね。」
蚊?たしかに…
ここではほとんど見ないが…
「向こうで刺されたら大変です。
マラリアになるけ。だから…
少しでも役に立つもん、持っていこうと…」
「そうか…よろしく頼む!」
俺も身支度するかな…
特に持っていく物もないが。
まぁ、この短剣と…
この…手紙くらいは持っていくか。
────次の日も
粛々と準備を進めていく。
昨日から皆との会話は少ない。
明日か…
この家と離れるのも…。
夕刻…とんでもなく良い匂いが
家に広がる!
「今日は、ありったけ…かきよせてつくったんたい。
保存できんもんは残しとくけど。」
見た事もないような料理が卓に並ぶ。
「すげぇべ!これはなんだべ??」
「ほぉー。凄いやんか…
流石、九州!料亭の料理長の息子やな!」
皆の目が卓に釘付けになる。
「よし!…皆手を合わせて!」
「いただきまーす!!!」
九州が皿を配りながら…
「残しとっても意味なか!食べんね!」
九州に促されて、俺たちは一斉に箸を伸ばした。
「これ、何だべ?うまっ!」
「旦那これ…なんだべ?美味すぎるべ!」
「知らん!でも、うまっ!」
「知らんのに食うんかい!」
「食べてみれば分かるべ!」
チーフも手を伸ばす…
「めっちゃ美味いやん!
…でも、なんやろな…これ?」
「お前ら……。」
思わず笑ってしまった。
和気あいあいと囲む食卓…
笑い声が絶えない日々…。
ここに来て一ヶ月と少し…。
この日々も終わる。
ここでの想い出に浸っていると…
九州が、酒を持ってきた。
「何本か残ってたな!全部飲み干そう!」
だが、九州は冷静だ。
「ダメたい!これは、向こうの上官に渡す分。
これは飛行隊に渡す分!
手土産…あったほうがよかやろ。
整備にもこれ、持っていくし。
あと1本は、ここに残しとくから…」
部屋の隅に1本置いた。
「……今日飲むのは、この1本たい!」
真っ先に新米が湯のみを差し出す。
「お前!不良だな!未成年だろ!」
「おら、カニには勝てるべ!
旦那よりある意味…大人だべ!」
チーフが新米に酌をしながら…
「あの戦いは、傑作やったなぁ。
カニとの一騎打ち…へっぴり腰で…。」
皆が笑う。
「チーフ!メッサーシメットだろ!シメット!
しっかり覚えてるぞ…シュミットやで!」
エセ関西弁を使ってみる。
「東京モンが関西弁つこうたらアカン!」
皆、大笑いだ。
チーフ、九州、新米…
俺は…皆に救われたのかもしれない。
あの日々から…。
────ほないくか。
翌日…迎えがきた。
白い浜辺から
大きな機影がみえる。
──九七式飛行艇
「おっきいべなぁー!」
確かに大きい。
でも、これを護衛するのか…
チーフや九州を無事に
届けなければ。
チーフと九州が
エンジンの始動ハンドルを回し始める…
いつもの流れだ…
回す速度がどんどん早くなる…
親指を立て、チーフが叫ぶ!
「“Contact!”(コンタクト)」
エンジン始動。
浜辺に轟音が響く。
チーフ達は走って迎えのボートに乗る。
そして…彼等が機体に乗り込む…。
「新米…こことも…しばらくお別れだ。」
新米は…黙ったままだ。
スロットルを全開にする。
白波が、機体の脇で砕ける。
ゆっくりと…いや、確実に
前へ進み始める。
水面を滑るたび、
機体がわずかに跳ねる。
その振動が、腹の奥にまで響いた。
振り返る…
見慣れた浜辺…
粗末な兵舎…
寄せては返す波。
何度も歩いた砂浜が…
やけに遠く感じる。
「……行ぐんだべな…。」
ぽつりと、新米が呟く。
エンジン音が、
すべてを飲み込んでいく。
速度が上がる…
水しぶきが尾を引き
やがて一本の白い航跡となる。
機体は、なおも走る。
フロートが水面を叩きながら、
次第に水の上を“滑る”ようになる…
その瞬間——
ふっと、抵抗が消えた。
静かに水面を離れた。
まるで、空に引き上げられるように。
浜辺が、みるみる小さくなる。
あの場所で過ごした日々も…
怒鳴り声も、笑い声も…
全部まとめて…
下へと遠ざかっていく。
「……いいとこだったべな。」
ただ…
機体は、迷いなく目的地へ向かう。
朝の光を受けて、
銀色の翼が静かに輝いた。
────さらば、我が家。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は8月25日(火)
13:30頃を予定しております。




