第29話 死闘
────よしいくぞ!
辺りが漆黒の闇に覆われ
波の音だけが聞こえる。
風が止んでいた。
月明かりの下…
海は静かに凪いでいる。
だが、俺たちは…
誰一人として
口を開かなかった。
これから向かうのは…
────決戦の地。
失敗は許されない。
全員が息を殺し…
暗闇の中を前進する。
危険な任務だ…
命を落とすかもしれない。
俺にとっては…だが…。
俺の手には…
バケツ。
隣には新米。
そして、その後ろには
チーフと九州。
そして…全員…
────フンドシ一丁
海岸に到着すると
俺たちは一斉に身を屈めた。
「……潮…引いてるべ…」
チーフが周囲を見渡す。
「……敵はそれなりにおるな。
ボン…大丈夫なんか?」
「……………なんとか。」
俺も慎重に辺りを見回す。
静かだ。
あまりにも静かすぎる。
まるで…
何かが俺たちを
待ち構えているような────
「……行くで!」
チーフが低い声で言った。
「おう!」
「了解。」
「行くべ!」
4人が一斉に浅瀬へ入る。
冷たい海水が
足元を濡らしていく。
砂浜を踏みしめ…
慎重に…
慎重に…
────その時。
「敵発見だべ!!」
新米が叫んだ。
「重巡洋艦級たい!」
九州が指を差す。
浅瀬の水溜まりに
大きな魚が泳いでいた。
「よっしゃ!いくで!!」
チーフが構える。
4人が一斉に水溜まりを囲んだ。
「俺は左だべ!」
「九州、そっち頼む!」
「任せんしゃい。」
俺はバケツを持って立っていた。
「……任せろ!俺は水を掻き出す!!」
3人の視線が俺に集まる…。
「めっちゃ勇ましくいっとるけどなぁ…
またその役かい!」
新米が腹を抱えて笑っている。
「旦那ァ…たまには…捕まえたらいいべ!」
「うるせぇ!お前は黙ってろ!!」
俺はバケツで水を掬い始めた。
ザバッ!
ザバッ!
ザバッ!
「おお!魚が見えてきたべ!」
「そこや!新米いてこましたれ!」
新米が手を伸ばす。
魚が逃げる。
「こ、こいつ早いべ!」
チーフが手を伸ばす。
魚が逃げる。
「こっちたい!」
九州が手を伸ばす。
魚が逃げる。
「おい!何やってるんだ!」
俺が叫ぶ。
「お前も手ぇ出してみぃ!」
「俺はバケツ係だろ!」
「魚くらい掴めるやろ!」
ダメだ…あれを触るだと…
B25の弾幕に突っ込む方が
よっぽどマシだ!
「無理だ!」
「なんでやねん!」
「だって…動くじゃないか!」
「魚やから動くんや!」
「…しかも、ヌルヌルしてるし…」
新米が魚に手を伸ばした。
「今度こそ捕まえるべ!」
────その瞬間
バシャッ!
「うわぁっ!」
新米が飛び上がった。
「な、なんだべ!?」
「どうした!?」
「なんか踏んだべ!」
全員が固まる。
「……なんや?何を踏んだんや?」
「わ、分からねぇべ!」
俺も…恐る恐る水面を見る。
何かが…
動いた。
「……!」
俺は思わず…後ずさった。
「な、なんだ!?…今、何かいたぞ!」
俺は新米の後ろに隠れる。
「お前が前に出ろ!」
「無理だべ!」
「お前が一番若いやろ!」
「関係ねぇべ!」
水面が…
また動いた。
「来るぞ!」
俺が叫ぶ。
「何が来るんや!」
「分からない!」
「分からんのに叫ぶなや!」
その瞬間────
バシャッ!
「うわぁぁぁっ!」
俺は退避した。
「…旦那ァ、敵だべ…そこそこの」
指差す先を見る。
そこには…
大きなカニがいた。
「……カニ?」
「カニたい。」
九州が冷静に答える。
「なんだ……カニか。」
俺はホッと息を吐いた。
すると…
「ボン!捕まえてみぃ。」
「え?」
チーフがニヤニヤしている。
「ほら。魚は無理でも、カニならいけるやろ。」
「いや……」
カニがこちらを向く。
ハサミを…
持ち上げた。
「……。」
チーフが笑っている。
「得意の格闘戦や!
空では格上ねじ伏せてきたんやろ!
ここでも見せたれや!」
俺は一歩下がった。
「おい。」
「なんや?」
「……あいつ、攻撃してくるぞ。」
「カニやからな。」
「危険じゃないか?」
「そない大げさな……」
カニが横歩きで近づいてくる。
「来た!」
ラダーを蹴るように…後ずさりする。
「旦那ァ…怖くねぇべ!カニっコだべ。」
「うるせぇ!黙ってろ!」
さらにカニが近づく。
虚ろな瞳…何を狙っているのか…
間合いが…ジリジリと詰まる。
「……。」
「……。」
「ボン…。」
「なんだ。」
「逃げたらあかんで。」
「逃げない!」
カニがハサミを振り上げた。
「うわぁっ!」
俺は思わず飛び退いた。
「逃げたぁ!」
「逃げたべ!」
「はははは!」
「笑うな!」
俺は顔を真っ赤にしながら
再度距離を詰める。
奴は重武装で重装甲…
意外と小回りもきく…
上からの一撃は危険だ!
どうする!なにか…秘策は…
バケツをカニに被せる。
そして…掬うように持ち上げた。
「旦那ァ!卑怯だべ!!」
「それはアカンやろ!」
「うるせぇー!
勝ちは勝ちだ!…採ったぞー!」
九州が珍しく腹を抱えて笑っている。
「よし!次!目標…敵重巡洋艦!!」
「お!ボン本領発揮やな!
バケツで掬うんか?」
「水を掻き出す!」
「結局そこに戻るんかい!」
「それが俺の役目だ!」
「どんな役目やねん!」
新米が笑いながら
再び水溜まりに手を入れる。
「いたべ!」
「今度こそ捕まえろ!」
「おう!」
新米が魚を追いかける。
チーフも手を伸ばす。
九州も反対側から追い込む。
俺は必死にバケツで水を掻き出す。
ザバッ!
ザバッ!
ザバッ!
「逃げた!」
「そっちや!」
「こっちたい!」
「もっと水を減らす!」
「ボン!そこや!」
「どこだ!?」
「足元!」
「うわっ!」
俺が飛び退く。
「またカニだべ!」
「お前ら!俺を狙ってないか!?」
「狙ってへんわ!」
「偶然たい!」
「偶然でカニが来るか!」
「来るやろ!」
「来るんだよ!」
4人の声が
静かな夜の海岸に響く。
しばらくして────
「……獲ったばい。」
九州が大きな魚を掲げた。
「おお!」
「やったべ!」
「やったな!」
俺たちは思わず顔を見合わせた。
魚一匹、カニ一匹。
たったそれだけなのに…
なんだか…
すごく嬉しかった。
「もう一匹いくべ!」
「おう!」
「まだまだ獲れるで!」
「俺もやる!」
「ボンはバケツな。」
「……。」
「バケツ係や。」
「……分かった。」
俺たちは再び
浅瀬へ向かった。
夜の海。
潮の引いた浅瀬。
フンドシ一丁の男4人。
敵もいない。
銃声も聞こえない。
ただ…
腹を空かせた4人が
魚とカニを追いかけている。
────この先も戦いがある。
それでも今夜だけは…
俺たちはただの4人の若者だった────
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は8月20日(木)
13:30頃を予定しております。




