第28話 青春
────暗い滑走路
昼間出撃していった仲間は
沢山の人に見送ってもらっていた。
今は…
滑走路に灯火が揺らいでいるだけだ。
流石に…この機体じゃ…
昼間の出撃は無理…か…。
そう考えながら
発動機の騒音の中…
月を眺めていた。
「そろそろだべな!準備はいいだべか?」
「後ろは任せてよ!航法は得意だ!!」
操縦桿を握るのは森田少尉。
おれは、平井…2人とも学徒兵だ。
暗い滑走路に照明弾が一発…
夜空を白く染めた。
発動機の音が次第に大きくなっていく…
飛行場の灯火が揺れる中…
機体はゆっくりと動き始めた…。
「……出撃……か…。」
そう思いながら…傍らにある
グローブを眺めていた……
────全員集合!
黒板の前に全員集まる。
「……ついに、この日が来た!
諸君には、祖国のため最後の任務に就いてもらう。
苦しい任務だ。だが、誰よりも諸君を信じている。」
…とうとうこの日が来たか。
黒板を見ると名前が書かれてある。
「1番機 森田少尉・平井少尉。2番機……」
次々と名前が読み上げられる。
そして…
「命令を伝える。明日深夜、沖縄方面へ出撃する。
任務は特別攻撃。各員、出撃準備にかかれ。以上」
解散となり、森田少尉を探した。
「森田少尉…平井と言います!
よろしくお願い致します。」
身長の高いスラッとした優しい感じの人だ。
「森田です。こちらこそよろしくお願い致します。
…あの…変なことを…伺っても?」
森田少尉は、周りを見渡して小声で聞いてきた。
「学徒…ですか?」
黙って頷くと…
外へ出るように促された。
「すみません、
なんか…少尉とか…そういうの苦手で…
もし良かったら、普通に呼び合いませんか?
平井君…とか…ダメでしょうか?」
「全然構いませんよ!僕もなんか…苦手で…」
「でもなんで外へ?」
「周りに聞かれたら…軍人としての気概が…
とか、言われそうで…」
「たしかに!!」
少し歩き…滑走路横の土手に
二人で座り機体を眺める。
森田君が苦笑いしながら…
「あれで…いくんですよね?大丈夫ですかね…」
視線の先にはよく練習で乗った機体が並んでいる。
「お腹がポッコリしてるから、
シシャモみたいですよね!」
僕たちが最後に乗るのは…
──── 白菊
練習機だ。
操縦する森田君が頭を掻きながら…
「200キロくらいしか出ませんからね、速度。
爆弾積みますから…もっと遅いですよね。
沖縄に行くのにも何時間かかることやら…」
「長い旅路になりそうですね!
でも、もう少し良い機体は無かったんですかね、、。
これなら九九式艦爆の方が…まだマシですよ。」
悔しくて…立ち上がって石を投げた。
その時…
「……!!フォーム綺麗だべなぁ!」
「だ、だべなぁ??」
森田君がハッとした顔をした。
「実は、東北出身で…。
方言で喋ると、皆…分からないから…
できる限り…
標準語で喋ろうとしているんですけど。
つい…出ちゃうんですよね」
何故か喋り方が丁寧だと思ったら…
そういうことか…
「むしろ、地元の言葉で喋ろうよ!
その方が喋りやすいんじゃない?
それに…敬語もやめようよ!
…ただ、僕、東京出身だから…
森田君みたいには喋れないけどさ。」
「いいんだべか?
分からなくなったら、いっでけろな!
そんにしても…
平井君…綺麗なフォームで投げるんだべなぁ。
もしかして…野球…やってたべか?」
「うん!やってたよ!森田君も?」
森田君がスっと、しゃがんで…
左手を胸の前に出す。
「オラもやってたべ!キッチャーやってただ!
平井君はどこの大学だったんだべ?オラ、早稲田。」
「僕は慶應…もしかして!あの試合出てたの?」
「オラはベンチさいた。補欠だべ。」
「僕もベンチにいたよ。補欠だけど。」
「2人してベンチさ温めてたんだべな!」
二人で腹を抱えて笑い合う。
お互い当時は1年生…ベンチ入りしてたんだ…
森田君…上手いんだろうな…
「すんごい試合だったべな、、あれは。」
「そうだね。凄かった…」
あの時…同じ場所にいたんだ…
そして…明日も一緒に飛んでいく。
「森田君のご家族は?兄弟とかいるの?」
「うちけ?5人兄弟だべ。オラは1番上だ。
弟が2人…妹が2人だべな。平井君ちは?」
「うちは歳の離れた兄が1人いるよ。
もう戦地にいってる。
海軍の戦闘機乗り!自慢の兄貴なんだ!」
兄とは14歳も年が離れている。
兄が兵学校を卒業して
家に帰ってきた時の礼装姿に…
憧れた。
「オラの所は…2歳下の弟は、もう出征してるだよ。
空を飛びてぇ!
とかいっで予科練に勝手に入っちまって…
ビックリしたべな。」
「いくつで予科練にいったの?」
「16歳だべなぁ。そったら急いで行かんでも…な。
もう17歳になるべな…。」
そういえば遺書とか書いて無かった…
夜は壮行会があるらしい…
「森田君…身の回り整理してきたいから、、
ちょっと戻ってもいいかな?」
「オラも整理するべな。また、壮行会で!」
────身の回りを整理する。
兄貴が送ってくれた写真…
兄貴が送ってくれた手紙…
もう僕にはこれしかない。
あとは全て…焼けてしまった。
あの夜…みんな…焼けてしまった…。
遺書…かぁ…。
なかなか浮かんでこない。
絞り出して浮かんできたのは…
『いってきます。』
これでいいか。
兄貴なら分かってくれるだろう。
傍らには、グローブがあった。
兄貴が買ってくれた大切なグローブ。
使い込み過ぎてボロボロだ。
「これは…持っていこうかな。」
気がつくと夕刻になっていた。
この一言を書くだけに
どれだけの時間を使ったのか…。
壮行会に遅れてはいけないので
足早に兵舎へ向かう。
途中で、森田君と出会った。
「森田君…遺書…書いた?」
「んー、考えたんだども…なかなか文字が
出てこないもんだべな!
とりあえず、家族の名前さ書いて
…お兄ちゃんいってくっからな!って、
書いたら終わっちまったべ。」
やっぱり同じなんだなぁ…
そんなことを思いながら兵舎に入った。
「すげぇなぁ!平井く…少尉!」
それを聞いて笑ってしまった。
慌てて「少尉」を言い直したらしい。
「何言われたって、もういいじゃん!
『君』でいこう!」
「そだな!平井君、今日のご飯は豪勢だべなぁ!」
「凄いね、、本当に。
ビフテキとか…エビフライもあるね!」
────全員注目!
司令から訓示を頂く。
そして乾杯。
周りを見ると…同じ年齢が多い。
皆、学徒か…
皆で軍歌を歌い…酒を飲む。
酒なんて飲んだこと無かった…
でも、全く酔わなかった…。
宴は終わり…宿舎に戻った。
皆無言だ…。
なかなか…寝付けない…
すすり泣く声や
叫び声が聞こえる。
不意に横から声が聞こえた。
「平井君、オラも寝付けねぇから…
外でキャッチボールでもするべか?
オラ、グローブとボール持ってるだよ!」
「うん!僕も持ってる!」
グローブを持って二人で外に出る。
今日は月明かり…なんとか見える。
「やっぱ、これは捨てられながったべ。」
「僕もこれは、持っていこうと思ってたからね。」
「んだな!ならいっちょ投げ込んでくるべな!」
森田君が構える。
────スパーン!
森田君のミットにボールが吸い込まれる。
「すんげぇ、スピンかかってるべな!
それに…はぇー!…カーブ投げられるんけ?」
「うん!いくよー!」
────スパーン!
「えげつねぇ、曲がり方するんだべな!
これ、エース級だべ!」
「…えっ!?ありがとう…。これ…取れるかな?」
「ばっちこーい!」
────スパーン!
「えっ!森田君これも取れるの?」
僕が投げたのは、無回転で投げる球だ。
変化が大きくて読みにくい…
コントロールもしにくい…
僕のカーブも変化が大きくて取りにくい…
練習試合で投げて何度か暴投になってしまい
補欠になっていた。
「なんだべ!?変な動きするんだべな!
もう1回投げてけろ!」
────スパーン!
「こりゃ、バッター手がでないべな!
それに速球とカーブだべ…
完全試合できるんでねぇべか??」
「取れる人がいなくてさ、、だから補欠。」
「オラとバッテリー組んだら…オラ取れるべ!」
「そうだね、、君とバッテリー組めたら…」
早稲田に行って森田君と出会っていたら
僕は…どうなっていたのだろう…
「森田君…
そんなにキャッチング凄いのに、補欠なの?
肩も良さそうだし。」
森田君が苦笑いをしながら…
「バットにボールが当たらないんだべ!
三振王だべ!
取るのは得意なんだども。」
もし時間があるのなら
早稲田に編入して森田君と…
野球をやりたい!
バッテリーを組みたい!
完全試合目指してみたい!
でも、僕らの時間は…
「だば!明日は完全試合するべ!二人で!」
森田君が笑顔でボールを投げてくる。
「うん!やろう!二人で完全試合!」
僕もボールを投げ返す。
二人のキャッチボールは朝まで続いた。
朝日を浴びながら、汗だくになり
二人で大の字になって横になった。
「いよいよだね…」
「あぁ、やるべ!」
僕は太陽にグローブを掲げ眺めていた。
明日の朝日は見れないんだろうなぁ…
そんなことを思いながら目を閉じた────
────そろそろだべな!準備はいいだべか?
「後ろは任せてよ!航法は得意だ!!」
暗い滑走路に照明弾が一発…
夜空を白く染めた。
発動機の音が次第に大きくなっていく…
飛行場の灯火が揺れる中…
機体はゆっくりと動き始めた…。
「……出撃……か…。」
周りには誰もいない。
僕達以外の機体は既に出撃している。
エンジン不調で出撃が遅れた…。
森田君がゆっくりと速度を上げていく。
ふわりと浮く感じ…
地上がどんどん遠ざかっていく。
もうこの足で地面を踏みしめることは
ないだろう…
変な感覚だ。
「平井君!航法は任せたべ!指示してけろ!」
「うん!もう少し左に振って!………よし!」
「高度はどうするべ??」
「敵のレーダーを避けたい。低空侵入にしよう。」
「了解だべ!!」
白菊は海面スレスレを飛んでいる。
夜間飛行…しかも低空…
これはかなり大変だと思う。
それなのに…
「貴様と俺~と~は~同期の桜~……」
歌っている。
まったく…森田君…きみは…すごいな…
「…咲いた花な~ら~散るのは~覚悟~…」
いつの間にか一緒に歌っていた。
何曲も…何曲も…
声が枯れるくらいに…
どれだけ飛んだのだろう…
どれだけ歌ったんだろう…
森田君の歌が…止まった。
「平井君…あれでいいけ?左10時の方向…」
見ると…ぼんやりと…船影が見える。
「森田君すごいね!よく見つけたね!」
「駆逐艦だべ。空母ではねぇけど。
あれ…やんねぇと昼に来る皆が…
レーダーに引っかかっちまうべ」
「そうだね…いこう。」
機首を10時方向に向けた。
目の前には… 敵。
もう、迷うことはない。
森田君も操縦桿を握り直した。
回転数を上げる発動機の騒音の中…
二人の間には、不思議な静けさがあった。
僕は前を見た。
暗い海…
その先に… 無数の光が見える。
曳光弾だ…
……一本……二本……
やがて無数の光が こちらへ向かってくる。
周りが… 昼間のように明るくなった。
機体が揺れる。
────ガンガンガン!
何発かが機体に当たった…
それでも…
森田君は怯まない。
もうすぐだ。
もうすぐ…
あの光の中へ…
最後まで… 一緒だ。
「森田君!君とバッテリーを組めて最高だ!
本当にありがとう!」
「いくべ!平井君!完全試合だべ!!
オラも君とバッテリー組めて…えがった!」
一瞬だけ…森田君がこちらを見る。
「……また靖国で会おう!」
機体はどんどん速度を上げていく。
「森田君!また…」
言い終える前に…
曳光弾の光が夜空を裂いた。
そのまま機体は
光の中に…
吸い込まれていった────
最後に…
81年前…8月15日。
12時に流れた放送によって
長い戦争が終わりました。
この作品を書く中で
あの日を生きた人たちの姿を
想像してきました。
特攻で何人の人が死んだのだろう。
この戦争で、どれだけの命が
失われたのだろう。
空を飛んだ人…
帰りを待った人…
そして…帰ることができなかった人…
特攻を美化するつもりはない。
ただ、命をかけて戦い
散っていったすべての人々に…
祈りを捧げたい。
ともぞう
2026年8月15日
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次回更新は8月18日(火)
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