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『在りし日の空 』~南方無人島の独立飛行隊 零式観測機で 斯く戦えり~  作者: ともぞう


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19/32

第19話 宴夜

───玉田を連れ

 新米や九州と共に待機所へと向かう。


 待機所の敷居をまたごうとした瞬間、

 西の空から重々しい爆音が…

 

 新米の顔色が変わる。

 すかさず近くに立てかけてあった

 三八式歩兵銃を手に取ると

 手慣れた動作で遊底を引き…

 弾を薬室へ装填し始めた。

 いつでも撃てる構えだ。


だが…

 俺は新米の手元を制するように

 静かに首を振った。


「大丈夫だ。落ち着け……あっちの方角からは、敵は来ない」


 爆音の主が島の上空へと躍り出る。

 見慣れた…しかし俺たち海軍のそれとは違う


「あれ!隼だべ!」


 新米が嬉しそうに叫ぶ


 2機が編隊を組んで島を大きく旋回した。

 皆上空に手を振る。


 そのうちの1機が

 夕日にきらりと機体を光らせ

 こちらに向かって翼を大きく振りながら

 高度を下げてくる。


 その瞬間…

 何かが隼の胴体から離れた。


 「旦那……なんか落としたべ!」


 新米の指差す先…

 隼の胴体下から切り離された小さな塊が

 空中でふわりと白い花を咲かせた。

 ゆっくりと広がる小型のパラシュート。

 その下には

 頑丈そうな1つの木箱がぶら下がっていた。


 潮風に流されながら

 木箱は白い砂浜へと静かに着地した。


 それを確認した2機の隼は

 エンジン音を一段と高く響かせると

 もう一度大きく翼を振った。


 『ありがとな』


 確かにそう言われた気がした。

 銀翼の戦士たちは

 そのまま夕日の向こうの

 戦線へと去っていった――



 チーフが大きな釘抜きを片手に

 こちらに歩いてきた。


「珍しい事もあるもんやなぁ。陸さんからの贈りもんかいな」


 そう言いながら

 木箱の蓋を釘抜きで開けていく。


 箱を開けると…

 中には丁寧に

 折りたたまれた用紙と

 日本酒が几帳面に並んでいた。

 底には缶詰も。


 九州が用紙をそっと取り出し、俺に差し出す。

 紙を開くと、硬い文字がずらりと並んでいた。


「何が書いてあるんだべ?」


 新米が覗き込んでんでくる。


 最初の2文字を見て…

思わず叫んでしまった。


「──全員整列!!」


 皆、急いで整列する。


「では、読み上げる…


『感状』

貴隊搭乗員某ハ

昭和十八年八月十二日

ニューギニア方面ニ於ケル航空戦闘ニ際シ

友軍航空部隊ノ危急ヲ認ムルヤ

直チニ之ヲ援護シ

敵機ノ攻撃ヲ挫キテ

友軍救援ニ顕著ナル功績アリ

茲ニ感状ヲ授与ス


昭和十八年八月十四日

第六飛行師団長 板花義二


 ──バッ!


 皆が敬礼している。

 新米も…周りを見て慌てて敬礼している。


 俺も敬礼を返す。

 しばらく、誰も口を開かなかった。

 ただ、風だけが浜辺を抜けていく。


「……ありがてぇな」


 チーフが、ぽつりと言った。

 新米は目を丸くしたままだ。

 感状と酒瓶を交互に見ている。

 俺は、少しだけ口元を緩めた。


「律儀なもんだな。わざわざ、こんな立派なものを」


 感状を見つめた…


 あのときの空と

 必死に援護した隼の姿が

 ふっと脳裏に戻ってくる。


「俺達の方が先に助けられたんだけどなぁ」


 そう言うと、新米が小さく頷いた。


「だべなぁ!あれは絶体絶命だったべ!」


 玉田が不思議そうにこちらを見る


「隊長が、絶体絶命??そんな事あるんですか??」


 俺と新米が笑いながら答える


「あれは危なかった!本当に危なかった!」


 チーフが酒瓶を持ち上げる。


「なら今夜は、これで一杯やるしかないな」


 その一言で、浜辺の空気が少しやわらいだ。




 ───その夜


 待機所は賑わっていた。


 机の上には見た事もない

 陸軍からの缶詰が並んでいる。


「これはなんだべ?肉だべか?美味そうだべなぁ」


「これは…大和煮ですかね…?凄いな」


 玉田も見た事のない缶詰に驚いている。


「ゴボン…ほな、ボン!一言たのむでぇ!」


 チーフが湯のみを掲げる…皆もそれに続く。


「えー…今回の直掩任務お疲れ様!なんとか…やり抜いたな!前回助けた陸軍から、差し入れも貰った。今日は大いにやろう!客人もいるしな!では…乾杯!」


「乾杯!!!」


「隊長…どうぞ」


 九州が取り分けてくれる。


「ありがとう。でも、こんなに違うんだな。缶詰1つとっても…海軍のとは別物だな」


「海軍は『保存して使う缶詰』っち感じで、陸軍は『持って歩く口糧』っち色合いが強かですな。まあ、そげな感じですばい」


「なるほどなぁ…牛缶やコーンビーフはあるが…これは美味いな」


新米が玉田に酌をしている。

俺の背中を預けていた者同士が

酒を酌み交わしている。


不思議な光景に思えた。


「隊長……まさか、こんなところでまた会えるとは思いませんでした」


玉田が俺に酌をしながら話しかけてきた。


「こっちこそだ。無事でよかった」


俺も玉田に酒を注ぐ。

玉田は少し照れたように笑い、酒を受け取った。

戦場のはずなのに…

今夜だけは…

どこか昔の営舎に戻ったような気がした。


「今日の相手…どこ狙ったんですか?一撃で撃ち抜いてましたよね?」


玉田が身を乗り出して聞いてくる。


「んー、、あれなぁ…多分…カウルフラップ…の奥だな。狙ったのは…」


「はぁ!?カウルフラップ…の奥!!そんなとこ狙ってたんですか!というか…よく見つけましたね…流石、隊長!それに…新米君、君はどこを撃ったの?煙吐かせてたよね?旋回機銃で」


「ラジエーターだべ!この前教えてもらったべ!」


「ラジエーター??B25は空冷のはずだから、ラジエーターは無いと思うけど…」


玉田は首を傾げる。

チーフが湯呑みを持って近寄ってくる。


「なぁ、新米…翼下の突起物を撃ったんか?」


「んだ!四角くて…細長いのが発動機の横にあったべな」


チーフは顎に手を当てなから…


「それな、、もしかすると…オイルクーラーかもしれんなぁ」


「お、いる、、くーらー…??だべか?ラジエーター…とは違うだべか??」


新米が頭を抱えている。


「新米っち…それはね…」


九州が一気に湯呑みの酒を飲み干すと

話始める…


「オイルクーラーっちゅうとはね、エンジン…つまり心臓の中ば内側から支えとる液体…人間で言えば“血液”みたいなもんたい。それば冷やす役目ばしとるとよ。これはどの機体にも付いとって、水冷でも空冷でも関係なか。

それからラジエーターやけど、こっちはエンジンの周りば冷やすために、水ば使うて熱ば逃がす装置たい。空気で冷やす場合は空冷っち言うて、だいたいプロペラの後ろから空気ば取り込んで冷やしよると。スピットファイアはエンジンが外から見えんやったろう?あれは空気やのうて、水で冷やしよるけんね…」


九州が丁寧に説明していく。

それを聞いていて…勉強になる。

何となくは分かっているが…

しっかり聞くと理解が深まる。



「んー、…冷えにくい血液を冷やそうとしてた所さ…オラがぶち抜いた…って、ことだべか?」


「そういうことたい。やけん、水の白か煙やのうて…黒か煙が出たとよ。」


「んー。よく分からんだども…良いとこぶち抜いた!って事だべな!…んで…少尉…ウフフフ…隊長は、昔はどんな人だったんたべ?」


新米がニヤニヤしながら玉田に擦り寄った。

よく見ると…湯呑みに酒が注がれている。


「おい!新米!酒はダメだろ!未成年だろ!」


チーフが新米に酒を注ぎながら笑っている。


「ボン!祝いの場やぁ、えぇやないか…憲兵なんておらんしなぁ…それに仲間外れもあかんやろ」


ふと…昔に…玉田が弟の写真を

見せてくれた事を思い出した。

多分…似たような年齢なんだろう…

そう思うと…何も言えなくなった。


「そうですね…隊長は…いつも猪突猛進でしたね!」


「はあ!?ちょ、猪突猛進!?」


皆を見ると笑っている。

新米に至っては、手を叩いて笑っている。


「確かにぃ、旦那は敵さ見つけると…突っ込んでいぐもんなぁ…こっちは、たった一機なんだけんど!」


「隊長、昔からそうでしたよ。前に出るときは、誰よりも早かった…ついて行くのも必死でしたよ、あの頃は」


 玉田は盃を見つめながら、ぽつりと続けた。


「隊長が振り向くたびに、まだ行けると思えたんです。あの人が…そういう人だから、自分も逃げちゃいけないって」


新米が、黙って二人の顔を見比べている。


話の全部は分からなくても

そこに流れているものだけは

感じ取っているらしかった。


「中国戦線の頃だったか」


俺がそう言うと

玉田は小さくうなずいた。


「ええ。暑かったですね。機体の中は蒸すし、地上では砂ぼこりがひどいし、それでも飛ばなきゃいけなかった」


「整備の方も大変だったんだべなぁ」


新米が、ようやく口を挟む。


「そうだ。あの頃は、飛ぶ前から戦いだった」


 玉田が笑う。


「それでも隊長は、いつも変な顔ひとつしませんでしたよ。むしろ、こっちが怒られるくらいで」


「怒ってたんじゃない。お前が無茶をするからだ」


「無茶をさせたのは、隊長の方です」


そう言って、玉田は肩をすくめた。

その一言に、空気が少しだけやわらぐ。


「まあ、今となっては、いい思い出だな」


「ええ。生きてまた会えたんですから」


 玉田は盃を上げた。


「それだけで、十分です…隊長は昔からそうでしたよ」


 玉田が笑う。


「危ないとこほど先に行く。止めても聞かない。こっちが後ろから追いかけるしかなかった」


「……それは今も同じだべ」


新米がぽつりと言うと

玉田は吹き出した。


「でしょうね。そこは全然変わってないんでしょう…変わったら、隊長じゃない」


酒が更に回ってきたのか

さっきよりも表情がやわらかい。


「そういえば…隊長は…敵機を撃ち落とすのも上手かったんですけどね…他の撃墜記録も…隊では、群を抜いていたんですよ」


「何を撃ち落としてたんだべか?」


「…Sの撃墜記録保持者です!」


玉田がニヤニヤしている。


「おい!貴様…それは…」


「事実です!」


新米が不思議な顔をしながら首を傾げている。


「Sっていうのは…強いんけ?」


「そうですねぇ…手練手管の猛者ですからね…素人じゃ太刀打ちできませんねぇ。でも、新米君なら…ある意味…倒せるかも?」


更に新米の首の角度が増す…

首が折れなければいいが…

玉田がそっと…新米に耳打ちする…


「!?!?!?!?!?……!!!!」


「だ、旦那ー!ハレンチだべ!そったらこと…ハレンチだべ!」


Sとは…芸者の事だ。

全く…無垢な新米に話すとは…


「俺も若かったんだよ…もう忘れろよな…玉田…」


「旦那…自重しないとダメだべ!」


「自重もなにも…ここには野郎が4人だけなんだぞ。強制的に自重させられてるわ!」


チーフが湯呑みを掲げて叫んだ…


「自重してもらわなぁ困るわ…毎回出撃すると…リベットが…何個も弾け飛びまくりやで…整備するこっちの身にもなって欲しいわぁ!」


皆がドッと笑う。

この時間が…ずっと続いて欲しい…

それは無理なのは分かっているが…


静かに南方の夜は更けていってた────






お読みいただきありがとうございます!


次が20話…


皆様に読んでいただけたからこそ

ここまで書き続けることができました。


もし読んでくださる方がいなければ……

きっと心が折れて墜落していたと思います(笑)

本当にありがとうございます!


次回更新は7月28日13時30頃を予定しております。

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― 新着の感想 ―
ともぞうさん、毎回愉しく読ませて貰ってますよ。 暑い中、お疲れだとは思いますが、心折れることなく、墜落することなく頑張って下さい。 応援してます✌️✌️✌️
お互いに助かって良かったってほっこりする話なんですけど、こんなやりとりあったんかもなぁと思うとなんか泣けて来てしまいます
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