第17話 敬礼
―――あれは…舞なのか…
ひらりと背面飛行に移り…
華麗に降下し…
一撃で仕留める。
あまりの美しさに
戦場に居ることも忘れて
みいっていた。
「旦那ぁ、いつまで上昇するんだべ。酸素マスク付けた方がいべか??」
「あ、すまん。みとれてしまってな…」
「すんごかったなぁ!旦那もあれやるんけ?」
「やれたらいいけどな…」
そんな会話をしながら周囲を警戒する。
カタリナは哨戒機…
もしかすると報告しているかもしれない。
それにしても…
934空というのは
凄腕の集まりなのだろうか…
空は先程の戦闘が
全く無かったかのように
青々と広がっている。
定期的にターンをしながら
索敵を続けるが
敵は全く見えない。
ふと見ると燃料がだいぶ減ってきている。
「そろそろ潮時かな。船団に挨拶して帰るぞ」
「了解だべ!」
船団の方向に機首を向ける。
だいぶ離れてしまったようだ。
しばらく飛び続ける。
船団が見えてきた。
横でも飛んで挨拶でもしようかと
考えていた時…新米がつぶやく…
「なんで船団の上空に、みんないないんだべ??」
「ん??いない?」
「んだ!一機もいないべ。帰ったんだべか?」
とりあえず船団の上空まで行ってみる。
確かにいない…
もう帰還したのか?
…そう思った瞬間
新米が叫んだ!
「旦那!4時下方!戦ってるだ!」
「何っ!!」
よく見ると2機の大型機に
4機が群がって攻撃している!
向かおうと思うが…
今、行ってしまうと船団の
上空がガラ空きになってしまう。
だが、どんどんとこちらに近づいてくる。
二式水戦が何度か上方から攻撃をしているが
何事も無かったかのように
突き進んでくる。
二式水戦より速度が速いのか…
2機の二式水戦は
引き離されている。
ようやく敵の機体が見えてきた…
双発の直線的な翼、重厚な胴体。
───アメリカ陸軍のB-25ミッチェル爆撃機
それも二機編隊だ。
黄色2本線の機体が
直上攻撃を仕掛けようと
上空から接近している。
「やるのか…あれを…」
固唾を飲んで見守る。
ひらりと回転し背面になると
一気に突っ込んでいく!
「でた!あれだ!」
ぐんぐんと敵機に迫る。
敵機の防御砲火も、もの凄い。
曳光弾が二式水戦の周囲を包み込んでいる。
ドムドムドムドム…
20mmが火を吹いた。
コックピット付近に火花が散り
二式水戦が敵機と交差する。
「やったか!?」
…だが…平然と飛び続けている。
「20mmコックピットに喰らって…普通に飛んでるだと…化け物かよ…」
「…旦那…どうするべ…」
「やるしかないだろ!!」
敵機に向きを合わせる。
黄色二本線の機体が追いついて
再度攻撃をかける。
20mm機関砲の重い音が空に響き
弾丸がB-25の巨体に吸い込まれていく。
しかし――落ちない。
20mmをもってしても強固な装甲に弾かれ、
致命傷を与えられない。
逆に、B-25の各所に配された
12.7mm防御機銃が激しい対空火網を張り巡らせ
二式水戦を寄せ付けない。
何度か攻撃していた2機の二式水戦も
引き離され始めた。
逆に零観とB25の距離は急激に迫る。
船団とB25の間には…
───零観しかいない
「よし!いくぞ!」
スロットルを限界まで押し込む。
零観のエンジンが咆哮を上げ
機体はフロートを引きずりながらも
B-25の上空へと近づいていく。
真上へ回り込んだ瞬間
エースは機体を反転させた。
視界が上下逆さまになる。
見上げるとB25の巨体が見える。
操縦桿を引き付け
一気に急降下する。
真っ逆さまに、垂直に…
重力に引かれるまま
敵のコックピット目がけて突っ込んでいく。
距離五百、四百…
「このまま、操縦席を狙うのか?20mmでも効いてないのに…俺達の7.7mmで…撃ち抜けるのか…」
そんな疑問が頭を巡る…
距離三百…
敵の上部機銃が撃ってきた。
凄まじい砲火だ。
「当たる!?」
焦ってラダーを蹴ってしまった。
敵機の弾丸が操縦席を掠める。
少し敵の後方に流される…
距離二百…
巨大な機体が目の前いっぱいに広がる。
若干後方に流された為
もう垂直に近い形ではない…
もうどこを狙えばいいのか…くそ!
距離百五十…
――目の前を
B-25の巨大な主翼と胴体が
視界いっぱいに広がる。
敵の12.7mm防御銃座が火を吹き、
零観のプロペラ越しに火線が迫る。
手を伸ばせば
敵の弾丸を掴めそうだ。
「どうすれば…」
その時…エースの脳裏に…
ある日のチーフとの会話が甦る…
──空飛ぶくせに、意外と暑がりなんや。熱くなりすぎると機嫌悪うなるし、そこに穴でも開いたら『もう飛ばれへんわ!』ってなるわけや──
一瞬B25のエンジンを見る。
…何か蓋のようなモノが
開いている。
──カウル…フラップ!?
そこなら…その先なら…装甲は…
照準眼鏡の真ん中にわずかに覗く
エンジン内部の漆黒の隙間を捉える。
距離百!
衝突までコンマ数秒の超至近距離。
指に力を込め、7.7mm機銃のトリガーを絞り込んだ。
ドドドドドッ!
7.7mm弾が、
開いたカウルフラップの隙間から
吸い込まれるように内部へと侵入する。
防弾鋼板の無い…
発動機の心臓部をズタズタに引き裂いた。
「どうだ!?」
すれ違いざまに振り返ると
新米が撃ち始めた。
九州の教えが、新米の体に蘇る。
飛行機の激しい振動に負けない、強固な軸。
「ラジエーター見つけただぁ!!!」
ドドドドドドドド!!
エンジン横の長方形の物体に
弾丸が吸い込まれる…
──ボフ!!
「やったべ!当たったべ!白い煙が…あれ?」
B25から黒煙が吹き出した。
エンジンからも炎が出ている。
1機目のB-25の鼻先を、
滑り込むような鋭い軌道で、
機体の限界ギリギリのGをかけながら引き上げる。
機体が軋む。そのまま上昇旋回。
2機目のB-25の上空へと回り込む。
「さっきと同じ感じでいくぞ!」
「分かってるだ!!」
再び反転急降下。
ラダーを蹴り敵の砲火を避けつつ
若干後方に付ける。
カウルフラップの隙間…
ただ1点…そこだけを狙う。
ドドドド、ドドドドドドドド!!
すれ違いざまに新米が撃つ。
新米の放った7.7mm旋回機銃が、
ガチガチに防弾されたはずの
エンジンの脇へ集中する。
次の瞬間、B-25の左エンジンから黒煙が
吹き上がった。
同時に火を吹いた。
激しい炎と黒煙を吹きながら、
よろよろと飛行している。
だが2機ともに船団への
突入コースからは外れたようだ。
片側のエンジンをやられ
飛行するだけでも精一杯のように見える。
エースは操縦桿を引き
再び南国の青い空へと機体を水平に戻す。
じわりと腕に残る、重いGの感覚。
「あれじゃあ、攻撃はもう無理だろう」
「旦那!やったべ!ラジエーターやったべ!」
新米の興奮した声が伝声管に響く。
「おう!やったな!でも、、白い煙だったか?」
「んー、、、、、?黒い煙だったべな」
「黒い煙も出るんだな」
そう言いながら燃料計を見ると
かなり減っている事に気がついた。
その時、新米が叫ぶ!
「4時上方に4機だべ!!!」
「なに!?」
だが…見えない。
新米の目は凄い。
なんとか上昇して高度を稼がなければ…
操縦桿を軽く引き付け
エンジンを全開にする。
ギリギリまで頑張るしかない…
燃料もまだ、上空に留まる分は残っている。
しばらくすると
俺の目でも機影を確認する事ができた。
「…下駄履…履いてるな」
肩の力が抜けていくのがわかる。
934空の交代の直掩機だった。
燃料計をみると、そろそろ帰投しないと
基地に戻れなくなる。
「新米、席を正面に戻せ!船団に挨拶して帰るぞ」
「了解!」
船団の真上に来る。
点々とある雲の隙間からは
甲板で沢山人々が手を振っている姿がある。
旗を振っている人も見える。
操縦桿を前に倒し
2隻の間に機首を向け降下する。
雲を抜けると
陽光を受けた船団が
静かな海に白い航跡を曳いていた。
「全船、異状なし――」
思わず息が漏れる。
俺は操縦桿を軽く右へ倒した。
翼端からは細く白い雲が流れ
機体は船団の艦首へ向かって滑り込む。
高度は二十メートルほど。
見張り員の顔まで見える距離だ。
甲板では何人もの水兵がこちらを見上げていた。
「旦那……みんな見とるだべ」
「少しだけ、付き合え」
船団をかすめるように駆け抜ける。
操縦桿を左へ倒す。
機体は軽やかに三百六十度ロールし
再び水平へ…
白い雲が船団の間を舞う。
「おおっ!」
甲板から歓声が上がる。
船団のかすめるように通り過ぎると
操縦桿をゆっくり引く。
機体は空へ向かって弧を描き
そのまま一回転。
白い大きな円を描いた。
青空と海が入れ替わり
再び船団が正面へ戻ってくる。
「…海…綺麗だべ!」
後席から新米の声が響いた。
降下に移る。
今度は船団の中央を縫うように飛ぶ。
「船団に対して…敬礼!」
右手を帽子へ。
ほんの一瞬だけ敬礼する。
手を振る者…
甲板でも帽を振る者…
小さく敬礼を返す者…
この空は
この船団は
なんとか護りぬいた…
その証を残すように
船団の間を静かに駆け抜け
白い雲を引きながら
再び高度を上げて南の空へ消えていった───
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次回更新は7月23日(木)
13時30頃を予定しております。




