第14話 職人
――チーフが機体を確認している。
「今回は特に弾は喰らってないようやし、外板のつけ直し位で、すみそうやわ。お前ら頑張ったな!小川で冷やしてるヤシの実でも飲んでたらえぇわ。俺らもすぐに戻る。明日は天気荒れそうやし、今日はもう店仕舞いや。今日の話も聞きたいしな!」
待機所に戻ると、
新米が横に流れている小川から冷やしていた
ヤシの実を取ってきた。
慣れた手つきでくり抜いている。
「旦那、冷えてて美味そうだべ。」
「おぉ!ありがとう!」
ほのかに甘みがある。
疲れた体に染み渡る。
二人で味わっていると新米が話しかけてきた
「旦那。今日はこの前より高く飛んでたべな?あれは、なんでだぁ?」
「そうだなぁ…俺たちの乗ってる零観ってな、正直…速い機体じゃない。むしろ遅い!だからこそ、高度を速度に変える必要がある」
新米が眉間にシワを寄せる。
「高度を……速度に、だべ?」
「そうだ。水平で追っても間に合わない。
だが、上にあがってから降りれば、その高度がそのまま速度になる。つまり、上で“貯めた分”を、一気に使うんだ」
「貯めた分を…つかう??」
更に眉間にシワが寄ってくる。
そこへチーフと九州が帰ってきた。
九州はなぜか一升瓶を抱えて戻ってきた。
中には白く濁った液体が入っている。
エースは一瞬首をかしげたが、
九州は何事もないように湯呑みを並べ始めた。
「なに難しい顔しとるんや?新米?」
「なして高く飛ぶかを、旦那にきいてるんだべ。
そしたら、貯める…とか…んー…。そんなに敵は速いんだべか?そんなに気にはならんかったけんど」
「そりゃー全然ちゃうで!月とスッポンやがな!」
「月と…?スッポン…だべか????どんだけ違うんだべ?」
「せやなあ…零観がスーって感じだとするやろ。敵機は…やなぁ…ギューーンって感じや!ギューーン!」
「ギューン??」
新米が天を仰いでしまった。
理解に苦しんでいるようだ。
「速度でいうと、150キロくらい差があるとよ」
九州が助け舟を出す。
「150キロ!…って、どんだけ違うべな??」
九州は持ってきた一升瓶の中身を
4つの湯呑みに注いでみんなに回してゆく。
そして…
自分の前にある白濁した飲み物を
一気に飲み干して…
話し始めた。
「そうですねえ、新米っちの地元にはイヌワシおるとですか?」
「いだなぁ!でっけーの!」
新米は目を閉じ腕を組んで
故郷の山の事を思い出しているようだ。
「イヌワシが普通に飛びよるときは、だいたい100キロくらい言われとりますけん。やけん、止まっとる新米っちをイヌワシが追い抜いていく感じたい」
九州は説明を終えると、
また何も言わず白濁した液体を湯呑みに注ぎ、
くいっと飲み干した。
「そったら速いのけ!!」
「そいで、新米っちの周りば回りよる感じですたい」
即座に理解できたようだ。
九州は新米に分かりやすく説明するのが上手い。
俺も気なる部分を聞いてみる。
「実際はどれくらいなんでしょうか?」
「せやなぁ、、メッサーシュミット…シュミットな!
…は、550キロ位は出たと思うわ。零戦の22型でも540キロ位だったはずや。180キロ近くは違うやろな」
「イヌワシの2倍だべ!はえーなぁ!でも、旦那ぁ…そんなに速く感じなかったど」
「降下して速度を稼いでいたし、相手もいつも全速で飛んでいるわけじゃないからな」
「せやからな、ボンは高度を高く取って降下して速度を稼いで仕掛けるんや。今までの戦い…だいたい上から被ってやろ?そこが腕やな!零観みたいな機体は、最初から速さで勝つんやなくて、高さを速度に換えて勝負するんや」
九州が静かにうなずいた。
そして、また湯呑みを飲み干す。
この液体はなんなんだろう?
と、思いつつも美味しいヤシの実の汁を
飲んでしまう。
「ほんでな、攻撃したあとにも上がる。これがまた大事なんや。一回当てたら終わりやない。上昇して次の位置を取らな、また同じ高さで戦うことになる。それやと零観の強みが死ぬんや」
「……攻撃して、上がるべか?」
九州が指先で空中に線を描く。
「一撃したあと、そのまま低空に居座っとったら、遅か機体は不利になるっちゃ。けど、上がり直せば、次の索敵につながるとです。高かところから見れば、敵の動きもよう見える。攻撃と索敵は別々やなかと。上昇ば挟んで、つながっとるとよ」
新米はゆっくり息を吐いた。
「なるほどなぁ……。つまり、高度ってのは、速さを作って、また見つけて、また攻めるために使うもんなんだべな」
「その理解でいい。零観は遅い。だから速度が要る。速度を得るには、高度を使う。攻撃のあとには上昇し、また索敵に戻る。その循環があって初めて、機体の性能を戦いに変えられる」
チーフは満足そうに頷いた。
「ただなぁ、新米…これだけはいえる。普通の搭乗員と組んでたら、こないな戦い方はせんな。ボンと組んでるからそういう戦い方になっとる。考えながら飛ぶってちゅうんは、大切なんや。」
九州が外の空を見上げる。
「空は広かばってん、何もせんと勝てんとです。上がる、下がる、当てる、また上がる。その繰り返しで、遅さば埋めるっちゃ」
そう言うと、また湯呑みの液体を飲み干した。
チーフも湯呑みを飲み干し、ニヤリと笑った。
「なんや九州…今日は、よう喋るやんか!」
九州は空になった湯呑みを見つめ、小さく笑う。
「チーフの作ったヤシ酒…効きますたい!」
「それ、三杯目やぞ」
「四杯目ばい」
「飲みすぎやろ!」
これは自家製酒だったようだ。
匂いを嗅いだが…
とてつもなく独特な強い匂いがする。
1口飲んだが、喉が焼けそうだ。
前から少し気になっていた事があったので
聞いてみる。今日の九州なら答えてくれそうだ。
「そういえば……いつも『チーフ』って呼ばせてますよね?なんでですか?俺は整備長って呼んでますけど」
チーフが湯呑みを眺めながら語りだした。
「それなぁ…エンジンの勉強してときにな、英語の勉強もしたんよ。それでな辞書にな、『Chief』って載っとったんや。『長』とか『親分』とか、そんな意味らしい。これやわー!っておもったわ!かっこええやん!」
「それになぁ…長…とか言われるん、ムズムズするんや…偉そうやん!嫌やわ!チーフがえぇ!チーフ!」
九州が少し考えて……
ヤシ酒を煽る。
「昔、一度だけ『整備長』って呼んだことがありますたい。」
チーフが慌てて手を振る。
「やめろや!その話はアカン!」
九州は笑いながら続ける。
「最初は整備員みんなで反対したとですけどね……。」
「でも、頑として変えんとですよ」
「そのうち、みんな諦めました。」
俺も思わず笑う。
「みんな諦めたんですか…困った人だなぁ」
「しかも、一回基地のお偉いさんに怒られたことあるんですたい。『チーフは敵性用語だ! 日本語で呼べ!』って。」
新米が目を丸くする。
「そったら、どうしたべ?」
チーフが胸を張る。
「そんなん言われてもなぁ!『飛行機かて、もともとは外国人が考えたもんや! 呼び方が、敵性用語でつこうたらアカンいうんやったら、うちらが整備してる飛行機も元々は外国製や!つこうたらあかんやろ。飛行機なんか止めて、刀と槍と弓で戦わなアカン!』って言うたったわ!」
一瞬、部屋が静まり返る。
九州が苦笑いする。
「……あの日は、大変でしたたい。」
「まぁ、営倉送り一歩手前やったもんなぁ。」
「でも、結局『チーフ』のまんまやったとよ」
あんぐりと口を開いていた新米が一言
「そ、それでもチーフがいいんだべか?」
「大事やぞ!呼ばれる方も気分っちゅうもんがある!」
みんなで笑ってしまう。
さらに聞いてみる。
「じゃあ……俺の『ボン』は?」
チーフが少し真顔になる。
「あぁ、それなぁ…最初会った頃、お前さんな…まだ子供みたいやった。好きなもん取り上げられて…イジけてる感じのな!…せやからボンや。」
「でも今はなぁ…」
「立派な隊長さんや!せやけど、今さら変えられへん!ボンはボンや!」
そう言うと…
チーフは湯呑みの酒をぐぃっと飲み干した。
確かに…当時はイジけていたかもしれない…
そんなことを思い出していると…
俺の湯呑みに酒を注ぎながら
チーフが話しかけてきた。
「そや!オレからも聞きたいことあんねん」
「なんでしょうか?」
「ボンお前…機銃撃つ時…どこ狙ろうとんねん」
「…???…機体ですけど…」
「機体のどこ狙ろうとんねん…って、話や。敵が落ちん!落ちん!って言うとるやろ」
「胴体ですかね…当てやすいし」
「そらアカンわ」
九州も湯呑みの酒を飲み干す
「ダメですねぇ。胴体は当てやすうても、落とすには弱かです」
「……だ、だめなんけ?」
「当てるだけやない、落とすんや!…というかな、ボン…むか~し撃ってた感覚で弾当てとるやろ?」
「えぇ…まぁ…」
俺も湯呑みの酒を飲んでみる。
凄い…一気に体が熱くなる。
九州が俺の湯呑みに酒を注ぎながら…
「隊長……もう時代が違うとです。昔より防弾板もつけとるし、装甲も強うなっとりますたい」
確かに…昔の感覚で射撃していたが…
そんなに違うのだろうか。
だが、確かに今回確実に落とせたのは
操縦席を撃ち抜いた時だけだった。
「エンジンにも当てたんですが…火が消えました」
「それなぁ、消火装置入っとんねん」
新米が不思議そうな顔をしている
「消火装置ちゅうとは、エンジンが燃えた時に火を消す装置のことたい」
「すっごいなぁ!それウチのにも付いてるのけ?」
「我が―――
大日本帝国海軍―――
観測機に――
消火装置など―――
ありゃせん!
気合いや!気合い!」
「気合いで消えるんけ!?」
「そや!急降下して消すんや!気合い!…と言いたいとこやが、メッサーシュミット見た時はもう付いとったわ。…何年も前の話やけどな」
「そういうとこは遅れとるとです」
そう言うと、チーフと九州は湯呑みの酒を飲み干してしまう。
「だからなぁ、狙うとこ考えて撃たなぁ…落ちへんのよ。今の敵はな。俺は直接戦っとらんから…何とも言えへんけどなぁ…これだけは言える。進歩してるんよ…技術は…」
なるほど…俺は進歩してなかった。
ただ昔のまま飛んでいるだけだった。
「でもなんや、横っ飛びとか編み出したんやろ?それと同じや。必殺技編み出したれ!そやなぁ…秘技!乱れ撃ち!…みたいなやつ…どや?かっこええやん!」
九州が真顔で答える
「弾ば無駄にするんは、ダメですたい」
「じょ、冗談やがなぁ。直ぐ本気にしよる」
チーフは、苦笑いしながら九州の湯呑みに酒を注いでいる。
「撃つ場所を、考えないといけないんですね」
そう言うと、俺は湯呑みを置いた。
「そうやぁ…昔のままやったら、届かん相手もおる」
九州が静かに笑って、湯呑みを置く。
「そげんです。空戦は、当てた方が勝つとじゃなくて、落とした方が勝つとです」
チーフが最後に湯呑みを持ち上げる。
「ほな、零観職人への第一歩や!乾杯!!」
みんなで乾杯をして湯呑みを飲み干した。
よく見ると新米も飲み干してしまった。
大丈夫だろうか。
だが…
敵を落とす撃ち方…これは研究せねば―――
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次回更新は7月16日13時30頃を予定しております。




