第11話 死線
―――隊長、よろしかですか?
九州が、話しかけてきた。
「ん? なんだ?」
おにぎりを頬張りながら、俺はそう返した。
「この辺の地理は、把握しとられるでしょうか?」
「ま、まぁ……それなりには……」
そう答えたものの、本当はほとんど覚えていない。
前線から外され…
戦闘機隊からも外され…
水上機――しかも観測機への転属…
着任前に説明はあった。
だが…
あの頃の俺には周辺知識など
どうでもいいことだった。
九州はそんな俺を見て、少しだけ笑った。
それから奥のタンスを開けると
地図を一枚取り出してきた。
「私たちがおるとは、ここですたい。西に行けば油田があります。東に行けばニューギニアです。ニューギニア方面は、ここ最近かなりざわついとります。情勢は、かなり切迫しとるごたあばい。ガ島も撤収したようです。ラエも危なかようです。敵さんは、こちらに向かってくると思われます。」
九州はそこで、スッ…とメガネを外した。
「隊長はさっき、基地ば探しに行くっち言われた。ばってん、あんまりおすすめはせんです。あの機体は速度が遅かけん、敵に見つかったら逃げきれまっせん。むしろ……来る相手に備えて、迎撃の準備ばした方がよかです」
その言葉に、俺は思わず九州を見返した。
九州が、ここまではっきり意見するとは
思っていなかった。
九州がメガネをかけ、新米に声をかける
「新米っち。チーフに、隊長はちょっと遅れるっち伝えてきてくれんか?」
「九州兄貴、わかったべ!」
新米は勢いよく返事すると
風のように走っていった。
「隊長…無理ばせんでください」
「分かった。ありがとう。たしかに、その通りだな。とりあえず……試運転いってくる!」
そう言って、俺は零観のもとへ向かった。
倉庫の中では、チーフが待っていた。
「こいつに飯も喰わせた。いつでもいけるでぇ!」
そう言うと、チーフは零観の胴体をバンと叩いた。
「出撃だ……砂浜まで押して行くぞ」
倉庫から四人がかりで、零観を砂浜へ押し出す。
さすがに、完全整備は砂浜ではできない。
いったん砂浜から出し
線路のような道を押して倉庫へ戻し
そこで整備するのだ。
だが、出すのも戻すのも、一仕事だった。
転輪が付いとるとはいえ、それなりに重い。
エンジン始動。
轟音が、島に響いた。
チーフが操縦席の横へ来る。
「整備は、完璧……な、はずや! でも無理はすんなや! とりあえず、調子見なあかんで!」
「了解!」
「新米、準備は?」
「いつでも!」
チーフと九州に敬礼し、離水する。
エンジンの音は好調だった。
機体は、ふわりと浮き上がる。
「修理前より、ずっといいんじゃないか!」
機体を確認しながら飛行を続ける…
しばらく飛ぶと、遠くで何かが光った。
そちらに機首を向ける。
…また、光った。
目を凝らすと、クルクルと動く点が複数。
近づくと…
断続的な発火、そして空中で散る白い曳光。
「……戦ってるな」
そう呟くと、後ろの新米が身を乗り出した。
「旦那、あれ……隼でねっけ」
「隼だと?」
目を凝らすと、たしかに小さな単発機が一機。
それに四機の敵機が群がっている。
「一対四……か」
思わず息が詰まる。
ただ隼の動きはどこか硬い。
負傷しているのか?
それとも経験が浅い搭乗員なのか…
「旦那!敵は…?なんか前のと…違う…べな?」
たしかに…翼が楕円ではない。
チーフが、言ってた新型か?
マークは、、オーストラリア?か?
だが…観察している場合ではない。
隼の周りには曳光弾が無数に飛び交っている。
数が違いすぎる。
あれでは…もたない。
「旦那……」
後ろの新米が…ただ低く呼ぶ。
それきり黙った。
「行くに決まってんだろ!この前の借りは返さないとな!」
「はい!!」
俺は操縦桿を握り直した。
でも、なんで単機でいるんだ?
はぐれたのか?
味方は?
そんな事をふと考えていると
一気に距離が詰まる。
下では隼が必死に旋回してる。
「割り込むぞ!」
一気に機体を降下させる。
隼を追ってる敵に一撃…
ドド、ドドドドドド
機銃弾が敵機に吸い込まれる。
だが敵は何事もなかったかのように飛んでいる。
「くそ!硬えなぁ!」
だが敵機は隼の追撃を止め離脱する。
「旦那!7時上方急速接近!」
ドドドドドド―――新米が射ち始める。
敵の曳光弾が
後ろから追いかけてくる…
「…なんだ、見越し射撃もできないのか…」
行く手を遮るように撃って来る相手は怖いが…
後ろの敵はそうではない…
そこまで上手くないようだ。
急旋回でかわす。
速度差があるため、敵はすぐに追い抜いて
遠くにいってしまう。
一旦、上昇。
隼は…と、周りをみると
下の方でまだ他の敵機に追われている。
その時、新米が叫ぶ
「2機突っ込んでくるべ!」
さっき撃ち込んだ敵機は見えない…
あと3機…。
隼の後ろの奴を、早く何とかしなければ…
「新米!撃ちまくれ!」
そう叫ぶと一気に急降下した。
曳光弾が、掠める。
―――整備は、完璧…な、はずや!でも無理はすんなや! とりあえず、調子見なあかんで!―――
「…整備長すみません。調子見は……無理でした!!」
隼を追う敵機に近づく。
速度計が凄い勢いで回転してる…
翼がバタバタと、振動し始めた…
…どんどん激しくなっていく
「旦那!翼がモゲそうだべ!」
「分かってる!!もう少しだ!」
とうに限界速度は超えている。
機体が空中分解しそうだ。
凄いスピードで敵機が迫る。
だが敵はこちらに気がついていない。
「敵を追ってる時も…後ろは見ろって、、教わってるだろ…お前らもさ!」
ドドドド!ドドドドド!!
隼を追ってる敵機に一撃を入れる。
エンジンから、炎が一瞬上がる!
…が、消えてしまった。
「消えるのかよ…」
機体を引き起こす。
その瞬間…
―――バンバンバンバン!
聞いたこともない音が響いた。
「撃たれたか!新米どうだ?」
「……??敵機は、後ろで旋回して向かってはきてるだども…でんもぉ…離れてるだよ」
「そ、そうか…なんの音だったんだ?」
不安になったが…
今は、そんなことを心配している場合じゃない。
もう後ろの敵機は迫って来ている。
だが…一瞬…
隼を追うように敵機の機首の向きが変わった。
「そっちじゃねー!」
無理やり敵の軸線に機体をねじ込む。
「こっちこいやー!」
そう叫んだ瞬間
敵機がこちらへ向きを変える。
機銃が火を噴いた。
曳光が、すぐ横を掠める。
「……っ!」
反射的に操縦桿を倒し、機体をずらす。
次の瞬間、もう一筋、弾が飛んでくる。
今度はさらに近い。
頬のすぐ脇を抜けるような感覚に、背中が冷えた。
「まだ来るか……!」
敵は容赦しない。
一機を引きつけたと思えば、
もう一機が後ろへ回り込もうとする。
操縦桿を倒そうとした瞬間…
新米の悲鳴のような声が聞こえてきた。
「だ、旦那!銃が…銃が撃てねぇだ…!」
「なら黙って見とけ!」
そう返しながら、俺はさらに機体を振った。
だが、追い詰められている。
降下しても…回っても…すぐに追いつかれる。
―――また一撃。
今度はさらに危なかった。
機体の脇を走った曳光が、
薄い金属音を残して消える。
「くそっ……カッコつけたのはいいが…」
思わず歯を食いしばる。
このままでは、いずれ捕まる。
その時だった…
―――ふと…
新米が首を傾げながら
飛び跳ねていた姿が頭をよぎった―――
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次回更新は7月10日13時30頃を予定しております。




