決戦
――帝都・西区、ルード・サミエル邸。
憲兵隊の部隊が一斉に扉を破り、日差しが差し込む中で屋敷に雪崩れ込んだ。
しかし、中は静まり返っていた。人の気配はなく、どの部屋も無人。
屋敷の中は、外観以上に荒れていた。積まれた書類、ほこりを被った家具、乱雑に置かれた食器。
だが、その散らかりぶりとは対照的に――壁に並ぶ額縁だけは整然と飾られていた。
ルイがが目を細め、ひとつの額縁をじっと覗き込んだ。
「……士官学校の卒業写真?」
そこに映っていたのは、ルード・サミエル。
制服の胸元には、銀色に鈍く光る小さなペンダントが下がっていた。
(……おかしいな)
違和感が胸を刺した。だが、その時――。
「隊長!こっちに来てください!」
「……これは」
エリスが呆然とつぶやく。
作業机には分解途中の爆弾、散らばる部品。
陽光を受けたそれらは不気味にきらめき、まるで生き物のように息づいて見えた。
「完全に……工房だ」
ルイは険しい顔で机の上の図面を手に取った。
そこには会場の見取り図と、要人の動線が赤い線で記されている。
さらに奥の引き出しを開けると――束ねられた写真が現れた。
エリスは思わず息を呑む。
写っていたのは、アルベルト。
王宮での公務、視察で人々と握手する姿、自室の窓辺で本を読む横顔。
一枚一枚に赤い印が打たれていた。
「……狙いはアルベルト」
エリスの声は震え、怒りを帯びる。
「ずっとアルベルトを狙っていたのか!」
ルイの拳が震えた。
その時、憲兵の一人が叫ぶ。
「放送です! すぐ見てください!」
作戦室の水晶球が起動し、光のスクリーンに帝都広場の映像が映し出される。
真昼の光を浴び、壇上に立つアルベルトの姿。
『――このような卑劣な爆破に屈してはならない! 人も魔族も、平和を信じる心こそが我らの力だ!』
陽光の下で、堂々と演説する声が響き渡る。
群衆の拍手と歓声。しかしその中に、ルイとエリスは恐怖を見た。
「……まずい」
「この演説会場が狙われてる!」
二人は同時に駆け出した。
ユートナ隊長も顔を強張らせ、外套を翻す。
「全隊、至急会場へ!アルベルト殿下を守れ!」
光り輝く昼の広場で、新たな惨劇が始まろうとしていた。
「隊長、私たちは先行します!」
エリスが鋭く声を上げるや否や、軽やかな身のこなしで馬へ飛び乗った。
「わ、待って……!」
慌ててルイも後ろへ飛び乗り、半ば抱きつくような格好で鞍にしがみつく。
「分かった。気をつけろ!」
ユートナ隊長の声が背後から響く。
「憲兵隊は馬車で追う!」
蹄鉄が石畳を叩き、火花が散る。
エリスの操る馬は矢のように走り出した。
風を切る轟音。
軍人として鍛え抜かれた体幹で、エリスは手綱を自在に操り、背後のルイを振り落とさぬよう馬体を巧みに制御していた。
「本当に……爆弾があるの?」
風切り音に負けじと、エリスが叫ぶ。
「ああ。奴の部屋に迎賓館とは別の爆弾の設定図があった」
「でも、何処に……」
「広場の造りはすり鉢状だ」
ルイは息を切らしながら答える。
「被害を最大にするなら……中央だ」
「中央……ってことは……」
エリスの声が震えた。
「ああ――アルベルトの真下だ」
一瞬、二人の間に重い沈黙が落ちる。
だが次の瞬間、エリスの瞳は決意を帯び、強く前を見据えた。
「なら、間に合わせる!」
彼女は馬腹を蹴りつける。
全力を尽くす騎馬の轟音が、帝都の大通りを貫いた。
ーー帝都広場・群衆
エリスとルイの馬が広場へ飛び込む。
真昼の太陽を浴び、数百人の群衆が壇上を取り囲んでいた。アルベルトの演説する声が響き渡り、人々の熱狂は最高潮に達している。
「……間に合った!」
ルイは鞍から飛び降りると、一直線に壇上へと走った。
「ルイ! 私はルードを探す!」
エリスは群衆に視線を走らせ、黒い影を探しながら人波に紛れ込んでいった。
だが、壇上に近づこうとした瞬間、屈強な近衛兵に両腕を掴まれた。
「止まれ! お前、誰だ!」
「……っ!」
時間がない。ルイは喉を震わせ、叫んだ。
「俺は爆弾犯のルイ・ハーシェルだ! 爆弾を持ってる!」
その言葉は雷鳴のように群衆を駆け抜けた。
悲鳴。ざわめき。たちまち広場は騒然となり、人々が押し合いへし合いながら出口へ殺到する。
「な、なんだと!?」
兵士たちは怯み、一歩後ずさる。掴んでいた手も緩んだ。
その隙を突き、ルイは壇上へと駆け上がった。
「待て! 止まれ!」
他の兵士たちが剣を抜いて立ちはだかる。
だが――。
「やめろ」
凛とした声が響いた。
壇上の中央、アルベルトが手を挙げて兵士たちを制したのだ。
「下がれ。……彼を通せ」
「ですが、殿下!」
「私がいいと言っている!」
兵士たちが困惑のまま退いた。その中をルイは必死の形相で駆け寄る。
「アルベルト……!」
息を切らし、額から汗を垂らしながら、ルイはアルベルトの耳元に迫った。
「この壇上の下に爆弾が仕掛けられている! すぐに避難を――!」
ルイの声は必死だった。
しかし、アルベルトは動かない。
真っ直ぐに観衆を見据え、毅然とした姿勢を崩さなかった。
「いいや、私は逃げない」
静かだが揺るぎない声。
「ここで背を向ければ、民は恐怖に屈するだろう。人も魔族も、平和を信じる心を失ってしまう」
「アルベルト! そんなことを言ってる場合じゃ――!」
ルイは掴みかかるように叫んだ。
「爆弾はもう稼働してる!時間がどれぐらいあるかわからない。解除は不可能かもしれない!」
アルベルトはちらりとルイを見やり、穏やかに微笑した。
「君がいるだろう、ルイ」
「……っ!」
その一言が、ルイの胸を鋭く突いた。
ーー帝都広場・外周
一方その頃。
群衆の波をかき分けながら、エリスは鋭い視線を走らせていた。
そして――見つけた。
人混みの中、冷たい眼差しで壇上を見上げる黒衣の男。
「……いたわね、ルード!」
剣を抜き、疾風のように駆け込む。
ルードもまた短剣を引き抜き、金属音が真昼の空気を切り裂いた。
「エリス嬢……やはり現れましたか」
「卑劣な真似、ここで終わらせる!」
火花が散る。
人々の悲鳴が響く中、二人の刃が激突した。
ーー群衆の悲鳴が渦巻く帝都広場
壇上ではアルベルトが兵士に取り囲まれながらも、毅然と声を張り上げていた。
『恐れるな! 人と魔族の未来を信じろ! 我らは屈しない!』
その声は中継水晶を通じて帝都全土へ流れ、混乱の中にあってなお人々の胸を震わせていた。
「……時限式だと!?」
ルイは爆弾の鉄箱に浮かぶ魔導刻印を睨みつけた。
赤い光で刻まれた数値――残り百秒。
無数の導線が脈打つように震えている。
「解除は……間に合わない……!」
ルイは歯を食いしばり、工具を叩きつけるように仕舞った。
決断は一瞬。
「なら……運ぶしかない!」
両腕で鉄箱を抱えた瞬間、ずしりとした重さが身体を押し潰す。
だがルイは叫んだ。
「邪魔だッ! 退けぇぇッ!」
避難に遅れる市民をかき分け、石畳を蹴り水路へ一直線に駆け出す。
残り八十秒。
「サミエルッ!」
外周の群衆の中、エリスの声が鋭く走った。
黒衣の影が振り返る。冷たい笑みと共に短剣を抜いた。
「やはり来ましたか、エリス嬢。邪魔をするとは愚かですね」
火花。
剣と短剣が激突し、金属音が真昼の空気を裂いた。
「卑劣な真似……ここで終わらせる!」
「終わるのは貴様だ!」
サミエルの刃が閃き、エリスの頬を掠め赤い線を描く。
だが彼女は一歩も引かず、鋭い眼光で食い込むように踏み込んだ。
――ガキィン!
強烈な剣圧が短剣を弾き飛ばし、石畳に火花を散らす。
「……っは、はぁっ!」
ルイの呼吸は荒く、肺が焼けるようだった。
爆弾は重く、魔将石は脈打ち、残り三十秒。
頭の奥で「間に合わない」という声が木霊する。
それでも彼は足を止めなかった。
石橋を目指し、必死に足を前へ突き出す。
「俺が……ここで止める!」
「くっ……!」
サミエルが押される。
彼の狂気じみた笑みが汗に滲み、瞳に焦燥の色が差した。
「これで……終わりよ!」
エリスは叫び、渾身の力で剣を振り下ろす。
ガギィン――短剣がへし折れ、サミエルの身体が石畳に叩きつけられた。
「あとは……」
エリスは、広場中央を見つめていた。
残り十五秒。
ルイは橋を越え、水路の上へと飛び出した。
「間に合えぇぇぇッ!」
最後の力を振り絞り、爆弾を渾身の腕で投げ放つ。
――直後。
轟音。
水飛沫が爆炎を呑み込み、黒煙が昼空を覆った。
爆風が広場全体を震わせ、市民の悲鳴が消えた。
だが――被害は、なかった。
ルイは石畳に膝をつき、荒い息を吐いた。
「……ふぅ……ギリギリ、だな」
「ルイ!」
サミエルを剣で押さえ込んだエリスが駆け寄る。
血と汗に濡れた顔で、それでも彼女は安堵の笑みを浮かべていた。
「大丈夫だ……爆弾は処理した」
ルイはかすれた声で応え、剣に押さえられて地面に伏すサミエルを睨みつけた。
「これで終わりだ、サミエル!」
その言葉に、サミエルの口端が吊り上がる。
「……終わり? はは……ははははは……」
押さえ込まれたまま、狂気じみた笑いが広場に響いた。
次の瞬間、彼の唇から赤黒い血が流れる。
「なっ……!」
ルイとエリスの目が見開かれる。
サミエルの身体が痙攣し、青黒く変色していく。
「こいつ……毒を……!」
ルイが叫んだ。
「誰か! 医療班を――!」
エリスの声が広場に響いたが、もう遅かった。
サミエルの眼は虚ろに開かれ、笑みを浮かべたまま動かなくなった。
広場の中心では、アルベルトが壇上に立ち続けていた。
憲兵たちが必死に避難を促すが、彼は動かない。
『見よ! 我らは恐怖に屈しない! 人と魔族の平和は、必ず守られる!』
その姿は水晶中継で帝都全土に流れ、帝都の民衆に「希望」として刻まれた。




