第2話「終焉の魔獣、その名は①」
俺、咲凪悠斗は寝不足だった。
時は昨日の放課後、”何か”を黒羽が倒し、契約をしたときに遡る。
「---これは契約だ。貴様は我とともに虚空を喰らいし者、ヴォイドイーターを殲滅するのだ」
「ヴォイドイーター…それがあの黒い奴の名前なのか」
「我が力のことは同郷の盟友に知られるわけにはいかない。
…巻き込んでしまうからな」
「同郷の盟友…ただのクラスメイトだけどな」
「では行くぞ、契約者よ」
「は?どこに?」
黒羽は黒いコートをバサッと翻しながら答える。
「決まっている。ヴォイドイーター狩りだ」
「え、マジで?俺さっき死を覚悟したばっかりなのに?」
「安心しろ。我がいるだろう。すべて薙ぎ払ってやる。とうっ!」
そういうと黒羽は走り出してしまう。
「あ、ちょ、待てって!」
慌てて追いかけるが、すぐに黒羽は走るのをやめ、歩き出す。
結局、ヴォイドイーターが出ることはなく、俺は延々と黒羽の
武勇伝?を聞かされながら帰宅した。
家に着いたのは、22時を指し示すころで、俺は両親にこっぴどく叱られた。
---そして、今に至る。
「眠い…」
机に突っ伏したまま俺は呟く。
俺の高校生活、マジでどうなるんだ…?
「おっはよー!悠斗!!」」
元気のいい声と共に、いきなり背中をバシっとたたかれた。
「ぐぇっ!?」
振り返ると、そこにはよく知っている男がいた。
茶髪、爽やかな笑顔。無駄に整った顔と無駄に高いテンション。
日向太陽。
俺の幼馴染であり、クラス一うるさい…元気のある男だ。
「死にそうな顔してんな―。徹夜でゲーム?俺も誘えよー」
「違ぇし。人生について考えてたんだよ」
「高校一年生で?」
「高校一年生だからだよ」
太陽は「わからんけど深ぇ~」と言いながら俺の前の席に座った。
「てかさ」
太陽がニヤニヤしながら身を乗り出してくる。
「昨日、黒羽と一緒に帰ったらしいじゃん」
「は?なんで知ってるんだよ」
「女子ネットワーク舐めんなよ?」
「お前女子じゃねぇだろうが」
「冗談冗談。たまたま見た友達が教えてくれただけ。
にしても、まさか悠斗が黒羽と付き合うなんてな~」
「いやいや!は?付き合ってねぇからな!?」
「わかってるって。今のも冗談だから」
「ったく…」
そんなやり取りをしていた時。
「…契約者」
いつの間にか俺の隣の席に、黒羽澪が立っていた。
今日も今日とて眼帯、包帯、黒コート。
完璧である。
「おう、おはよ」
「うむ」
「おぉ!黒羽!おはよー!」
「誰だ貴様」
挨拶に対しての返しがこれである。
「いやいやヒドいなぁ。もう入学して一か月経つのに。同じクラスの日向太陽だよ―。席も黒羽の斜め前だし」
「太陽…?まさか貴様、太陽神アポロの転生体か!?」
「そうそう!我こそがアポロである~」
「やはり貴様が…クッ。まさか神と遭遇するとは…」
「違うだろ」
「えー。ノリ悪いぞ悠斗ー」
「お前ら二人とも乗りだけで会話すんな」
すると、黒羽が不満そうな表情を浮かべる。
「なんだ。太陽神ではないのか」
「いや信じるなよ」
朝から疲れる会話である。
だが、昨日まで教室の端に一人でいた黒羽と、こうして普通に会話している。
それは少しだけ、不思議な感覚だった。
◇
「では、小テストを返す」
数学の時間。
教師がテストを返却し始める。
「赤点取った奴は放課後補習だからな」
教室内が不満の声であふれる。
確かに今回の小テストは少し難しかった。
だが俺は安心していた。
自慢じゃないが、俺は割と勉強ができる方だ。
それに今回の赤点ラインは二十点。
百点中の二十点だ。
そんな点数を取るはずがない。
「咲凪、七十八点」
「はい」
全然セーフ。むしろ高得点である。
「日向…十八点」
「っしゃあ!」
「何がっしゃあだ。赤点だからな」
クラスに笑いが起きる。
「いや~、二桁は頑張ったわ」
「目標低すぎるだろ」
「黒羽…」
教師が黒羽の名前を呼び、黒羽は堂々と教師の目の前に立つ。
「…四点」
教室が、静まり返った。
黒羽はフッと笑う。
「案ずるな。この世界の数式など、我にとっては児戯に等しい」
「児戯以下だっただろ」
「黙れ契約者」
「というわけで、日向と黒羽は放課後補習だからな」
「はぁい」
「たまには下界のシステムに付き合ってやる」
「下界言うな」
「…契約者よ、嫌な予感がする。貴様も放課後残るがいい」
「え?いやいや。そんなこと言って補習に付き合わせるだけだろ」
「フッ。まぁ、貴様には最初から契約者としての義務があるからな」
「補習に?」
「補習に」
今までで一番真剣な顔だった。
その何とも言えない圧に、俺は負けてしまった。
◇
放課後、補習教室。
そこには俺と黒羽、太陽の三人だけがいた。
「うっし!五分で終わらせよーぜ」
「この量を五分は無理だろ…」
俺たちの机の上には、教師の用意した課題が置かれていた。
問題集を印刷したものや自作のテストなど、頑張っても二時間はかかりそうだ。
「え、悠斗に教えてもらっても五分はムリ?」
「絶ッッッ対無理」
「マジ…か」
太陽は絶望し、机に突っ伏した。
一方黒羽は、窓際の席に座りながら外を眺めていた。
「おい、黒羽もやるぞ」
「ふっ」
黒羽は笑い、眼帯に触れる。
「我が力を持ってしても、この暗号の答えに至る因果は断たれたままのようだ。
…せい!」
そう言うと黒羽は課題のプリントを、窓から捨てた。
「おい!?何やってんだ馬鹿!」
「この世には開けてはならぬパンドラの箱がある。我はそれを手放したまでのこと。
開けてしまえば、この世は終わりを迎えるであろう」
「この世の終わりの前にお前が先生に怒られて終わるけどな!?」
「やっぱ黒羽おもしれー!」
太陽が腹を抱えて笑い始める。
「じゃあ俺も~」
そういうと太陽は自分の課題を同じように窓から捨てる。
「この馬鹿野郎!」
急いで空へ舞うプリントをつかもうとするが、もう遅い。
風で舞ったプリントは空へと消えてゆく。
そして太陽は黒羽に向かってピースサインをする。
「これで補習終わりだな!」
「…課題を捨てるとは…正気か?貴様」
黒羽が心底軽蔑した目を太陽に向ける。
「いやお前もな?」
こうしてくだらない会話をしていた、その時だった。
---ピシ。
小さな音。
「ん?」
視線を音のした方向--
すぐ近くの窓ガラスに向ける。
窓ガラスには黒いヒビが走っていた。
いや、違う。
黒い”何か”が、窓の向こうにいた。
「昨日の…ヴォイドイーターか!?」
昨日の光景を思い出し、俺の足は震えてしまう。
「来たか。破滅を呼ぶ深淵!!」
「昨日のヴォイドイーターとは違うのか!?」
「ヴォイドイーターは既に殲滅した!」
「嘘つけ!絶対名前適当だろ!」
「悠斗、黒羽、あれ何なんだよ?」
「今は説明している時間はない。契約者、太陽と共に下がっていろ」
「…大丈夫なんだよな?」
「ふっ。当然だ」
自信満々に笑みを浮かべる黒羽を信じ、俺は太陽の手を引き窓から離れる。
「太陽、黒羽は大丈夫だから離れるぞ…」
「え?わかった…」
太陽は思ったより素直に俺の言葉を聞き入れ、窓から距離をとる。
「さぁ、来るがいい!」
シュバッとカッコいいポーズを黒羽が取った直後、窓ガラスが割れ、
ヴォイドイーター…カタストロフ・アビス?
名が無いようなので俺は怪異と呼ぶことにしよう。
…怪異が教室に入ってくる。
「受けるがいい!」
黒羽は眼帯を外し、左手を怪異に向ける。
「失われた黒き業火!!」
黒き炎が怪異に直撃する--
ことはなく、窓から入ってきた突風により、虚しく消えてしまった。
「………ふっ」
「え?いやいや!黒羽!もう一回!このままじゃ俺たち死んじゃうから!」
「契約者よ。我が瞳は悪魔との縛りにより眠りにつく。
再び世に解き放つのならば、12の刻を超越する他ない。
願い、欲せ。今はただ、祈るがいい!」
「分からん分からん!もっとわかりやすく言え!どういうこと!?」
「魔眼は再使用に12時間かかる。少し待て」
「待てるかぁ!!」
なんというコスパの悪さ。
「なぁ、悠斗、大丈夫なのか?」
いつも元気な太陽が不安そうな表情をしている。
「あんまり大丈夫じゃないかも…」
「安心せよ、契約者。我が力は魔眼のみならず。我に従いし眷属を呼び出そう」
「眷属?」
そういうと黒羽は、左腕の包帯を外す。
その腕には赤色の模様のようなものが刻まれていた。
…いや、自分で書いただけかもしれないが。
「さぁ、我が呼びかけに応えるのなら現れよ、終焉の魔獣よ!!」
左手を地面にかざす。
すると、地面に魔法陣のようなものが浮かび上がる。
赤い光の中から、何かが出てくる。
黒い毛並み。
鋭い銀の牙。
四足歩行の足に光る爪。
光が収まり、俺の眼に映ったものは--
「これが我が眷属。血塗られた魔狼だ」
「わふ!」
「…黒い…柴犬?」
--尻尾をブンブンと振る、柴犬だった。




