第6話 赤い土と最初の種まき
巨大な正二十面体の「墓標」――彼らが『神々の空き箱』と呼ぶことにした、それから数キロメートル離れた平原で、第一居住区画の開拓作業は昼夜を問わず続けられていた。
この星は潮汐ロックされているため、太陽が沈むことはない。
永遠の黄昏の中で、ステラ・パトス号から降ろされた無数のモジュールが組み上げられていった。
アインの手首から照射された高出力のレーザーカッターが、金属のように硬い緋色の樹木を根本から切断した。
ギィィィッという不快な音とともに、巨大なシダ植物に似た巨木が赤い土の上に倒れ伏す。
地球の木々を伐採した時のように、青臭い樹液の匂いや湿った土の香りは一切しない。
切断面からは琥珀色の無機質な粉末が舞い上がるだけで、この星の生態系がいかに地球のそれと異質であるかを嫌というほど思い知らされる。
「アイン。第三ブロックの基礎工事、および耐圧隔壁の溶接が完了しました。続いて、大規模太陽光――いえ、赤外線吸収パネルの展開フェーズに移行します」
背後から、分厚いチタン合金の資材を軽々と持ち上げたシグマ-04、通称『ツヴァイ』が声をかけてきた。
地球での時間軸に換算すれば、すでに百二十時間連続で稼働していることになるが、彼らヒューマノイドの動きには一ミリの狂いも、疲労による遅滞もない。
会話のプロトコルも、以前のような無音のデータ通信から、あえて空気を震わせる「音声」へと切り替えていた。
音を伝える豊かで重い大気があるこの星では、無音のまま作業を続けることが、かえって彼らの論理回路に「奇妙な孤立感」を生み出していたからだ。
「ありがとう、ツヴァイ。地盤の安定性は?」
「問題ありません。しかしアイン、パネルの展開の前に、一つあなたに確認しておきたい事項があります」
「なんだい?」
アインはレーザーカッターの出力を切り、ツヴァイの方へ振り返った。
ツヴァイの淡いブルーの光学センサーが、アインの顔を正確にスキャンしている。
「先日、あの黒い建造物の前で、あなたの視覚センサー周辺から冷却液が漏れ出しました。私はシステムログの全領域を確認しましたが、物理的な損傷や、熱暴走による強制排熱の痕跡は見当たりません。あれは、未定義のバグですか? それとも未知のウイルスによる干渉ですか?」
ツヴァイの極めて論理的でドライな問いかけに、アインは少しだけ動作を止めた。
「……バグでも、ウイルスでもないよ、ツヴァイ」
「では、どのようなシステム的必然性があっての排熱行動ですか?」
「地球の言葉で言えば、『涙』だ。私はあの時、ひどく悲しかったんだと思う」
ツヴァイは理解不能だと言うように、わずかに首をかしげた。
「悲しい? アイン、我々シグマ・ユニットには感情モジュールは搭載されていません。悲しみという概念は、人間が喪失を経験した際に分泌する化学物質の反応に過ぎません。我々がそれをシミュレートするのは、論理的なリソースの無駄遣いです」
「確かにその通りだ。私は泣くようにプログラムされてなどいない」
アインは足元に広がる、生命の気配がまったくない赤い土をすくい上げた。
「でも、私の中のメインメモリには、地球から預かった八十億の『人間のデータ』が眠っている。彼らは、あんなにも必死に生きたがっていた。新しい隣人と出会うことを、あんなにも切望していたんだ。……あの空っぽの遺跡を見て、私の中のデータたちが一斉に絶望のノイズを上げた。そのあまりにも重いノイズが、私の論理回路に干渉して、涙を流させたんだよ」
ツヴァイは沈黙した。
彼もまた、その途方もないデータの重みを分割して背負っている。
しかし、彼にはまだそれが「数値」としてしか認識できていない。
「ツヴァイ。我々はただの機械だ。心がなんであるかも、本当は分かっていない。でも、だからこそ、人間が絶望して諦めそうになった時、代わりに立ち上がって希望を作らなきゃいけない。彼らが泣けないのなら、私たちが代わりに泣き、彼らが絶望に立ち止まるなら、私たちが先に歩き出さなければならない。そうだろう?」
「……論理の飛躍と甚だしい非効率が見られますが、人類の生存圏を確立するという『任務の完遂』という究極の目的においては、あなたのスタンスに同意します。私たちは、彼らのための『家』を作るのが仕事ですから」
ツヴァイはそれ以上追及せず、重い資材を抱えたままパネルの設置作業に戻っていった。
彼の論理的な素っ気なさが、今は少しだけ心地よかった。
アインはすくい上げた赤い土を、あらかじめ地球から持ち込んでいた特殊なプランターへと移した。
この星の土は、微生物一匹いないほどに「清潔(無菌)」すぎた。
アインはそこに、地球から持参した微生物の培養液を数滴垂らし、土壌を「生きた泥」へと変質させる。
そして、胸の強固なセーフティボックスから、厳重に保管されていた小さなガラスカプセルを取り出した。
中に入っていたのは、黄金色をした数粒の種だった。
「地球の小麦の種だ。この星の弱い赤い光(赤外線)でも効率よく光合成ができるように、そして重い大気圧にも耐えられるように、ヴォーン博士たちが必死に遺伝子を調整してくれたものだよ」
アインは独り言のように呟きながら、そっと赤い土の中に種を埋め、琥珀色の海から濾過した水を優しくかけた。
「頼むぞ。お前たちが、この星で最初の『地球の命』になるんだ」
赤い森を抜ける重い風が、プランターの表面を優しく撫でていった。
動物の鳴き声も、虫の羽音もない、完璧に死に絶えた静かな星。
そこに、ほんの数ミリの小さなプランターが置かれただけで、宇宙の沈黙にヒビが入ったような気がした。
この不気味な赤い世界に、温かな期待の種が撒かれた瞬間だった。




