7話 焼き枝豆
カウンターの中にいる店員に軽く手をあげ、結城は言った
「すみません。アールグレイを一つ。アイスで」
「え?」
ぱぁっと花が開くような笑顔で結城の方に向く
不意をつかれて思わずたじろいだ。初めて間近でまともに見た彼女の顔。
ストレートめな細めの眉、アーモンド型で縦目の大きい印象的な瞳、スっと通った鼻筋、小さめだが少し厚みのある唇。そして小さい顔。
化粧は薄く派手さはないがそれら一つ一つがバランスが良く、美人さを際立たせていた。
(うわ、綺麗過ぎる! どうしよう俺、今本当に彼女と一緒に居るんだ)
意識した途端、一気に真っ赤になっていく結城。バレないように顔を背けた。
暖色の照明のおかげか、全く気付かない澪桜はメニューを見ながら声をかけた。
「アールグレイあったんですか? どこに?」
「え?」
緊張で理解が追いつかず聞き返す。
「今ちょっと酔い醒ましでウーロン茶飲んでいたんですが、アールグレイあったんだと思って。よく見つけましたね?」
視線はメニューに落としたまま、ニコニコと笑顔を深め、少し饒舌になる澪桜。
「はい。えっと、ここに」
おずおずと少し震える手でメニューを指さした結城。
「あっ本当だ! 見落としてました。実は私、飲み物の中で1番アールグレイが好きで。最近はコーヒーばかりですが、やはりベルガモットの香りがするアールグレイはお茶の中では格別で。……って、すみません。いきなりびっくりしましたよね」
結城の驚いた表情を読み取り、我に返った澪桜は申し訳無さそうに言った。
それを見て慌ててフォローする。
「い、いえ、とんでもない! 僕も好きです。アールグレイ。レディグレイとかも」
「っレディグレイ!? よくご存知で。私も好きです! 美味しいですよねぇ」
楽しそうに語りながら残りのウーロン茶を飲もうとしたがもう既に空だった。すかさず、通り過ぎる店員を呼び止め澪桜は言った。
「すみません、私にもアールグレイのアイスを」
すると少し離れた所から低いハスキーな声が響く。
「せめて俺に確認を取ってから頼めよ」
ジト目で見る山本。
「あはは! バレたか。でも今日は私の残念会じゃなかったんですか!? 主役ですよっ主役! 硬い事言わずに☆」
悪びれる事もなく澪桜は笑って言う。
「ったくお前は」
笑いながらビールを飲む山本。少し安心した顔をしていた。
「残念会?」
結城が少し怪訝そうな顔をする。
「あ、はい。実はですね―」
澪桜が掻い摘んで説明しようとしたら、笑いながら山本に遮られた。
「こいつ、告白してきたやつにフラれたんだよ」
すぐさま山本の方に視線を向け、澪桜は否定する。
「告白はされましたが、その後お友達になっただけなのでフラれた訳じゃありません! ただの知り合いに絶縁されただけです! 失敬な!」
「それ訂正できてませんよ」
鋭い松井のツッコミ。そして山本とふたりで笑い飛ばす。
(また私を馬鹿にする!)
茹でダコになる澪桜。
でもこの2人のあっけらかんとした感じに正直ものすごく救われるのだ。
気付けば心がびっくりするほど軽くなっていた。
何もなくなってストレスフリーだと思っていたのに、どこかまだ引っかかっていたのだなと澪桜は改めて実感する。
それに初対面に近い結城とも、第一印象通り穏やかに会話が出来ているので、今のところ全く苦痛は感じていない。
根掘り葉掘り聞くような無粋なことは一切無いし、そのお陰か変に焦らなくて済むから彼の心配りが有難い。
(今日は来て良かったなぁ)
心からそう感謝する澪桜、ふと横を見た。結城の顔が少し曇っている。
「そうだったんですか」
声のトーンが沈んでいく結城に澪桜は首を傾げる。
「あの、どうかされましたか?」
何か気に障ることでも言ったのかと澪桜は心配そうにした。細かな機微が分からないので不機嫌だと捉えてしまう。
結城はそんな澪桜の不安げな顔にハッとして急いで取り繕う。
「あ、すみません! 違うんです。ただ、あの。そのような会だったとは知らなくて。すみませんこんな日に急に僕までお邪魔してしまって……」
(くそっこんな大事な話を省くな! 山本!)
あいつ後で覚えとけよと思いつつ、目の前の澪桜に申し訳ない気持ちでいっぱいになる結城。
澪桜はそれを聞いて、なるほどと呟きながらふんわり笑った。
「正直もう全く気にしていません。ただ、知り合いが1人減っただけに過ぎませんから。だからどうか結城さんも、そんな顔なさらないで下さい。2人も気にするなって感じで今日は誘ってくれたんですよ。まぁ最初から落ち込んでませんでしたけどね」
(本当に、気にしてないのか?)
気にも留めないように見える澪桜の様子。
信じられなかった。知り合いとはいえ、絶縁されたばかりなのに。こんなに明るく振る舞えるなんてと、それが何故か結城の心に酷く心に残った。
(俺は一体どうしたんだろうか、このザラつきは何だ?)
結城自身、元々3年前から彼女に一目惚れしていた自覚はある。
でもまだ何も知らない彼女の話を聞いただけで、こんなに共感し心が張り裂けそうになるなんて自分でも正直驚いた。
仕草や表情、彼女の過去、一つ一つをもっと深く知りたくて、苦しくなる。
今日で終わりかもしれないのに――その事実が更に胸を締め付けた。
(もっと仲良くなりたい、今日で終わりにしたくない。だからといって傷心中かもしれない彼女の隙に付け入るような姑息な真似はしたくない……山本に強制的にされてるけど)
目の前のグラスで揺れる琥珀色をゆっくり揺らし、氷を鳴らした。できたら彼女の望む形で仲良くなりたい、無理はさせたくない。でも――と、結城の頭の中を理性と本心が交互にぐるぐると交差する。
ふと、彼女のほうを見ると、さっきから枝豆を必死に食べている。とても幸せそうに。
(本当に可愛いなぁ)
思わず頬が緩んだ。結城は目を細め、澪桜に話しかける。
「それ、美味しいですか?」
不意にかけられた声に、澪桜は口いっぱいに枝豆を詰めたまま顔を上げた。
両手を口元に当て、こくんと飲み込んでから、少し照れたように笑う。
「……美味しいです。なんか止まらなくて。なんというか、こう癖になる味!」
「僕も注文しようかな」
結城の目が、テーブルの上の枝豆と澪桜の手元を交互に見ていた、なんだか妙に真剣に。
「あ、このアヒージョも美味しかったですよ!」
メニューを開き、指を指した。その指の方向に結城は視線を向け微笑む。
「なるほど、アヒージョか」
「でも私的に感動したのはやっぱりこの焼き枝豆ですね。あ、試しにおひとつ如何ですか? ってすみません! 私の食べかけなんて嫌で―」
「嫌じゃないですっ!」
澪桜の言葉を遮るように、結城がやや食い気味で返す。
あまりに勢いがよすぎて、澪桜の隣にいた松井が吹き出した。
「ぶっっ! っゴホッゴホッ!」
気管に思いっきり入った松井は一人むせ返る。結城は彼女が吹き出した意味がすぐ分かった。思わず手で顔を隠し耳を赤くする。
(俺の気持ちが一瞬でがっつりバレた、恥ずかしい)
食い気味で言うことでもなかったなと反省する。しかも爆笑されている。……最悪だ。
「だっ大丈夫!? ったく、あーあ零して!」
松井の方向き背中をさすりながら、おしぼりでカウンターを拭く澪桜。ヒーヒーと笑いながら未だにむせている松井に飲み物を渡した。
結城は静かに手を戻し、澪桜に視線を向ける。ワタワタと慌てる様子に彼女の優しさを垣間見れたような気がして心が温かくなるのを感じた。
松井が復活すると、澪桜はもう一度結城の方に向き直る。
ポリポリと頬を掻きながら、照れたように改めて言った。
「いや、すみません。あの、普通に食べたいです。頂いても宜しいですか?」
「はい、是非どうぞ」
澪桜が頷きながら笑って枝豆を差し出す。
結城は深々と頭を下げて1つだけ枝豆を貰った。
パクリと食べてみる。
おもわず目を見開いて澪桜に目を向けた。
「……あ! ほんとだこれ美味しい!」
結城の嬉しそうに笑った顔が、最初の印象より少し幼く見える。共感して貰えて嬉しくなった澪桜は提案した。
「美味しいですよね! もし良かったら一緒に食べますか?」
「いいんですか!? じゃあ、追加でもうひとつ注文しましょうか? それも良かったら一緒にたべませんか?」
「いいですねっ! そうしましょう!」
澪桜は楽しそうに笑った。まさか焼き枝豆で意気投合するとは夢にも思わなかったふたり。
(ありがとう、焼き枝豆!)
結城がテーブルの下で静かにガッツポーズを取り、枝豆に全力で感謝していたのを澪桜は知らない。




