6話 アンバー
「失礼致します」
丁寧に挨拶をしてから流れるように柔らかく腰を下ろす。
すんと澪桜は呼吸をした。
ほのかに香るアンバーとスモーキーなチェリーの香り。
(あ、この人なんかいい匂い)
色素の薄い髪の毛がふわりと揺れた。さりげなく耳にかける。
仕草一つ一つが洗練されている気がした。
澪桜は結城を観察しながら過去の記憶と比較する。
今まで出会ったどの男性とも違うような。いや、なんか生物学的に違うような気がする。
普通の男性より空気が柔らかいというか。圧迫感が無いというか。
うーん、上手く表現出来ない。中性的な美人?男の人に美人はあれか。
でもなんか、俗に言う"イケメン"とは違う。
うん。圧倒的に語彙力が足りない。
ただ、隣にいて怖いという感じが全くしないし、無理に話しかけないとという焦りも感じさせない安心感が何故かある。
ほぼ初対面なはずなのに。人見知りセンサーがあまり働かないのだ。正直、不思議な雰囲気の人だと思った。
いい匂いだからか?
柔軟剤はどこのものだろう?
あ、香水か?
にしては香りが微かなんだよなぁ。
ひとりでずっと結城の匂いを分析していた。
澪桜は匂いフェチ。
柔軟剤コーナーから30分は動かない変な女。
チラッと結城の方を見た、綺麗な所作でおしぼりを使い、丁寧に置く。
整えられた爪、節のあまり目立たない長い指、少しだけ男らしく見える浮き出た血管。色白で陶器のような肌。
(女子力も高い。私なんかより)
穏やかな空気を纏い暖色系の照明に溶け込むように儚い。
男性なのに儚い。さっきから周りの女性が魅入ってるのも納得だなと思う。
ゆっくり視線を戻し、自分の指を広げてみた。
爪はささくれていて節も太いしガサガサ。こないだの風呂掃除の時のハイターが原因か。つくづく残念な女だなと自虐しながらウーロン茶を飲む。
少し酔いすぎたので今は中休め中だ。
山本の紹介だし、友達って言っていたから類友では?と多少疑っていたのだが、思っていた以上に落ち着いた雰囲気の人だし、山本と違ってガサツな感じがない。
何より優しそうな人なので、こんな風に急に呼び出してしまった事が申し訳なくなった。
澪桜はぺこっと謝る。
「私のせいで急に呼び出してしまってすみません。お忙しかったのではないですか?」
それを聞いて笑いながら首を振る結城。
「とんでもない、むしろ凄く嬉しかったです。こうしてお話できる機会を頂けて。ただ、僕がいきなり来たせいで、かえって安達さんにご迷惑お掛けしたのではないのかと」
少し眉を下げて申し訳なさそうにした。
(うわっいい人。うっ!?)
トスン!!
澪桜の良心になんか細い矢が飛んできた。
微かに胸が痛い。
罪悪感に塗れた澪桜は取り繕う。
「いえいえ、迷惑だなんてそんな……」
((嘘つけ))
山本と松井の2人が心の中で悪態を付いた。
物凄い顔をして澪桜を見ている。
機微は読めずとも、さすがに意味は分かる。
(だって! こんな隣で悲しそうにしてる人に「はい、正直面倒くさっと思いました!」なんて絶対言える訳ない!)
「……良かった」
ホッとしたように微笑む結城の柔らかな表情。
トスン!!
良心に2本目の矢がクリーンヒット。うぐぐと心臓を掴む。
も、申し訳ございませんでした。
澪桜は心の中で結城に盛大にアクロバティック土下座をかました。
気を取り直し、今度は彼の顔に注目してみる。
1度会った事があるらしいが、結城の存在自体あまり記憶にないので確認も兼ねて。
長い睫毛、切れ長の幅が広い二重、柔らかい色味の瞳、通った鼻筋に、薔薇色の薄い唇。
かなり整っているのに、どこか近寄りがたくない、独特なバランス。
こんな2次元みたいな顔の人っているんだなぁと感心する。でも、それだけ。
やはり覚えていなかった。
(確かに3年前のプロジェクトには1回だけ参加したし、山本さんの友達という人に挨拶したような記憶はあるんだけど、人に関心が無いせいか顔を覚えるのは苦手なんだよ。申し訳ないけど)
そんな彼女の視線に気づき、結城は視線を向ける。
そっと笑みを深めた。
「……っ!」
慌てて目線を逸らし、必死に枝豆を食べた。
(しまった! 観察しすぎた!)
結城は一瞬キョトンとする
そしてまた目を細めた。
(ふふ、安達さんは人見知りなのかな?凄い枝豆食べてる。なんかハムスターみたいで可愛いな)
澪桜の気持ちとは裏腹に、結城の気持ちは出会って数分でほんの少しずつだが、大きくなっていく。
お知らせ
これからの更新頻度なのですが
だいたい0時と12時に1本ずつ更新出来たらなという感じでやっていく予定です。




