7話 焼き枝豆
カウンターの中にいる店員に軽く手をあげ、結城は言った
「あ、すみません。アールグレイを一つ。アイスで」
「え?」
パッと明るい顔で結城のほうを見つめた澪桜。
一瞬不意をつかれて息を飲む。
初めてまともに見た彼女の顔。
ストレートめな細めの眉、アーモンド型で縦目の大きい印象的な瞳、スっと通った鼻筋、小さめだが少し厚みのある唇。そして小さい顔。
化粧は薄く派手さはないがそれら一つ一つがバランスが良く、美人さを際立たせていた。
(……やばい)
意識した途端、一気に真っ赤になっていく結城。
しかし暖かい色味の照明に助けられ、それに気付かない澪桜はポツリと声をかけた。
「アールグレイあったんですか??」
「あ……え?」
緊張で理解が追いつかず聞き返す。
「今少し酔い醒ましでウーロン茶飲んでいたんですが、アールグレイあったんだと思って……よく見つけましたね?」
ニコニコと笑顔を深め、少し饒舌になる澪桜。
「……はい。えっと……ここに。」
おずおずと少し震える手でメニューを指さした結城。
「あ!本当だ!!見落としてました……。
私飲み物の中で1番アールグレイが好きで。
最近はコーヒーばかりですが、やはりベルガモットの香りのするアールグレイはお茶の中では格別で
……って……すみません、いきなり……びっくりしましたよね。」
結城の表情を読み取り、我に返った澪桜は申し訳無さそうに言った。
それを見て慌ててフォローする。
「い……いえ、とんでもない!僕も好きです。アールグレイ。レディグレイとかも……。」
「……っレディグレイ!よくご存知で!!
私も好きです!美味しいですよねぇ!」
ウーロン茶を飲もうとしたら……空だった。
「すみません、私にもアールグレイのアイスを。」
すかさず、通り過ぎる店内を呼び止め澪桜は言った。
すると少し離れた所から低いハスキーな声が響く。
「……せめて俺に確認を取ってから頼めよ」
ジト目で見る山本。
「あはは!!細かいなぁ!だって今日は私の残念会じゃなかったんですか!?主役ですよ?主役!」
悪びれもなく澪桜は笑って言う。
「……ったくお前は」
笑いながらビールを飲む山本。
少し安心した顔をしていた。
「……残念会?」
結城が少し怪訝そうな顔をした。
「……はい、実はですね、」
掻い摘んで説明しようとしたら遮られる。
「こいつ、告白してきたやつに……振られたんだよ」
笑いながら言う山本。
「告白……はされましたが、その後お友達になっただけなので、ただの知り合いに絶縁されただけです!!失敬な!!」
すぐさま訂正する澪桜。
「訂正できてませんよ。」
鋭い松井のツッコミ。
そして2人は笑い飛ばす。
(また私を馬鹿にする!!!)
顔を真っ赤にする澪桜。
……でもこの2人のあっけらかんとした感じに正直ものすごく救われるのだ。
気付けば心がびっくりするほど軽くなっていた。
何もなくなってストレスフリーだと思っていたのに、どこか引っかかっていたのだなと実感した。
それに初対面に近い結城とも、第一印象通り穏やかに会話が出来そうなので、今のところ全く苦痛は感じていない。
話し方も優しいし、根掘り葉掘りこちらの事を聞いてこないのでそこがいいのかもしれない。
(……今日来て良かったなぁ。)
心からそう感謝する澪桜、ふと横を見た。
「……そうだったんですか……」
すこし悲しそうにする結城に澪桜は首を傾げる。
「あの……どうかされましたか?」
何か気に障ることでも言ったのかと心配そうにした。
細かな機微が分からないので不機嫌だと捉えてしまう。
ハッとして急いで取り繕う。
「あ……すみません!違うんです。
ただ……あの……そのような会だったとは知らなくて……。
すみませんこんな日に急に僕までお邪魔してしまって……」
(……くそ……こんな大事な話を省くな!!山本!!)
あいつ後で覚えとけよと思いつつ、
目の前の澪桜に申し訳ない気持ちでいっぱいになる結城。
その様子を見て澪桜は、
ああ……なるほどと、ふんわり笑った。
「……正直もう全く気にしていません。
ただ、知り合いが1人減っただけに過ぎません。
だからどうか結城さんも、そんな顔なさらないで下さい。
2人も元気出せって感じで今日は誘ってくれたんですよ。……まぁ最初から落ち込んでませんでしたが。」
クスクスと笑いながら気にも止めてないように言った。
(……本当に……気にしてないのか)
信じられない。
知り合いとはいえ、絶縁されたばかりなのに
こんなに明るく振る舞うなんて……
それが……何故か酷く胸に突き刺さった。
(……俺は一体どうしたんだろうか……)
なんでこんなに胸を締め付けられるんだろうか……理由が分からない。
彼女に興味はあった。でも何も知らない彼女の事をなんでこんなに考えてしまうのか自分でも正直分からない。
仕草や表情、彼女の過去、一つ一つをもっと深く知りたくて、苦しくなる。
(……今日で終わりかもしれないのに。)
その事実が更に胸を締め付けた。
もっと仲良くなりたい。
今日で終わりにしたくない。
だからといって傷心中かもしれない彼女の隙に付け入るような姑息な真似はしたくない。
(山本に強制的にされてるけど。)
できたら彼女の望む形で仲良くなりたい。無理はさせたくない。
でも──────
頭の中を理性と本心が交互にぐるぐる回る。
ふと、彼女のほうを見ると、さっきから枝豆を必死に食べている。
(……可愛いなぁ)
思わず頬が緩んだ
「……それ、美味しいですか?」
不意にかけられた声に、澪桜は口いっぱいに枝豆を詰めたまま顔を上げた。
「むぐっ?…………。
美味しいです。なんか止まらなくて……なんというか……こう……癖になる味です。」
両手を口元に当て、こくんと飲み込んでから、少し照れたように笑う。
「僕も注文しようかな……」
彼の目が、テーブルの上の枝豆と澪桜の手元を交互に見ていた。
なんだか妙に真剣だ。
「この……アヒージョも美味しかったですよ。」
メニューを開き、指を指した。
「でも私的に感動したのはやっぱりこの焼き枝豆ですね。……あ、試しにおひとつ食べてみられますか?
……ってすみません!私の食べかけなんて嫌ですよ──────」
「嫌じゃないです!!!」
澪桜の言葉を遮るように、結城がやや食い気味で返す。
あまりに勢いがよすぎて、澪桜の隣にいた松井が吹き出した。
「ぶっっ!……っゴホッゴホッ!!!」
気管に入った苦しさと面白さでおかしなテンションになる松井。
結城は彼女が吹き出した意味が分かる
思わず手で顔を隠し耳を赤くした
食い気味で言うことでもなかったと反省する
しかも松井さんに色々がっつりバレて笑われた……最悪だ。
「……だっ大丈夫!?ったく……あーあ零して!」
松井の方向き背中をさすりながら、おしぼりでカウンターを拭く澪桜
指の隙間から覗く。
安達さんは世話好きなのかなぁと少し和んだ。
松井が復活すると、澪桜はもう一度こちらの方に向き直る。
ポリポリと頬を掻きながら視線を逸らし
照れたように言った。
「……いや、すみません、あの、普通に食べたいです。ありがとうございます」
澪桜が改めて枝豆を差し出す。
深々と頭を下げて1つだけ枝豆を貰った。
パクリと食べてみる。
「……ほんとだこれ美味しい!」
結城の嬉しそうに笑った顔が少し幼く見えた。
「ね?美味しいですよね。……もし良かったら一緒に食べますか?」
「っいいんですか!?
……じゃあ、追加でもうひとつ注文しましょうか?それも良かったら一緒にたべませんか?」
「……いいですねっ!お供します!!!」
楽しそうに笑う澪桜。
まさか焼き枝豆で意気投合するとは夢にも思わなかった2人だった。
……結城はテーブルの下で静かにガッツポーズを取る。
(ありがとう……焼き枝豆!!!)
と枝豆に全力で感謝していたのを澪桜は知らない。




