サイドストーリー scar ⑤
神崎のサイドストーリー、今回でラストとなります。
―――ねぇ。
愛されるって、どんな気持ち?
安達澪桜。
女としては決して華やかでは無かった。
だけどどこか特別で。
結城マネージャーの貴女に向ける視線は信じられないくらい甘くて。
全ての行動が、優しくて。
貴女が
羨ましい。
パパやママが幼い頃、私に向けてくれたみたいな優しくて懐かしい視線。
あれがもし私に向けられていたなら――
「急患が通ります!! 開けてください! 道を開けてください!!」
バン!!
先に走ってきた救急隊員がボタンを押した。
ストレッチャーを乗せる為の救急搬送用のエレベーターが静かにスライド式で開く。
私も誰かに愛されてみたかった。
だからね、誰かを愛してる男を―――いや。
それは免罪符ね。
人より選ばれる事でしか満たされたことがなかったの。
滑稽でしょう?
「輸血パック……! 急いで!」
「聞こえますかー! ……ダメだ、意識レベル300」
逼迫した声。
籠ったような、消毒の香り。
もし
生まれ変わったら。
誰かに愛される人間になりたい。
誰かを真っ直ぐ愛せる人間に。
嘘も、虚勢も、傲慢さや、虚栄心も何もかも捨てて。
伊藤さん。
貴方にふさわしい、真っ直ぐな人に――
「心肺停止!! ……離れて!!!!」
***
「璃乃!! 璃乃!!!」
懐かしい声
パパ?
「璃乃!しっかりしなさい璃乃!!」
ママの香水の匂い。
ママ
ママに会いたい。
手に何か、温かい懐かしい感触が。
感触?
身体が痛い
……痛い?
瞼にまだ、力が入る。
ゆっくり目を開けると真っ白な壁、沢山のチューブ、所狭しと置いてある機材がぼやけて見えた。
そして
パパと……ママ。
「パパ……ママ……?」
私の……声が耳から聞こえた。
思わず涙が出る。
だって……私、生きてる。
……生きてる。
二人がぐしゃぐしゃに顔を歪めて泣いてくれている。
「良かった……良かった……」
あんなことしたのに。
絶縁されてたのに。
来てくれた。
泣いてくれてる。
震える手で、私はママの手を握り返して震える声で呟いた。
「ごめんなさい、ごめんなさい……ごめ」
何に対してか分からない。
だけど
久しぶりに出した言葉。
「もういい、何も言わなくていい。璃乃……辛かったな」
そう優しい声で私の髪を撫でる父のゴツい手が温かくて。
……懐かしくて。
私は恥も何もかも捨てて声を出して泣いた。
しばらく泣いて落ち着いた頃、2週間も昏睡状態だったという事を聞いた。
忙しいのに、毎日のようにICUに来て私に呼びかけてくれていたらしい。
面会時間は15分。
少しの再会の後、パパとママは帰ってしまった。
「……痛い」
私は寝たままお腹をさすった。
鈍く痛む。
2週間ぶりに目を覚ました私のバイタルチェックをするために訪れた医者から色々聞いた。
13時間にも及ぶ大手術だったらしい。
とても言いにくそうにしていたが言葉の運びで分かる。
私の身体はもう、見る影もなくズタズタで。
縫い傷だらけ。顔も表情を変えようとすると違和感しかないからきっと……酷い惨状なのだろう。
しばらくして、私は一般病棟に移動する事になった。
個室の部屋。
私の見た目が他人に晒される事で傷付かないように、両親が配慮してくれたらしい。
でも、もういいわ。
見た目なんて
どこか気が楽になったもの。
お金はクレストリンクに頭を下げて、地道に返していこう。
誠達から手切れ金として貰ったお金も申告して税金を払って……全ての貯金で返せるだけ返して。
それで……
ブー、ブー、ブー。
割れたままのスマホが鳴る。
目を見開いた。
恐る恐る……通話にする。
「もし……もし」
『か、神崎さん!?神崎さんですよね!?』
怒号のように耳を貫く慌てた声。
私は、震える唇で返事をした。
「……はい」
『ああ。……良かった。ご無事で本当に良かった』
へにゃっとした裏声が混じる。
「……どうして連絡を? ……私、今までもずっとまともに返せてなかったのに」
『お忙しいと思ってたから返信とかは全然気にしてませんよ。むしろ送りすぎてて、すみません。
でも二週間前、あのニュースを観まして。僕、心配で何度も何度もメッセージ打ったんですが、お返事が無かったのでかなりその……電話をしてしまいました。かなりの回数……』
「え……」
スマホを離し、画面を見た。
久しぶりにLINUのアイコンに視線を落とす。
数百件の通知。二週間も放置したのだから、仕方ないと思うけど……。
震える指で、開いた。
その殆どが彼からだった。
彼との会話をスピーカーにして、トークページを開く。
私は言葉を失った。
毎日、大量に送られてきていた着信とメッセージ。
その内容に。
『神崎さん! お願いです。返信ください』
『大丈夫ですか!?』
『ご家族でも構いません、彼女の状況を教えてください!』
『無事でいてください』
『神崎さん』
『頼むから、返事を』
「っ……」
言葉を失いながら、更にスクロールを進めていくと。
事件の日までたどり着く。
何も
送れてない。
何も
届いてない。
自分の情けなさに、鼻で笑った。
肝心な時にダメね。
あれは、夢だったんだわ。
全部自分に都合のいい夢。
目頭が熱い。
部屋に響く優しい声が
痛い。
どこまでも真っ直ぐな彼に言葉を紡いだ。
「折り返しのお電話も出来なくてすみません。私はもう大丈夫ですから。伊藤さん、ご心配頂き本当にありがとうございました」
唇が、震える。
前よりももっと相応しくなくなった私は、引き攣る頬でスマホの向こうにいる彼に無理矢理、微笑んだ。
軋む胸を抑えて
最後の挨拶を。
ありがとう。
あなたも心配してくれていたなんて、なんて幸せなんだろう。
それだけで十分だわ。
「さようなら、伊藤さん。どうかお元気で」
溢れる涙が止まらない。
痛い。
拭う傷だらけの手にも、引き攣る頬や唇の傷にも染みる。
心にも。
通話終了しようとしたら低い声が私を止める。
『待って!!! まだ切らないでください! ……あの、病院と病室を是非教えてください』
何を言ってるの?
言えるわけないじゃない。
「いやです」
『どうして!? あ、そうか。僕、気持ち悪いですね! す、すみません。えっと……そうか。小池のせいで……そうですよね! でも、えっと……僕は何もしませんので、あ! 教えなくていいですが連絡は続けてはダメでしょうか? ……いや、それも怖いですよね。すみません、自分本位だった……でも、いや……』
パニックかと思うほど慌てた様子の伊藤さん。
自分を納得させようとしてるような口調で、ずっと妥協案を探し食い下がる。
何か誤解をしてるみたいだわ。
貴方が怖いと思ったなんて、一度もないのに。
「そうじゃなくて……。私ね、全身数百針を超える程縫ってるし皮膚移植までしてるの。見る影すらないんですよ」
見せたくないのよ。
こんな醜い姿。
貴方だけは。
『……』
ね?
幻滅したでしょう?
でもどうかお願い、何も言わないで電話を切って。
私はあの夢を胸に、いくらでも生きていけるのだから。
「だから、もうご連絡はこれきりで。さよう――」
『嫌ですよ。僕の方が』
目を見開く。
何を言われたのか分からない。
だけど、スマホからの声は止まらない。
『……見る影ってなんですか?神崎さんは、誰よりも強くて孤高で。素敵な人ですよ』
「違うわ。だって……私はっ」
貴方を騙して、仕事させたわ。
色んな男と寝て、結城マネージャーを陥れて手に入れることしか考えてなかったのよ。
仕事を辞めてからも、あんな虚勢に塗れた配信ばかりして、女すら売っていた――
『……僕はね、神崎さん。貴女とずっとアプリ開発チームの仲間でいたかった。辞めるって知った時は気が気じゃありませんでした。……正直ね、結城マネージャーに憧れるのは分かります。僕もそうだから。あんな男性には多分一生なれないけど……その』
心臓が
うるさい。
『また電話してもいいですか?もっと話したいんだ。神崎さん、貴女と』
やめて
「嫌よ! だって!! 私は傷だらけで見た目化け物」
期待させないで。
『いいですよ』
「結城マネージャーを陥れたり、色んな男を利用して寝てきたわ」
幻滅して。
『野心家だよね』
「あんな事したのよ? まだ損害賠償だって支払い終わってない」
罵って、傷付けてよ。
『二人で考えよう?』
「……貴方に……相応しくないわ」
どうして
『神崎さんは僕にとって誰よりも高嶺の花だよ。相応しく無いのは僕の方。それでも』
突き放して。
お願いだから。
『出会った頃から神崎さんが好きでした。こんなタイミングで非常識だよね、ごめん。でももう、二度と失いたくないんだ』
「うっ……うっ……」
嗚咽が止まらない。
とめどなく頬を伝う。
だけどなぜかもう、温かな涙に濡れても傷は染みなかった。
やめてよ……。
久しぶりに聞いたその穏やな声で
そんなこと言わないで。
まだ夢から覚めてないのかと思ってしまうじゃない。
貴方を信じてしまいそうになるわ。
愛してくれるかもしれないって、期待しちゃってるのよ。
ほっといてよ。
もう、お願いだから――
(二度と連絡しないで)
「っ……そばにいて」
思っていた事と反対の
本音が口をついた。
震えたままの情けない声。
こんな私、知らない。
『……そばにいるよ』
ああ
伊藤さん
貴方は本当に眩しくて。
私なんか相応しくないのに。
夢見てしまう。
夢……?
ああ、これはまだ夢の中なのね。
夢なら本当に
もう二度と冷めないで――
***
――4年後。
「準備できた?」
「ええ、こっちはOKね。はぁ……緊張するわ」
正人さんが私に視線を向ける。
その吸い込まれそうな程、穏やかな瞳がゆっくりと細くなる。
「大丈夫だよ。だって俺もど素人だもん。二人で頑張ろう? 空気だって美味しいし、あ、飯も美味いよ魚とかね! あとオカンが何かいびってくるようだったらすぐ言って? 俺が守るから」
「もう、お母さんそんな事しないわよ。それに敷地内同居は嫌だろうからって別で家を買うことも率先して進めてくれたじゃない? 持ってた土地も譲って頂いた訳だし……お母さんが可哀想だわそんな言い方。帰省の時もいつも良くして頂いてるじゃない?」
鼻息荒く、慣れもしないファイトポーズを取る彼がおかしくて。
私は眉を下げた。
彼は更に続ける。
「瀬戸内レモン農園だからね……色々こだわるんだろうけど。仕事に関してはうるさいんだよ。でも、プロとしては本物だから、ノウハウはあの先生達に教えて貰わないとかな、もし嫌だったら好きなことしていいからね」
「あら?私がそんな根性なしだと?」
後遺症で少し引きずる足。
話す時に引っかかる、唇と、右の頬。
神経を傷付けられて曲がらなくなってしまった指。
それでも彼は魅力的だって言う。
好奇の目に晒される見た目なのに。
彼は綺麗だって言う。
「いや? あ、貸して。重たいものは持ったらダメだよ」
軽々と私が両手に抱えていた荷物を持った。
それが私達の最後の荷物。
「伊藤さん、これで全部ッスかね?」
「はい。お願いします」
引越しトラックを見送って、少し涼しくなってきた風が金木犀の香りをつれてきた。
振り返った彼が私に目一杯微笑む。
「璃乃、愛してる。これからもずっと一緒にいようね。新居、楽しみだねー!!!」
その笑顔があまりにも眩しくて
目を見開く。
貴方はどうしていつも
私の欲しい言葉をくれるの?
不安もなにもかも消し去ってくれるの?
「私も、愛してるわ正人さん」
彼が振り向いて、軽自動車の助手席を開け、微笑みながら待っている。
私の声は届いたのか、届いてないのか。
いや、もういいわ。
だってこれはもう夢じゃない。
互いに愛し合う事を教えてくれた彼と
今度こそ真っ当に生きるのだから。
風に乗って微かに掠める
大好きなレモンの香りに私はまつ毛を揺らした。
明日は本当に最後のお話。
皆さんが気になっているであろう、第二章の結末です。




