サイドストーリー scar ③
「……あなたは……」
私は眉を顰めた。
街灯の少ない暗がりから現れたのは、クレストリンクで働いていた時に手駒にしていた……
なんだっけ……名前が出てこない。
あの後何度もLINUに文句のメッセージと電話がかかってきてたけど、うるさすぎてブロックしたっけ。
偶然? ……それともリスナーに紛れ込んでたの?
アンチに紛れて……?
私だってクビになってから急いで金をかき集めないといけなかったのよ。
アンタなんかに構ってる暇なんてなかったんだもの。
仕方ないじゃない。
めんどくさいなというのが、雰囲気から漏れていく。
「はぁ。何の用よ」
小太りの男は拳を握りしめ俯いたまま呟く。
「どうして……俺のLINUブロックしたんですか? スタンプで確認しました……贈ろうとしても贈れなかったから」
「あのね、知っているでしょう? 私あの後クレストリンクから損害賠償請求されたのよ。数億円も。そんな暇ある訳ないでしょ」
「お、俺は君のすぐ後に自主退職せざるを得なかった。知らないそんな事……」
「ふーん。あっそ」
興味なさげに爪の脇のささくれを見た。
潤いと栄養が足りてないせいか、最近ささくれることが多い。
嫌だわ。
「お、お前、自分のせいだってわかってないのか!? あれだけ尽くしたのにっ! 懲戒審査会であっさり裏切りやがって! つ、付き合ってくれるって言ってたのも全部嘘だったのかよ!!」
声を震わせ、裏声になりながら慣れてない雰囲気の罵声を浴びせてくる。
ダッサイ。
ハッ!
私は髪をかきあげ、10cmほど伸びた緩いウェーブの髪を靡かせながら冷たい視線を送り、吐き捨てた。
「裏切ったのはそっちでしょ。なんでアンタみたいな地味なデブ、彼氏にしなきゃいけないのよ。
自分が釣り合う外見かどうかくらい、正しく測りなさいよ。鏡見たことないの? 夢見てんじゃないわよ」
私の言葉が響いたのか、俯いていた男は顔を上げ、悲痛の表情で……いや、困惑の表情を浮かべて悔しそうにしていた。
ホントどんな顔もブサイク。
あ、思い出した、この人たしか小池――
私が思い出したと同時に、また小池は話し出した。
「…………もの。……せ」
「は? というかもういいかしら? ……あんたの相手してる暇ないんだけど」
「どうせリスナーの男にでも股開くんだろ? ……黒瀬さんとも前の名古屋支部でも色んな男とヤってたって……う、噂で聞いたぞ」
……どうでもいい。
事故って死んだってニュースは観たけど何とも思わなかったし。
徐々にイラついてきた。
もごもごしてる癖に。
コイツ、やっぱストーカーに成り下がってたのね。
配信まで調べて。
「私が誰とヤろうとアンタに関係ないでしょ? ほっといてよ。あと、ストーカーで警察に相談させてもらうから。二度と私の前に現れないで」
「っ……詐欺師、金返せ。裏切りものの、寄生虫め」
ピクっ
体が反応する。
先程も何度も何度も配信で投げられてきたコメントにあったアンチからの罵倒。
荒らしとも思えるほどの異常な数の……もしかして……
少しずつ肩で息をし始めながら小池の声が大きくなっていく。
「ネット上で乞食してるだけで金稼ぎやがって! 全部計算したぞ?お前のスパチャ、アーカイブ再生回数、同時視聴者数、インプ、案件、コラボ商品回数。稼がなきゃ? 何をふざけたことを!! もう年収予測1億くらいあるだろうが」
「だから何よ。ホント気持ち悪いんだけど! アンタね? 私の配信を最近荒らしてるアンチの大元は! 絶対その事も開示請求してやるわ。覚悟してなさい!!」
私も言われっぱなしは許せない。
コイツのせいでどれほどアンチが増えて迷惑しているのか!!
配信もした事ないやつにとやかく言われたくない!!!
小池は更に声を大きくし、私の声に被せてきた。
「うるさいうるさいうるさい!! 元はと言えばお前が全部原因じゃないか!!! 俺はお前のせいで再就職もまともに見つからない、続かない!! クレストリンクで働き続けられていたらこんな惨めな生活にならなくて済んだのに!! それなのになんでお前はあんなキラキラした生活送ってんだよ!! 理不尽すぎる」
大方SNSとルーティン動画のことを言っているのだろう。元々そっち系に精通してる癖にあれがAI加工だと見抜けなかったのか。
正常な判断が出来なくなってるとしか思えない。
私は怒りを通り越し、呆れた。
「……バカじゃないの? あんなの全部加工に決まってるでしょ。もういい加減にしてよ。私コンビニ行きたいんだけど。二度と現れないなら訴えないからもうどっか行ってくれない?」
目の前のみすぼらしいグレーの薄いボロボロのスウェットの上下を着た小池。
まぁ、相当落ちぶれたんだろうとは思う。
クレストリンク、平でも結構な年収だからね。
本社は特に。
可哀想なんて微塵も思わないけど、こう言えば引き下がるでしょ。
すると私の言葉に感謝したのか、目を潤ませ小池はもう一度俯いた。
「やっとお前の生活圏内をSNSや動画から特定出来たのに。やっと直接会えたのに……帰れ? やっぱ何も変わってないんだな」
「だから、それはストーカーになるからやめてって言ってんのよ! アンタが悔しいのは分かるけど就職が上手くいかないのは私のせいじゃなくて、変にプライドが高い自分の性格のせいじゃないの? クレストリンクでもそのせいで同僚とよく衝突して――」
「黙れ!!!」
ビクッ!!
物凄い怒号に思わず驚いた。
こんなに男性に怒鳴られたのは初めてで、少しずつ怖くなり始める。
足が少しずつ後ずさりし始めた。
無意識に距離を取ろうとする。
だが、小池が歩み寄ってくるせいで離れられない。
とりあえず、冷静にさせる為に謝るしか
「……と、とりあえずごめんなさい。これでいいかしら?」
小池は鼻息を荒くし、ガタガタと震え始める。
全身が揺れている。
ポケットに手を入れたり出したりしながら焦点が合わない視線で、私を捕らえる。
なにか、おかしい。
肝が冷えていく。
全身がこの場から逃げろと警笛を鳴らす。
踵を返して一気に足へと力を込めた。
コンビニに、逃げなき――
「俺の人生返せ……この乞食女がぁぁぁぁ!!!!」
ドン!!!!
次の瞬間、私に向かって勢いよくぶつかってきた小池。
人生で感じたこともない激痛と共に力が抜け、その場に押し倒された。
明日更新の④は、残虐な表現が少しだけ入ります。
苦手な方は明後日のサイドストーリー⑤まで読み飛ばしてください。
明明後日で完全完結です。もうしばらくお付き合い頂けたら幸せです。どうぞよろしくお願いいたします。




