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サイドストーリー scar ②

 


「やだぁ、そおなのぉ?」


 甘ったるい声が響く。


 モニターに映る自分を美しく偽り、サブモニターでコメントを追う。


 先程までのコメントとは打って代わり、危うい熱量が漏れていた。


 普通の女性なら


 若干の嫌悪感


 もしくは薄らとした恐怖すら孕むほどの


 熱狂的でいて閉鎖的なコミュニティ。


 だがこれもビジネス。

 慣れたように当たり障りも

 中身もないが男性が微かに期待するかもしれない程度のギリギリのラインの返しのみをする。



 その中に今日もまたいつものように、アンチが湧き始めた。


『お前は乞食だ。この世から消えろ』


『騙されるなこの寄生虫に』


『オワコン女に関わるとお前もオワコンだぞ』


『乞食BBA乙』


『タヒ』


 若干の脅迫めいたコメントなど、フォロワーが合計で数十万を超えた辺りから当たり前の事となっていた。


 私は視線を止めない。

 深く読みもしない。

 相手にしない。


 すれば相手の思うつぼだから。

 すれば私は一気に崩れてしまう。


 それほど極限まで張り詰めた状況なのだから。



(私の事何も知らない癖に。知った口聞いてんじゃないわよ)


 これ以外にお金を効率よく短期間で稼ぐ方法があるなら言ってみなさいよ!!

 払わなければ私は終わりなのよ!?

 あんたが代わりに払ってくれるの!?


 私は喉まで出かかる激情を飲み込み、今日もまた平然とした顔で画面に向かって色気を振りまいた。


 リスナーに偽りの恋を届ける為に。


『今日もありがと〜♡また来てね♡』


 愛らしく首を傾げ、両手を振る。



 荒らしと、ファンからのコメントがめくるめく流れて行った



『うおおお! リノンちゃん! 愛してるぞー』


『ブス。地獄に落ちろ』


『また絶対来るよー』


『詐欺師。金返せ』



 都合のいいコメントだけに反応し、画面を落とした。


「……はぁ」


 配信時間は2時間ほどだった。

 もう喉もカラカラ。


 ぐぅ……



 腹の虫が鳴る。

 今日はアーカイブ用の動画編集作業と企業とのやり取りや生配信で1食も食べていない事に今更気付く。


 時間を見ると……夜中の2時を回っていた。



 この後は今日の配信の重課金勢とのDMもある。

 しばらくは眠れない。


「仕方ない。コンビニでも行くか」


 ガチャリと、防音室を出る。

 配信を始めるにあたって、購入した個室。


 身バレだけは防ぎたかった。


 ルーティン動画も少し部屋の間取りをAIで加工し、分からないようにしている。

 特定班に住所を知られて嫌がらせされては溜まったもんじゃない。


 それにどれだけ逼迫していても生活水準は下げられない。下げたくない。

 そんなの落ちぶれたも同然じゃない。



 私は不意に、部屋を見渡す。

 オシャレだったリビングは、物で散乱し埃が積もっていた。


 シンクには洗い物が溜まり、テーブルの上やフローリングに飲み終わったペットボトルが放置されている。



 だけど今は

 そんなの片付ける心の余裕もない。

 気力もない。


 私には時間がない。

 


 時間と言えば……お腹がもう一度鳴る。私は少し考えた。


 この時間に食べていいもの。

 野菜スティックとからサラダチキン程度かしら。消化には悪いけど太るよりマシね。



 そう、思いながらスマホを持つ。

 SNSで、いつも通り呟いた。


『はぁ。こんな時間にお腹空いちゃった。免罪符になるかわかんないけど、コンビニで野菜スティックでも買おうかな。みんなは真似しちゃダメだよ?』



 加工して誰かも分からないような自撮りの写真と共に投稿する。


 直ぐに数百件のイイネと返信が返ってくる。



 大丈夫。

 まだ、大丈夫。


 私は”ゴミ”じゃない。


 サンダルを履き、外に出た。


 エレベーターを待っている間、LINU通知を開く。


 退職後、一応会社の状況が知りたくて連絡をしてみた彼からのメッセージ。



 だが、結局会社の事は聞けないまま当たり障りのない


 月に数回程度の定型文が送られてくる。


 そんな関係になった。


 何故か

 DMみたいに瞬時に返信できない。

 嘘が思いつかない。


 言葉がなにも出てこない。


 だから、いつも


 既読無視だった。


 それでも彼は何故か、気にする様子もなくメッセージをくれていた。


 チーン。



 エレベーターに乗り込み、ボタンを押す。


 先程のメッセージに、目を向けていつものように言葉を探した。


 打っては消し

 打っては消し。


 今日もやっぱり答えは出ない。


 彼に胸を張れない。


 だってこんな。



 LINU画面を表示したまま、SNSのコメントなんか無視して、本当の自分の返信を考える。


 彼にいつか、返す返信。

 それは今じゃない。



 私にはもう金しかない。


 リスナーしかいない。


 今はまだ自分に胸を張れない生き方だとしても、絶対に現状を乗り越えて、誰に対しても胸を張れるくらいの人生に返り咲いてみせるのだから。


 そして、証明してみせる。


 二度と言わせない。


 あんな言葉は誰にも。



 その時初めて、返信が出来るはずなんだ。


 ルーティンも何もかも真実にして。



 ザッザッ。


 踵をエントランスのコンクリートに擦りながら、外に出た。


 生ぬるく湿った風が気持ち悪い。

 昼はあんなに晴れていたのに。


 明日は雨かもしれないわね。


 湿度が高いとセットが乱れるから嫌いなのよ。


 そう思いながら、徒歩3分程先にあるコンビニに向かった。



 少しだけ、大通りから入った場所にある神崎のマンション。人通りの少ない細めの路地を歩きながら、150mほど先の右側にあるコンビニに向かう。


 明々とするコンビニの照明がここからでも見える。喫煙所の所にいつも通り、自転車やバイクを停めて、たむろする若者が数人いた。


 声をかけられるから面倒なのよね。アイツら。


『おばさん乙ー』


『こんな時間に外出ると危ねぇぞぉー』


 などと言ってくるクソガキ共。

 誰がおばさんよ!

 いつも鼻であしらって無視していた。


 今日もいつも通り、だる絡みされ――



「神崎さん?」


 コンビニまであと30mというところで後ろから、声が聞こえた。



 びっくりして振り返る。

 どこか懐かしいような、見覚えも無いような。

 個性のない幸の薄そうな男が立っていた。


「や……やっと会えた」


 その男は俯いたまま震える声で呟いた。


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― 新着の感想 ―
読了しました!! 誹謗中傷コメントは大変ですよね……! あってはならないことなのに、増殖していくから神崎さんの精神で居られるのが一番です。それでも苦しい……! 神崎さんの声をかけた人物が誰なのか、気…
荒れた生活ぶりから彼女の心から荒れている様子がうかがえて、神崎がそうとう追い込まれているのがわかります。 嘘じゃなく、本心を打ち込みたくても出来ずに打っては消しを繰り返す彼女に、周さんに執着していた頃…
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