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サイドストーリー scar ①

 

 

 6月某日。



「えー? そう? この髪色お気に入りなの。あ! パンチさんスパチャありがとう! こんなに投げてくれたの?うれしー♡ うん、チャレンジしてみて。結構簡単に出来るよ、ブラシかなり優秀。ほら、毛穴全く見えないし。買ってよかったかも」


 真っ暗な部屋の中に作られた小さな部屋から光が漏れる。

 かすかに聞こえる声。



「今日はね、このまま0時まで配信かなー? え、イエベメイク教えて? そうね、次の配信でしようかしら。皆使ってみて欲しいコスメあったらDMで送って。また正直な比較レビューするわ」


 それは嘘。

 契約している企業がリクエストに入っていたら、裏で企業に連絡し、優先的に宣伝する。


 案件では無いがもちろん忖度はする。

 今後の関係の為だ。


 少し、画面に視線を向けてコメントを攫っていく。自分の目元に触れて微かに微笑んだ。

 ひとつの質問を偶然かのように拾う。


「あ、ありがとう。このラメ可愛いでしょ? 普段使いできるし、盛れるから便利なの。カトレダさんから提供して頂いたパウダーなんだけど、私の担当のBAさんにオススメされたのー♡ コスパいいし、何よりブルベイエベ選ばないっていう優れもの! BAさんも即買い商品なんですって! これから流行ること間違いなしだから、是非チェックしてみて!URL貼っておくから。ヘビロテ間違いなしよ♡ それにね――」



 よく知らない怪しい会社からの案件。

 だが頂いた金の分はきっちりとPRする。

 さりげなく褒め倒し、誘導はしっかりと。


 会話の途中で、わざと自身のそばに置いていたポーチから案件のシャドウを取り出し、

 手で試し塗りをして、瞬かせる。


 より商品の良さを伝えて大袈裟にリアクションをする。



 眩しいライトに向かってポーズをとり、髪を撫でる。

 画角的に1番美しく見える角度だけを見せて。


 長いまつ毛を揺らし

 ぽってりとした唇を妖艶に緩ませ


 柔らかな曲線で女性らしさすら演出する。


 読み取れないほどの速度で流れるコメントを、慣れた手つきで読み取り、返事をする。


 定期的に赤やオレンジ、黄色のチャットが上に表示され、その度に相手の名前とコメントを呟いて返していた。


「あ、そろそろ時間ね……今日も皆観に来てくれて本当にありがとう! 私がプロデュースしたジェラート・ポケとのコラボ商品のルームサンダルもぜひチェックしてみてね。歩きやすいし超可愛いから! 次回は3日後! 22時から配信だから♡ 絶対来てね」


 満面の笑みで手を振り、そのまま配信を終了する。



「……」



 左のモニターを見ると、まだ余韻のようにコメントが流れている。

 全てを閉じて潤いを閉じ込めたようなウェーブヘアをかきあげた。


 はあ。


 今日の投げ銭を確認する。25万8000円。ランキング18位。同時視聴者数は7万人



「ちっ……私生活もオススメのコスメまでみせてあげたんだからもう少し投げ銭落としなさいよね。たった25万ぽっち?ったく、しょぼいわね」


 パソコンの電源を落とし、テーブルの上に置かれた内容証明に視線を送った。


 送付元はクレストリンク・ジャパン。


 破り捨てたいのに、それが叶わない恨めしい書類。


 今年に入って、あの会社とは損害賠償請求で揉めに揉めた。

 数億とふっかけてきたあの頭のおかしい会社。

 そんなの払えるわけない。


 民事訴訟に強いと言われる弁護士を雇ってどうにか払えるギリギリまで落とすことは出来た。


 貿易商の親に泣きついた元々の口座を作って積立てくれていた3000万を振り込んで貰えた。

 ……絶縁と引き換えに。


 私が嫁に行く時の為にコツコツと貯めてくれていたお金だったと聞いた。



 こんな、無駄な事で使ってしまうなんて。

 それもこれもあの男のせい。


 あれから増えてしまったタバコ。


 美容系インフルエンサーとして駆け出した今、やめなくてはいけないのに。


 今はもうやめられそうにない。


 親からの3000万これは非課税。誠達からの金は現金で貰ったから……このままバレずに済めば……。


 損害賠償請求は8000万、弁護士費用はおよそ1000万……

 私の今の月収とスパチャ、最近案件からくるアフィリエイト収入を合わせたとしても手数料がかかるから700万もない、しかもそこから更におよそ半分が税で飛ぶ……。



 だめだわ……まだ全然……足りない。


 こんなに必死で配信して、寝る間も惜しんで努力してるのに。


 鏡に映る自分を見つめた。


 変わらず、美しいまま。


 だけどどこかやつれて見える。

 自信に満ち溢れていた前とは違い、みすぼらしく……見える気がした。


 ふとこないだ、アンチから大量に『乞食女』だと書かれていたことを思い出す。


 ギリっ……


 人差し指の爪を噛んだ。


 悔しくて、匿名の誹謗中傷が妙に刺さるせいで、気にしないフリが出来なかった。



 だってそう。

 その通りだもの。


 本当は私だって分かってるわ。



 こんなの、いつまでも続けられない。

 いくらバズっても

 企業からコラボ企画をいくら貰っても。


 いつか人が飽きたら。

 そこでまた私は


 私の価値は


 “ゴミ”


 に変わる。


 それが怖くて、忘れ去られたくなくて。

 寝る間を惜しんででも毎日配信やSNSにしがみつく。


 虚勢を張る。



 オシャレなモーニングルーティンも

 煌びやかなナイトルーティーンも。


 何もかも


 見せかけの偶像。

 嘘で塗り固められた偽物。



 だって、私には美しさしか誇れるものがない。

 それ以外、知らない。



 アンチのバカども、聞きなさい。

 私はね、あんた達みたいな、ぬるい世界に住んでないのよ。


 あんた達が大切にしてるものなんて、私にとっては何の価値もない。無駄なもの。



 私には


 もう、お金しか――



 ピロン。


 パソコンの画面に他サイトの通知が来る。



 僅かだが……ため息をついた。


 おもむろに立ち上がり、服を着替えていく。

 メイクも濃いめにシフトした。


 最後に全身の身だしなみを鏡の前でチェックする。


 夜中の配信に切り替える時間だ。少し大人向けの……配信。


 一瞬だけ、動きを止める。

 鏡に映る娼婦があまりにも滑稽で。



 微かに目頭の奥が熱を持った。


 グッと眉間に力を入れて気持ちを切替える。



 大丈夫よ。


 今までだって……ずっとそうしてきたじゃない。

 目的の為には手段を選ばない。


 それが私のポリシー。


 ただ今は……世界配信で、人に見られる規模が大きくなったってだけ。


 ヒラヒラと少しの風に靡くような妖艶な服に身を包み、髪にヘアオイルを馴染ませた。


 リップを塗り直し、またライトの調整に入る。




「こんばんわー!リノンの配信始まるよ〜。あ、早速来てくれてありがとう、パンダさん!」




 私を欲するリスナーに


 今日も私を届けてあげるのよ。



 ***



 ブー


 背後で充電していたスマホが光る。


 通知1件


『お久しぶりです、神崎さん。あれからお変わりないですか? 最近は少し暖かくなってきましたね。またいつか、ご一緒にコーヒーでも飲めたらなんて思っています』



 静かに誰かからのメッセージを照らしていた。




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― 新着の感想 ―
いつか人が飽きたら。 そこでまた私は私の価値は “ゴミ” に変わる。 周の一言が、彼女の傷になっている。 それでも生活のために自分を切り売りしている。 会社にいた頃には、こんな自分になるとは想像もで…
読了しました!! まさかのサイドストーリーは神崎さんだと……!? しかも、配信者でお金稼ぎしてたんですね! あれだけのことをやらかした方ですが、無事生活されてるようで良かった!! そして誰からのメッ…
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