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299話 プロポーズ

本日いよいよ本編最終回となります。


周があれだけ悩んで迷走しまくっていたプロポーズ。

果たしてどうなったのか。


ぜひ読んで頂けたら幸いです。

 


「……とうとう、これを渡す時が来たか」


 澪桜は客間のクローゼットを開ける。ここは澪桜だけの物置。

 趣味のルースや釣竿、弾けもしないギターに少しだけ触れた。

 その1番奥にひっそりと置かれている、大きな木の板のようなものへと手を伸ばす。


 厳重に梱包された板。

 抱き抱えるとずっしりとした重さが澪桜の腕にかかる。


 少しだけ埃が舞って朝日を受けた部屋がキラキラと輝いて見えた。




 遡ること12月18日。


 レンタルスペースの契約が切れる2日前のこと。


 澪桜は一人、契約していたレンタルスペースを訪れた。


「以上で宜しいですかね?金額を計算致しますので少しお待ちください」


「はい。お願いします」



 周に渡されていた鍵を握りしめる。


 一人暮らししていた頃の家具の大半を乗せたトラック。

 半年契約の更新が切れる今月まで来られなかった澪桜。


 心配した周が眉を下げて


 また更新すればいい。

 いつか、心の傷が癒えた時にゆっくり向き合えばいい。

 何度もそう言ってくれていた。


 だけど。


 それは逃げ。


 彼の優しさは時に甘い毒になる。

 優しさに包まれ過ぎて


 前を向けなくなる時がある。

 これだけは。


 ちゃんと自分でケジメをつけなくては。


 そう決意していた澪桜は周のカンファレンスに合わせ業者を予約していた。


 周に更新せずに、解約しておくように伝えて。


 トラックの荷台に視線を向ける。


 二人でいつも夕飯を食べていたちゃぶ台

 周の絵をこっそり隠していた3段ボックス


 いつの間にか書かなくなった家計簿。


 初めて二人で並んで寝た私のベッド。


 ……いつも使ってた、古ぼけた中古の冷蔵庫。


 何もかも


 大切な思い出。


「では、こちらですね。サインお願いします」


 掲示された請求書。澪桜は静かにサインして、現金で支払った。


 領収を受け取り、頭を下げて見送るトラック。


 心の中でそっと


 過去の記憶や恐怖。

 思い出にさよならをつげた。


 領収と請求書の控えをカバンに入れながら、足元に残ったたった一つの荷物を抱え、タクシーを呼び止めた。



「君は……気に入ってくれるかい?」



 最後に残ったそれを、愛おしそうに愛でながら澪桜はタクシーの中から夜景に視線を向けた。



 何も要らないと言われた周の誕生日。

 それでも澪桜は


 何かを――


 周との初めての誕生日だから。


 彼の記憶に残る何かを渡したかった。


 初めて過ごす二人のクリスマス。

 楽しみだけど


 気に入って貰えるかだけが不安で。


 澪桜は払拭するようにそれを強く抱き締めた。




 ***



 25日朝



 遮光カーテンの隙間から優しい光が漏れる。


 遠くの方から軽快な音が聞こえ、食欲をそそる匂いが鼻を掠めた。


 誰かがパタパタと機敏に動く足音。


 まだ微睡みから抜けられない俺は毛布の海で体勢を変えた。


「ん……」


 目をつぶったまま、澪桜を探す。


 抱き寄せたいのに。


 毛布と布団しか手に触れない。


 それでも彼女の残り香に包まれるように布団を引き寄せうずくまったまま、もう一度眠りに落ちかけ始める。


 昨日の夢のようなひと時が忘れられなくて。


 俺はいつまでもベッドから起き上がれないでいた。


「――さん」


 柔らかな声が微かに耳に響く。


 綺麗な声。



「周……さん」



 白檀の香りが。

 柔らかな髪が頬を撫でて。

 俺は目も開けずにまた腕だけを伸ばす。



「うわぁ!!」


 今度は捕まえた。

 細くて柔らかい彼女の感触が少しずつ俺を覚醒させる。


「んん」


 甘く唸る。

 心地よい香りに顔を埋めるとポカポカ叩かれた。


「うおい! いい加減起きろ! もう11時だよ!? 何時まで寝る気だ……そして離せぇ」


 薄目を開けると。

 やはり目の前には、美しい女神がいた。


 胸が綻び、思わずキスをする。


「……おはよう。澪桜」


 どこまでも深く愛を表現するように唇を重ねた。

 最初は応えてくれていた彼女だったが、途中で避けられる。


「んっぷは! おはよう! ……ほら、ご飯出来てるよ?着替えも持ってきた。温かいうちに二人で食べよう」


 ニシシ! と満面の笑みで言う彼女が愛おしくて。


 俺はまだボヤけた視界のまま堪らず目を細める。



「俺が寝てる間に作ってくれたの? ……嬉しい」


「君が好きなフリカッセだよ。久しぶりだろう?」



 澪桜に初めて作ってもらったご飯。

 ああ、だからタイムの香りがしてたのか


 次第にハッキリしていく意識の中で


 ふと、


 澪桜の背後の異変に気づく。



「……え」



 俺の家に


 美術品などはない。



 絵画を飾ったことなど一度も。


 思わず


 息を飲む。


 だって


 ……これは。



 澪桜が一瞬俺の視線の方向に振り返り、もう一度俺の方に視線を向けた。



「……どうして? だって、この絵は……」



 君だけの宝物だって


 言っていただろう?


 誰にも見せないんだって。




『君には……そうだな。いつか見せる時が来るかもしれない』


 あの日の君が蘇る。


 まさか、そんな。



 ポタ


 ポタ



 視界が……歪んでいった。


 困惑しながら涙を流す俺に、君は優しく微笑む。



「プレゼント一日遅れたね。改めて誕生日おめでとう。気に入って……もらえるかな? 私の、最高傑作なんだ」


 また愛おしそうに絵画へと視線を戻す澪桜と共に

 俺ももう一度絵画を見上げた。



 丘の上にそびえ立つ一本の楓。

 夕闇に染まりゆく背後の柔らかな太陽光を背に、孤高の樹は気品をも感じさせるほどに、気高く色彩を染める。


 なにもかもが相反する着色なのに。

 今までに観たどんな絵画よりも力強く


 美しい。


 まるで


 それは


 澪桜そのもので。


 涙が止まらない。

 なんで泣いてるのか自分でも分からないのに。


 目の前の絵画と澪桜が


 愛おしくて。


 幸せで。


 穏やかな笑みを浮かべた彼女が一言だけ呟いた。



「気に入ってもらえたみたいで良かったよ」


 俺は腕で涙を拭いながら返した。


「気に入らないわけないじゃない」



「この楓の木のタイトル覚えているかい?」


「たしか”夢”……だよね」


「違う。それは、授業の題材なんだ。本当のタイトルはね」



「……え?」




「永遠」



 俺は目を見開く。

 何を言おうとしているのかが……わかってしまった。

 彼女の優しい瞳が


 俺を捕らえて離さない。



「結城 周さん」


「っ……はい」


 華奢な手が、俺の手を包み込む。

 必死に……握り返した。


「私の”永遠”を……受け取ってくれますか?」


「うぅ……はい……ううううう」



 俺はその場に崩れる。もう耐えられなかった。



 サプライズ


 俺がしたかったのに。

 なんで君は


 こんなにいつもカッコイイの?


 ズルいんだよホント。


 何で俺を泣かせにかかるの……。



 泣きじゃくる俺の頭を大切そうに撫でる手。

 嗚咽が、呼吸を邪魔する。

 かっこ悪いのは分かってるのに。

 取り繕えない。


 俺は子供のように澪桜にしがみついたまま、いつまでも泣き続けた。


 きっともう


 どんなに歳をとっても


 たとえボケたとしても。


 今日のことを忘れる日は”永遠”に来ないだろう。


 この日俺の人生に、宝物がまた一つ増えたのだから。




 ***



 ぐしゃぐしゃな顔のまま、客間に向かい指輪を取ってくる。

 もう、何もかも意味が無い。


 こんなパジャマで、箱パカして今更膝ついても、多分笑われるだけ。

 だったら付けるまで見せない。


 箱パカもせず

 震える手で彼女の指に、婚約指輪をはめる。


 だが、驚きも感嘆もなく何故か彼女が笑ってる。


 チェーンリングがキラキラと揺れて綺麗なのに。


 感動してくれない。


 涙でよく見えない俺に澪桜が堪らず声を出した。


「……君、結婚式でこんなポンコツ晒すなよ? ぶはははははは」


 よく見ると……掲げているその手は

 右手。


 ここぞという時にまた俺はやらかした。

 人生最大の瞬間まで爆笑される俺は、ベッドで天を仰ぎ、頭をかきむしる。


「ぐあああああ!! やってもうたーーーーー!!!」


「ぶはははははははは!!」


 ポンコツな俺を爆笑する澪桜の右手に光る婚約指輪がやけに綺麗で。


 ある意味この事も一生忘れられない俺だった。





明日より2日間で二人の結婚式のエピローグ2話をアップ致します。

本編はそれを持ちまして完全に完結となります。

※最後の最後でオマケの話があります。


後書きはそこで書こうと思います。

その前に皆様。


300話以上お付き合いくださり、本当に本当にありがとうございました!!幸せでいっぱいです!!

ぜひ明日からの2話も付いてきて頂けたら幸いです✨️


その後はサイドストーリーをアップ予定です(((o(*゜▽゜*)o)))

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― 新着の感想 ―
完結お疲れさまでした。 300話を超える長編を最後まで書き切られたこと、本当にすごいと思います。 以前「いつか見せる時が来るかもしれない」と話していた澪桜さんの絵が、最後に周さんへのプレゼントとして出…
読了しました!! わぁぁぁぁ!!めっちゃくちゃ良かったです!! 周よりも澪桜のほうがやはり一枚上手だった!! ずるい……本当にかっこいい!! 二人の幸せが永遠を続くことを願い、祈ります。 次回も楽し…
本編最終回。 「永遠」あの絵の回。 すれ違い、別れを覚悟した。 それがこうして二人で一緒にいて、周さんに渡すシーンは二重に泣けてきました。 あんなにいろいろ考えいたプロポーズも、澪桜さんがサラッと決め…
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