298話 卒業
とうとう、卒業です。
「しまった……焦りすぎた……くそ。この童貞野郎が……」
俺は一人自分を罵った。
身体を滴る水滴を眺めて先程の事を思い出す。
楽しい食事を終えた俺達は、あの後少し車を走らせスタパで飲み物を買ってイルミネーションを楽しんだ後、家に帰ってきた。
最近はもうずーっと澪桜とは共に風呂に入っている。
当たり前になっていた習慣だった為、今日もいつものように二人で入浴した。
だがその後が問題だった。
今日は違う。
今日だけは特別。
待ちきれなくて。
澪桜が綺麗過ぎて。
少しだけ……甘い雰囲気にしていってしまった俺。
先程可愛い声を聞いたばかり。
俺が甘やかす度に潤んだ瞳で微かに訴える彼女。
こうなるともう、止められない。
どんどんとその気になっていく俺を残して、彼女は耳や顔を真っ赤に染めたまま「いい加減にしろぉ!のぼせるわ!」と言って先に上がってしまった。
確かにド正論。
俺好みの熱めの湯船に浸かりながら致すことでは無い。
澪桜はぬるめのお湯が好きなのに。
……失敗だ。
外が寒かったからつい。
どうしよう、どうやって挽回すればいい?
まさか……これで終わり?
何度も自分のやらかしに反省しながらも風呂掃除をして、風呂を出た。
洗面所に出ると澪桜を感じる、ヘアオイルの残り香が広がっている。
心地よい柔らかな香りが鼻を掠めた。
俺と共同で使っているスキンケアが俺のために置きっぱなしにしてある。
下着とタオルも。
こういうさり気ない優しさがとても愛おしい。
スキンケアを済ませ
髪にアウトバストリートメントを付けて乾かしていく。
だが、変わらず気持ちは高ぶったまま。
早く、澪桜の元に行きたい。
……でもさっき逃げられたばかりだ。
本当はあのまま、濡れそぼった彼女をベッドまで連れて行って……愛し合うつもりだったのに。
一度拒否された俺はどの面下げて
「さっきはごめんね♡ もっかいしよ☆」
なんて言うのか。
同棲初めて半年。
付き合い初めて7ヶ月……なのに。
結局ダサい童貞のまま。
反省して凹む俺はそれでも、とぼとぼと澪桜の元に向かう。
だって澪桜の傍が俺の居場所だから。
申し訳なさから重い足取りでベッドに向かうと、澪桜が俺を見た。
「お、上がったかい? よくもまぁあんな熱いお風呂にずっと浸かれるねぇ。私はクラクラしてやっと熱が冷めたよ」
「ごめんね。外が寒かったからつい、熱くしてしまって」
優しい声で話しかけられて、ダサい自分が情けなくて。
まだ顔が見られない。
「いや、確かに寒かったからちょうど良かったよ。ただ、長風呂は無理だなあの温度は。湯が噛み付く」
例えが江戸前のおっさん。
澪桜の隣に腰を落とす俺に澪桜が布団をかける。緩めのパジャマから綺麗な鎖骨が覗いていて……また乾き始める。
思わず視線を逸らした。
「周さん」
澪桜の声。
優しい大好きな……声。
「なに?」
俺も応えるように、柔らかく聞き返す。
だけど答えは返ってこなくて。
澪桜の方に視線を向けた。
信じられない光景に……目を見開いた。
「本日は……えっと……ドキドキしてますのでその。……うーんと……不束者ではございますが、周さん。可愛がって頂けますよう、よろしくお願いいたします」
俺に向かって、三指を立てる澪桜。
よく見ると……首筋まで真っ赤で……
何か返したい。
「こっ……こちらこそ、何かと至らない点が多々あるかもしれませんが、どうか宜しくお願い致します」
気付くと俺も澪桜に三指を立てていた。
互いに顔を上げて目を合わせる。
「ふっははははははは」
「なんだこれ。江戸時代か! あはははははは」
無邪気に笑う澪桜の笑顔が眩しい。
愛おしくて、凄く幸せで。
俺は両手を広げ、優しく澪桜を抱きしめた。
彼女の手がそっと俺の背中に回る。
柔らかな細い指から体温が伝わる。
少し力を抜くと、俺を見上げる宝石みたいな瞳と目が合った。
揺れるまつ毛がやけに綺麗で。
ゆっくり
そっと
壊さないように
大切に
唇を深く、何度も重ねた。
何度も
何度も。
ねえ、澪桜。
愛してるよ。
心の底から愛してる。
このまま溶け合って
ひとつになって
永遠に離れなくなってしまえばいい。
そう、泣きたくなるくらい
君を感じていた。




