297話 ホタテ再び
「君の瞳に乾杯」
「んぶふぅ!!!」
往年の決めゼリフを爆笑される周。
セリフのチョイスが明後日。
いやむしろ昭和。
澪桜の手に持つナチュラルスパークリングウォーターがガタガタと揺れる。
思わず赤面し周は言った。
「んもう!! やめてよ! ちょっとはキュンとしてよ!!」
「いや無理だろ……なんだそのセリフは。他に候補は無かったのかい……??」
周がリサーチ男だと知っている澪桜はクックッとまだ肩を揺らしている。
「カッコイイセリフ思い付かなかったの。どれも臭いし。……でも今日の君は格別に綺麗。それは本心」
正面に座って笑っている澪桜のグラスに軽くグラスを当てる。
フランス産の水の女王と呼ばれるスパークリングウォーターが優しく気泡を立てた。
周は一気に暑くなってしまった身体を冷やすように口に運んだ。
柔らかな刺激が喉に心地よい。
目を細めて彼女に視線を向ける。
軽くハーフアップにした髪。
黒から白にグラデーションのかかったミモレ丈のワンピース。
首から鎖骨がスっと伸びてより気品を感じた。
……色白の彼女に良く似合う。
「そのワンピース、本当によく似合ってる」
「周さんも。黒のワントーンコーデ、どこぞのヒットマンみたいでカッコイイよ。タートルネックはやはり鉄板だね」
片眉を上げておどけてみせる。
「……それ褒めてる?」
ケタケタと笑う澪桜につられて笑った。
普段通りの空気。
いつもの食事になっていく二人。
しっとりと甘い空気を出すために、色々と考えたプランが潰れていく。
(やっぱ、何事もプラン通りにはいかないなぁ)
クリスマスプレゼントも死ぬほど考えていたのに、なんも要らんと断られプレゼント交換自体が無くなってしまった。
せっかく楽しみにしていたのに。
……俺の高額投資を懸念した澪桜により、牽制されてしまった。
もう!
君に重課金したいって何度言えばわかるの。
でも……まぁ考えようによっては……
何かを納得した周はホタテのテリーヌを口に運ぶ澪桜の仕草に視線を向けたまま薄く微笑む。
澪桜はその様子に気付いて首を傾げた。
「どうしたの?」
「いや。明日のプレゼント交換、本当に無くて良かったの?」
「要らないよ! 私は既にゲームも貰った! 調理器具も欲しいって言ったらその場でネットで調べて買ってくれる。衣食住全て、君が有無を言わさずに整えてる。……これ以上なんも要らん!」
はっきりと言い放ち、頬張る澪桜。
だが周はショックを受けるでもなく、ただずっと微笑んでいる。
「ふふふ」
「な、何だよ」
「だいぶ俺の金で物を買うの慣れてくれたんだね」
「だから。君が有無を言わさないからだろ。私のスマホのECアプリだってもう……全部君のアカウントなんだもん。隠れてプレゼントすら購入できやしない!」
「だって、俺達の家に届く、俺達のものでしょ? 君が買いたい物は全て俺が買いたい物だもん。それこそ俺へのプレゼントはいらない。君が彼女になって、婚約者になってくれたことが既に最大のプレゼントだからね♡」
「危険が危ない思想!!」
澪桜の渾身のツッコミだが、何も響かない周は、美しい所作でホタテのテリーヌにナイフを入れる。
ライトアップされた洋風な庭園。
クリスマス仕様だろうか。イルミネーションが美しい。
その柔らかく点滅する光を浴びる周の髪に、イルミネーションの色彩が移る。
色素の薄い髪が青や黄色に彩られ彼の陰影を引き立たせた。
つい、あの日を思い出す。
「「また二人で来れて良かった」」
目を見開き、揃った声に驚く。
周は眉を下げて微笑んだ。
「あの日……俺は君を失うんじゃないかと不安だったよ」
澪桜も同じように微笑んだ。
「私は、君を失ったと思ったよ。親友だった君を」
「同じこと……思っていたんだね。あの時からずっと」
周は嬉しそうに目を細めて澪桜の指に手を重ねる。
その左手に光る、細い指輪に優しく触れた。
今日までの仮の婚約指輪。
「周さん」
「ん? 何?」
「お誕生日おめでとう。29年前の今日、生まれてきてくれてありがとう。君のお陰で私の人生は……こんなに色付いたよ」
一瞬、目を見開き……思わず俯く。
「……よ」
「なんだい?」
「……泣かせにくるなんて……ズルいよ」
あの日澪桜に言った言葉をそのまま返されて。
嬉しくて
切なくて。
周は俯いたまま必死に目を乾かした。
***
食事を終え、お祝い用のデザートプレートに舌鼓を打った後、店員の勧めですこしだけイルミネーションに彩られた庭園を歩いた。
まわりのはしゃぐカップル達と距離を置きながら、二人は景色に目を向ける。
「綺麗だねぇ。近くで見ると眼球がやられるけど」
「言い方」
「うしししし! この大元の電源ソケットはどこだろうね!? 一瞬で消えたらみんなびっくりするかなぁ?」
「……最悪だ。ミアの予測通りすぎる……」
目元に手を当ててゲンナリする周に首を傾げた。
「なにが。それよりほら、周さんこっちを向け!」
強制的にカメラに視線を向けさせられ、変な顔でツーショットを撮らさせられた。
「うわっ! なんでいつも抜き打ちなんだよ!? もっかい! それ消して」
「嫌だねぇーレアな周さんの白目ショット」
「何がレアだよ! いっつも変な顔ばっか撮りやがって!! もっかいだよもっかい!!」
「んもー。うるさい」
口では言い合うが、顔は終始綻んでいる。
二人は名残惜しむように今日という記念を写真に収めた。
店を出て、駐車場に向かう道すがら、街路樹を彩るイルミネーションに目を向けて、クリスマスソングを歌う澪桜に声をかけた。
「澪桜」
澪桜は嬉しそうに振り返る。
「なんだい?」
「……今日はありがとう。こんなに嬉しい誕生日は生まれて初めてだったよ」
「こちらこそ! 人生で一番幸せなクリスマスイブを過ごさせてくれてありがとう」
夜景に溶ける彼女があまりにも綺麗で。
周は思わず抱きしめた。
「やっやめろ! 公衆の面前」
「見せつけてやればいい」
腕の中で暴れる澪桜のおでこにキスを落として微笑んだ。
「でも、一つだけごめん」
「?」
動きを止めてキョトンとする澪桜に眉を下げて呟いた。
「プレゼント。もうあげちゃった」
「……は?」
「……これでミッションコンプリート。今年と来年で分けようかとも思ったけど既にはみ出ちゃってたし、未来は未定。それならもう一気に済ませてしまおうって思ってさ」
意味がわからない澪桜から離れて周は歩き出す。
澪桜が口ずさんでいた歌を代わりに歌いながら上機嫌で……。
「ま、……まさか」
慌てて口座を確認した。
ユウキアマネから、今日新たに送金されている。
……桁がおかしい。
「ま、待ってなにこれ……」
「贈与税かかるでしょ♡」
「なんじゃこらぁぁぁぁぁ!?アホかぁぁぁぁ!?」
思わず公衆の面前で膝から崩れ落ちた。




