295話 周に起きた変化
15日月曜日
夜19:00
周はこの日、澪桜に先にタクシーで帰るよう断りを入れ独りで行動していた。
「結城様、大変お待たせ致しました。こちらにどうぞ」
久しぶりに来たあの、ジュエリーショップ。
付き合う前から何度もお世話になっている
縁のあるお店だ。
相変わらず煌びやかで、洗練されたデザインの店内を抜けて、代表取締役の女性の後をついて行く。
前回澪桜と入った応接間に通された。
ゆっくりと革素材のソファに腰を落とすと女性も向かいに座り、事前にローテーブルの上に準備されていた品に視線を落とす。
「失礼致します」
厳かにそう呟き、周に頭を下げた後、白い布の手袋をはめる。
高級感のある独特なデザインの木箱をゆっくりと開け、更にその横に置いてある透明なガラス製の宝石のようなジュエリーケースも開けた。
木箱の中のボルドー色のベルベットでできた台座に収められている対の指輪。
そして、ガラスケースの中のクリーム色の台座に収められている対の指輪。
夢にまで見た婚約指輪と結婚指輪だ。
「どうぞ、お確かめください」
震える手で、優しくケースに触れた。
桐で出来た香しい和風なケースの中に収められているのは、結婚指輪。
何とも言えない、美しいメビウスの捻れが滑らかな流線型を描き、全貌を見なくても完成度が高い事が分かった。
そしてマット加工の為か、年輪を模した波模様が何とも見事で美しい。
決して指輪に触れる事なく
満足するまでケースの角度を変えながら眺めた。
次は……ガラス製のケースを手に取る。
あの日見た
澪桜が可愛いと目を細めていた石が
息を飲む程美しい指輪に生まれ変わり、照明の光を浴びて輝く。
海のように深いのに、どこか優しい色味の宝石がはめ込まれた特殊な指輪を傾ける度に揺れる。
「……やはりこのチェーンリングは美しい。デザイン変更のご相談を受け入れて良かった」
「はい。樹が『永遠に途切れない鎖』をテーマに、サイズ調整可能なずっと付けられる指輪にとこちらのデザインで最終決定となりました。男性用の事も考え、重ね付けした際に一体型に見えるよう、しなやかにフィットする、滑らかなスネークチェーンを採用させて頂いております」
周の指輪は少し太く
澪桜の指輪は極細で、ダイヤが主役になるように作られている。
女性の説明を聞きながら指輪を眺めて愛おしそうに、周は微笑んだ。
「ありがとうございました。こちらのお店にお願いして本当に良かった」
「そう仰って頂けますと我々としても光栄でございます。永久保証書、こちらが鑑定書、こちらがルースの鑑別書でございます」
一つ一つ説明したあと、袋に収納し周に手渡した。
どんなプロポーズが多いのか、一応リサーチとして接客をしてくれた代表取締役の女性から聞き、店を出て車に乗り込む。
やはり箱パカが無難だと聞かされほぼ考えていたサプライズがほぼ死んだ周は、肩を落としながら車に乗りこみ車道に出ようと前方確認をしていた。
ふと、ルームミラーで店の方に視線を向けると、スタッフ総出でいつまでもこちらに頭を下げている彼らに、少し目を開く。
後部座席にある、今日購入したものと、ご好意で頂いた青いプリザーブドフラワーの小物とウエディングドロップ。
周は心がくすぐったくなるのを覚えた。
仕事だからだとは分かっているが、祝福されている気がして。
挙式は4月15日、二人が出会って1年目の火曜日に決めた。籍も先にその日に入れる。
平日だ。
都合が合わない人は来れないのは当然。
無理そうなら九州と東京で改めて食事会でもしたらいいと考えていた。
それより俺たちは、一生に一度の晴れの日に意味を持たせたい。
結婚記念日は出会った日がいいから。
偶然にも大安が重なった事で俺たちの気持ちはすぐに固まった。
正直、互いの会社に迷惑がかかることは必至。
昔の俺なら社会人あるまじきだと罵っただろう。
管理職として常識外れだと。
だから一応の報告はするが、誰も来るはずは無いと踏んでいた。
むしろ来なくていいと。
俺の私情に誰も興味はないだろうから。
それなのに。
今日職場で一応最近よく話す藤堂、直属の上司であり、周の指導役でもあった先輩の冴木に話をした。
2人とも自分の事のように喜び、二つ返事で有給申請してみると言って貰えた。
俺は
嬉しさと申し訳なさで、頭を下げるしかできなかった。
人からの好意など
善意など
愛など
俺には無縁だと。
ずっとそう、思ってきたのに。
澪桜
君と出会って人との繋がりの大切さに気付いたんだ。
君が愛してくれるから。
愛させてくれるから。
俺は人と少しだけ繋がれる人間になれたみたいだよ。
山本なんかはもう有給を取ったと言っていた。
それにね、ハーディンってぶっきらぼうな外国人も来る気らしい。
奴には関係ないから結婚式の事話さなかったら、冴木さんから聞いたと、自分だけ呼ばれてないと、さっき仕事帰りにすごく怒られたから。
……今日なら。
親に電話できそうな気がする。
ずっと無意識に避けてきた親に。
俺にはもう、最愛の人がいるから。
周は早く彼女の元に、彼女との約束を守るために車を走らせた。




