285話 周の忠告
すみません、また一時間遅くなってしまった…
本日少し長いです。
どうかお付き合い頂けますように!!
「こっこれ……何で」
「ハーディンさんの所の社員さん凄いですよね。どんなに厳重にロックかけててもいとも簡単にくぐり抜けて……ああ、今朝言ってた貸出し端末ですが、故障じゃなくて貴方方の端末全てをシステム管理部が入れないようにしただけですので、あしからず」
「そんな……じゃあ俺はお前に嵌められただけ」
「おっとそれは人聞きが悪い。出社してくださいとお伝えしただけなのに。それよりこの写真が犯罪行為だという認識はございますよね?」
微笑む周。その言葉は……鋭い。
「それ……は」
(これはただの、個人的な俺のオカズ、コレクション。ただそれだけの用途なのに。公衆の面前でここまで何で言われなきゃいけないんだ)
黒瀬が言葉を出せないでいると、周はため息をついて続けた。
「リーダー達から貴方の対処に困っていると相談を受けた時点で既に遅かっただなんて……僕としてはとてもガッカリです。盗撮用の小型カメラまで違法で使用しているとは。……藤堂さんから指示が無ければウチには入れなかったのに」
スマホに転送されたデータとして残っている。
暗にそう伝えながら誰かに釘を刺す。
「うぐぅ……っごほっ。失礼しました」
後ろからゴリラの呻きが聞こえてきたが、周は涼しい顔のままだ。
黒瀬は自身の今後を計算し始める。
示談にしたとして……いったいいくらかかるのか。
被害者の数はざっと2、30人は超えるから。
それと、横領……。
全てを示談で済ますとしてもかなり日にちがかかりそうだ。
くそ、めんどくさい事になった。
このままクレストリンクに在籍し続けられると思っていたのに、これでは……。
「ハーディンマネージャーの言葉が聞き取れていれば……ですが。他の方の事実確認でもう既にお察し頂けていると思いますが、先日懲戒解雇された神崎さんを貴方が斡旋し、利用して僕を陥れようとしていたことも発覚しています」
何もかも消したはずなのに。消し忘れていた奴らのせいで、そう思うと腹が立った黒瀬はイラつきを隠す事なく舌打ちした。
「それから先日の……ノースウェルに機密情報を漏洩した件ですが青田さんと貴方のやり取り、ノースウェル社の社員とのやり取りも確認が取れています。かなりの額を取引されたようですね?実行犯である神崎さんには渡さず、鷹野VP、青田GM、御影マネージャーと山分けしようという内容も。……いかがでしょうか?」
「その……通りです」
「なるほど。この後、あくまで任意ですが、黒瀬さんにもお手持ちの口座を全ての確認をさせて頂きたいと思いますがご協力お願いできますか?」
断る理由も、逃げ道も当然あるわけがない。
もう頷くしかできなかった。
自身のスマホから証拠を抜かれたのかもアイツらがミスったせいなのかも分からないまま、イライラしていると察したのか、周が微笑んで口を開く。
「証拠は復元したのは御影マネージャーのスマホからです。黒瀬さんからも少し。皆さんそれぞれやり取りしていたので助かりました。何もかも通話だったら少し証拠としては弱かったでしょうから」
青田の言う事を信じすぎた結果だ。
奴のやり方だとログすら残らない、そんな確証もない話をなぜ鵜呑みにしたんだろうと今になって黒瀬は後悔した。
黒瀬はもう、否定する気力も残っていない。
目の前のタブレットに次々映し出される証拠。
(毎日、毎日、顔を合わせていたはずの生意気なクソガキが……上層部としてこの俺を断罪している。いずれ俺が立つべきポストだったはずなのに)
ギリィ
さらに続いていく質疑応答。
だがもう心はここに在らずだった。
周の言葉に生返事をしながら、隣で青ざめて俯く見る影もない男たちに視線を向けた。
(こいつらが絶対俺をそこに立たせてくれる。だからこそ、親父と二人で金になる話を寄越してやったり女もあてがえてやったのに)
結局何もかもパァ。
キャリアに傷を付けられただけ。
黒瀬は怒りを滲ませた。
こんなことなら先生を紹介してやるべきでは無かったと。
甘い汁を吸うだけ吸ってこの虫けらどもが。
言い訳もせずに、ただ全てを認めていくだけになった為、サクサクと事が進む。
膨大な罪の数だったがものの1時間ほどで黒瀬の質疑応答は終わっていった。
時計を見ると、時刻はもう15時をまわっていた。
この後各自各々の自宅に向かい、パソコンと通帳を任意で調べるそうだ。
処分はその後。
決定されるらしい。
この場で吉沢は一言だけ呟いた。
「この後は自宅待機。処分が決定するまで待機を続けるように。以上だ」
それ以上は何も言わずさっさと会議室を出ていってしまった。
目も合わせずに。
吉沢に続き、続々と上層部の人間たちはその場を後にしていく。
審査会が終わってしまった事を自覚した横領犯達は皆、後悔を口にし始める。
「あ、ああああ。終わりだ……どうすれば……どうすれば」
「お前のせいでこんなことに」
「俺のキャリアが!!」
隣から聞こえてくる負け犬の言葉に黒瀬だけは他人事のように呆れていた。
そこに、ニコニコと周が近付いて来る。
「残念でしたね。黒瀬さん? 噂通り僕の上司になるのかなぁ?って思ってたのに。ふふふ、でもハーディンの言葉すら理解出来てないならちょっと無理かな?それと盗撮は悪趣味過ぎて普通に気持ち悪いです」
少し砕けた話し方で何度も何度も英語の出来なさを揶揄る周に、堪忍袋の緒が切れた黒瀬は掴みかかろうとした。
「貴様ぁぁぁぁ!!!」
「ちょ、黒瀬さん。静粛にしてください!」
控えていた秘書に取り押さえられ、寸前のところでひらりと周に交わされた。
チラリと見える婚約指輪。
(そう言えばこいつ、婚約してるって璃乃が言ってたな……)
一ついいことを思いついた黒瀬は少しずつ溜飲が下がっていくのを感じた。
取り押さえられたまま、ムカつく周を見上げ、怪しく口角を上げながら。
***
この日解放されたのは18時半を過ぎた頃だった。
秋も深まり始めたせいか、夜がふけるのも早い。
会社を出た頃にはもう外は空気が冷え、闇が広がっていた。
「クソ……こんな事になるなんてな……」
駐車場に向かいながら今日あったことを反芻する。
上層部どもの失態のせいで巻き添えを食らう形になったこと。
早く先生に伝え、証拠を消すようにお教えしなければ。
それになにより……
頭を過ぎる周の不敵な笑み。
またこめかみに血が上る。
ピッピ
黒瀬のお気に入りのスポーツカーのロックが解除される音が駐車場に響いた。
「あの野郎……絶対に許さねぇ。俺のコレクションをよくも……璃乃に電話してやつの婚約者を調べ――」
「お疲れ様です黒瀬さん」
ビクッ
いきなり背後から声をかけられ思わず肩が揺れる。
振り返るとそこには、夕闇に溶けるように周が佇んでいた。
「なっ……びっくりさせやがって! まだ何かあんのかよ!?」
「いえいえ、最後にご挨拶しておこうと思いまして。もう一緒にお仕事することもないと思うので」
イラッ
いちいち癇に障る話し方をする周に目元が引き攣る。
怒りで歪む黒瀬の顔に気付いているのかいないのか、周は静かに近付いた。
「わぁ。凄い高級車。とても有名な外車ですね、羨ましい。左ハンドルか……日本の車道では走りにくいでしょう?」
「チッ、貧乏人が。……もういいだろ? 俺は帰りたいんだよ」
「あ、それは失礼致しました。引き止めてしまって申し訳ない。運転には十分に気を付けて。最近スピードの出しすぎや脇見運転などの事故が多いですからね」
どうでもいい周の話に鼻を鳴らし、車に乗り込んだ。
だが、周は運転席の黒瀬に向かって窓を叩く。
窓を開けながら、苛立ちを隠さず怒鳴りあげる。
「何だ!? しつこいぞ!!」
「すみません、最後に一言だけ。……今やろうとしてる事。それだけはやめた方がいい」
周は静かに
穏やかな声で囁いた。
ヒュッ
目が合った瞬間
何とも言えない不安感に見舞われる。
思わず耐えられなくなった黒瀬は視線を逸らして呟く。
「な、なんの事だよ」
「……違うならいいんです。違うならね」
「いい加減そこどけ!! 俺は帰りてぇんだよ!! クソガキが」
「おっと。それは失礼、お気をつけて」
クスクスと笑いながら周は車から離れた。
物凄い排気ガスを撒き散らしながら、車はあっという間にその場から消えていく。
薄い笑みを浮かべたまま、周は呟いた。
「……僕の”忠告”ですよ?」




