280話 鬼軍曹とクロマティ
すみません。
かなり遅れました。
本日もよろしくお願いいたします!
「澪桜先輩! 澪桜先輩!! クロマティ、今更のお越しですよ!」
コソコソと松井が言う。
「だっはぁぁぁぁぁぁぁぁ」
澪桜は地を這うようなため息をついたあと、入口に目を向ける。
クロマティ。それは秦に付いた残念なアダ名だ。
黒光りした奴がこちらを見ていた。
ピキ……
澪桜のこめかみに血管が浮かぶ。
(15:30に来いと言ったのに……何時だと思ってるんだ)
現在16:30。
「結局折り返しもありませんでしたね。ドタキャンしておいて」
「そーなんだよ。ちゃんと外回りから帰ってきたら一番に連絡を入れるようお願いしていたのに。伝わってないのか?」
「いや、電話対応って、林さんでしたよね? それはないですよ」
たまたま戻ってきていたエース、林に言伝たのだから間違いない。
ただただ、ダメなのはこのクロマティ。
「澪桜先輩! ガンバ☆」
コイツめ……面白がりやがって。
そう思いながら澪桜はクロマティ……いや、秦の所に向かった。
「打ち合わせ、今日は応接室でしろとの事なので、時間が惜しい。直ぐに向かいましょう」
(……その前に言う事があるだろうに)
イラッとしていると……篠山部長と山本が会議から戻ってきた。
秦は笑顔のままものすごい美しい姿勢で頭を下げた。
「お疲れ様です。篠山部長、山本課長」
「ああ、お疲れ様」
ヘトヘトの山本が気怠く挨拶を返した。
最近、ボロ雑巾感がすごい。
篠山は会釈だけ済ませ、澪桜のほうへと話しかける。
「……安達、打ち合わせか?」
「……だそうです。一時間押してますけどね」
「それは良くないな。そして何の打ち合わせだ?」
「私の立てた企画書ではプレゼンの時にフックが弱いらしいんですよ。秦さんが今営業をかけてるコスメ市場を調べ上げて、アンケート市場まで洗ってから作ったんですがねぇ」
「……フック?」
「私の企画では継続案件にならないらしいです。困ったことですね」
「そうなのか? 秦くん」
「い、いえ……ただもう少し工夫をして欲しいと言いますか、一緒に切磋琢磨して欲しいと申しますか」
「なるほどなぁ。じゃあ君も努力しているということだね?」
「はい! もちろんです」
「じゃあ、期待している」
そう薄く笑い篠山部長は立ち去った。山本もデスクに戻ろうと踵を返した瞬間、微かな声が聞こえる。
「チッ……高卒風情が生意気な」
低い声、間違いなく入口に立つ秦だった。
(あー。コイツ、やらかしたな。うちの鬼軍曹に)
案の定
鋭い声がハッキリと後ろから聞こえてきた。
「それは私の事で間違いないですね?」
後ろの殺気めいた空気に凍りついて動けなくなった山本と入口近くのデスクに座る佐野は静かに念仏を唱えていた。
「……は?」
「とりあえず打ち合わせですよね? 丁度いい。こちらにどうぞ? 私からも貴方とね、切磋琢磨したくてお伝えしたいことが山ほどありましたから」
丁寧にデスク脇に設置してある簡易応接スペースを指さした。
周りから丸見えのその場所はよく皆に使われる場所。
ある意味コンプライアンスを守るための空間だ。
(怖ぇ。安達先輩、怖ぇ)
佐野はヒヤヒヤしながら仕事を続ける。斜め向かい側に座る松井は楽しそうだった。
秦は嫌そうに口を開く。
「こんな場所で何を打ち合わせできると言うんですか」
「時間が惜しいと言ったのはそちらでは?どうぞ?」
澪桜はデスクの引き出しからファイルを取り出して秦の前に座った。
「……先程のお話ですが確かに私は高卒で学歴が低い。ですがそれを言うのであれば貴方は何故、前の仕事を退職されたんです? 何故そのような輝かしいキャリアをお持ちなのにわざわざうちの会社に?」
「それ、今関係ありますか?」
「ですよね?その言葉そのままお返しします。では次」
(でたよ……何故責め)
((キッツーーーー))
佐野と目が合った松井は思わず笑いそうになる。
山本にも視線を向けた。
憐れむように首を振っている。
狭いからよく声が通る通る。
流石にいつも営業スマイルな秦も声を荒らげた。
「あ、貴女は何が言いたいんだ!?」
「ですから、切磋琢磨する為に客観視した現状をお伝えするべきだと思いまして。こちらをご覧下さい」
淡々と進んでいく状況説明。
うちの上司が貴方に物申さない理由。
そして私が苦言を呈している理由。
どう互いに改善していくべきか、現状を数字とともに開示しつつ表情を変えることもなく。
秦はいきなり立ち上がった。
「? どうしましたか? まだお話が」
「僕は安達さんやここの部署の方の為を思って身を削る思いでご提案したまでなのになんですか!? 残業だって付き合って差し上げた」
「……はい。理解しています。なので改善しようと色んな企画を立ち上げましたが、まだご納得頂けていない。その為こちらからも相乗効果を図るためのご提案をさせて頂いたのですが、すみませんでした」
「余計なお世話だ!」
静かに頭を下げる澪桜に、一度視線を向け悔しそうに戻って行った。
「……うーん。やはり私に指導は難しい」
澪桜は彼の担当した会社から貰った報告書という名のクレーム集を片付けながらため息をついた。
山本は笑う。
「ありゃ心に響いてねぇかもなぁ。営業部の課長も手を焼いてたよ。笑顔で交わされるから」
「トークスキルや見た目は超絶イケメンらしいですからねぇ。頑張って欲しいものです」
そう言ってまとめた報告書を一応山本に渡した。
「……? 珍しいな、見た目をそんなふうに褒めるの。周が妬くぞ?」
「その周氏の評価ですよ」
「ぶっはははは! 既に目撃して妬いてたのか! 流石だなアイツ」
知らないところでまたネタにされている憐れな男は、くしゃみのし過ぎで、感染症を疑っていた。




